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January 13, 2010

老人と牛 イ・チュンニョル 『牛の鈴音』

100113_172609単館系映画の話が続きます。本日は韓国で「牛の鈴音症候群」という現象まで引き起こした、「奇跡のドキュメンタリー」『牛の鈴音』を紹介いたします。

韓国のとある山村。毎日せっせと田畑を耕すチェじいさんには、一頭の相棒がいました。それは40歳にもなる年老いた牛。長年苦楽を共にしてきたじいさんと牛でしたが、ある年、獣医は「もうこの牛は今年の冬は越せないだろう」と宣告します。

牛の寿命は普通15年だそうです。だのにこの映画に出てくる牛は40歳。人間にざっと換算すれば150歳くらいまで生きているわけです。もう腰骨などはボルトのように突き出ていて、ヒップラインがすごいことになっていました。
映画では死ぬまでの一年を追っているように見えますが、実際はさらにそれからもう二年も生きつづけたというところも驚異的です。
そんなすごい牛であるならば、ぜひ観ておかねばなるまい、ということで鼻息を荒くして鑑賞してきたのでした。

ただ、この映画で摩訶不思議なのは本当にこの牛の寿命だけで、あとは本当にじいさん夫婦と牛の生活を追いかけた極めてどシンプルな映画です。大体ドキュメンタリーなのにナレーションが一切ありません。おじいさんも「いかん」「痛い」以外は滅多にしゃべりませんし。おじいさんの奥さんだけがただ一人ぶつぶつとつぶやいています。
しかし日ごろせわしい毎日を送っている身としては、彼らの姿を眺めているだけで、心が落ち着くというか、安らぐというか。そんなリラクゼーション効果を存分に味わわせてもらいました。

牛の食べる草が有毒になることを恐れ、畑に農薬をまくことすらしないチェじいさん。そんなおじいさんが弱っている牛をなおも毎日働かせようとするのは、観ていて不思議でした。
おじいさんは牛を引退させたら、さらにどんどん弱っていってしまうと考えたのでしょうか。おじいさん自身も体のあちこちが痛んでいるというのに、それでも働くことをやめようとはしませんし。「働くことが生きること。働くのをやめる時、それは死ぬ時」 彼らの姿を見ていたら、なんだかそんな言葉が思い浮かんできました。生来ナマケモノのわたしにとっては、エリを正される思いです。

そんな一人と一頭の絆に、文句たらたらなのがおじいさんの奥さん。「農薬をまこうよ」「機械を飼おうよ」「牛を売っちまおうよ」とひっきりなしにおじいさんを責め立てます。恐らくおじいさんに優しくされてる牛に嫉妬しているのでしょう。すごい三角関係です。
ただおばあさんとて牛が丸きり憎いわけではありません。長年一緒に働いてきたのは、おばあさんとて同じなわけですから。文句の合間に「かわいそうな牛だよ」とつぶやいていたりします。
ウチの実家ではモン吉先生の前にチンチラを飼っていたのですが、母は生きている時には怒ってばかりいたのに、死んだ途端に「あんないい子はいなかった」と言い出して驚いたことがありました。生きてる間に言ってやれよ。
まあこの牛とうちのチンチラとじゃあまりに重みが違いますけど、時に毒づき、時に哀れむおばあさんを見ていると、そんなことを思い出してしまったのでした。

わたしがこの映画で印象的だったのは、普段はずっとムッツリしてたチェじいさんが、同業者と話していたり飲んでいる時に限っては、ニコニコ笑いながらしゃべっていたこと。それはきっと彼らがおじいさんの牛をほめ、また牛の自慢を喜んで聞いてくれるからではないでしょうか。そんなところにも、おじいさんの深く牛を思う気持ちが感じられました。

20061210195938牛の病気が悪くなっていくのと同時に、おじいさんの体調もどんどん悪化していきます。その辺、見ていてとても心配になりました。
一緒に見た人と、「おじいさん、もうきっと長くないかもね」なんて話していたのですが、年末の新聞記事によりますと、まだちゃんとご存命とのこと。大変失礼いたしました。どうぞいつまでも長生きしてください。『牛の鈴音』は現在シネマライズほかで細々と公開中であります

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Comments

こんばんは~
これ韓国で凄くヒットした作品らしいですね。
でも,お話の解説を読む限りでは
退屈そうなんですが・・・・
でも何か癒されるところや心に響くところがあるのでしょうね。
DVDになったら観てみたいです。
おばあさんとおじいさんと牛の三角関係・・・いいですねぇ。
なんだか韓国というよりは中国のお話のようですね。

昨年あたりからまた韓国映画の質が一気に上がったので
これも期待大です。
SGAさんも,「母なる証明」,遅ればせながらでも
ぜひご覧になってくださいね。
ちょっと人間不信になるくらい,後をひく作品です。

Posted by: なな | January 13, 2010 07:17 PM

ちょっと伍一さん!

牛の話のあとで焼肉とは!!どういうことよー

焼肉大好き♪

この映画も実は気になってるのよね、、、、
DVDでも、これはいいよね?!

でたらみまーす。

チンチラとお母さんの話、笑えました
いえ、笑っちゃいけない。。。
チンチラ飼ってたのね、わたしは昔ヒマラヤンの子猫飼ってましたよ♪
チンチラもヒマラヤンも鼻がぺしゃっとしてて一番好きな猫ちゃんなんだ

Posted by: mig | January 14, 2010 01:47 AM

>ななさま

おはようございます
そうですね~ 疲れてる時に観ると人によっては速攻で眠りに落ちてしまうかも。ただ、わたしもこの時それなりに疲れていましたけど、最後まできちんと起きてられました。その前に見た『戦場でワルツを』はちょっとうとうとっと来ちゃいました(笑)

韓国では15人に一人が見た計算になるそうです。すごいですね
日本のひとたちの心にどれほど響いてるのか、今はまだよくわかりませんが、やはりそれだけの力がある映画なのだと思います

『母なる証明』はさんざん待って、再来週あたりからようやくこの辺でも始まります。すっごい楽しみ。ポン・ジュノだけに、ニコニコ笑ってハッピーエンドとはならないんでしょうけどね

Posted by: SGA屋伍一 | January 14, 2010 07:21 AM

>migさま

おはようございます

すいません・・・ なんか適当なネタが思いつかなかったので・・・
この時期はおいしいですよね、焼肉。しゃぶしゃぶもいいなあ

そうですね、この映画、あんましmigさん向きではないと思います(笑) ただ幼い頃にすごされたという北海道のことなど思い出しながら観ると、懐かしいかもしれませんよ

ウチのチンチラはそんなにいい血筋じゃなかったので、普通のネコの顔をしてました(笑)
でもすごく気立てのいい子だったんですよ。本当はイヤなのに、抱えるといつまでもじっとしてくれているそんなコでした。モン吉先生は数秒ともちません

Posted by: SGA屋伍一 | January 14, 2010 07:27 AM

SGA屋伍一さん、こんばんは。
今年もヨロシクお願いしますね。(*^-^*

老夫婦と牛の三角関係の映画を観たのは初めてだったけど、
微笑ましかったです。^^

私も映画を観た後、お爺ちゃんの体調が心配になったけど、
パンフレットを拝見すると韓国で映画公開後にプロデューサーと監督が
お爺ちゃんとお婆ちゃんを訪ねた時の写真が載っていたのでホッとしました。
お二人には末永くお元気でいてほしいですね。(*^-^*

Posted by: BC | January 19, 2010 08:47 PM

>BCさん

おかえしありがとうございます! 本年度もどうぞよろしく

>老夫婦と牛の三角関係の映画を観たのは初めてだったけど

わたしも初めてです そのほか、韓国のドキュメンタリーを見たのも初めてだったし、こういう農耕系のお話を劇場で見たのも初めて。いろいろ初めてづくしでありました

大ヒットで多少はご夫婦にもお金が入ったのでしょうか? でも幾ら儲かろうが、おじいさんは自分の生き方を変えないでしょうね
韓国では「あの夫婦を見にいこう」なんてバスツアーまで組まれてしまったそうで、監督は「彼らの生活を乱してしまった」と、ある記事で反省してました

Posted by: SGA屋伍一 | January 20, 2010 07:23 AM

まさかこれを劇場で観れるとは思っていませんでした~
いつもの隣県のミニシアター,
8月20日まで上映してくれてます。

案に相違して全く眠気が来なかったです。
何でしょうねぇ,この不思議な魅力は。
癒されるというよりは,私は圧倒されてしまって。
日本ならまるで昭和初期のような光景でしたが
つい最近のお話なのね~とか感心してしまったり。
途中でドキュメンタリーってこと忘れて
爺さんと婆さんのことを「あれ,こんな俳優さんいたっけ?」とか
実在の人物だってこと失念してしまったり。

何に心を打たれたのかうまく言えませんが
とにかく大好きな作品ですね。

Posted by: なな | August 02, 2010 08:55 PM

>ななさん

まさかこれがまだ上映してるとは思いませんでした・・・・ 作品同様のスローペースで回ってるんですねえ。そして何気に素通りされた我が地域・・・

韓国映画はいつも心のどこかでそのことを意識しながら見てしまうのですが、この映画はまったくそういうことがありませんでした
確かに昔の光景のようなところもあるのですが、わたしの住んでる地域によく似た風景とか、たくさんあったので、すごく身近に感じられましたね。さすがに牛だけで畑を耕してるおうちはないですけど(笑)

おじいさんもおばあさんも、すごく素朴でごく平凡な方たちですが、なんとも言えない存在感がありました。まだ元気でおられるのかな
日ごろエンターテイメントばかり見ている身としては、とても新鮮に感じられた作品でした

Posted by: SGA屋伍一 | August 03, 2010 09:39 PM

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