フラッシュバックによろしく アリ・フォルマン 『戦場でワルツを』
本日は昨年のアカデミー賞外国語映画賞を、『おくりびと』と争ったこの異色アニメを。『戦場でワルツを』。ご紹介いたします。
映画監督フォルマンは、かつてイスラエル軍として隣国レバノンの紛争に従軍した経験を持っていた。だが彼は自分の記憶の中から、その部分だけがごっそり抜け落ちていることに気づく。意を決して戦友たちに当時のことを尋ねて回るフォルマン。彼はなぜ記憶を失ったのか。そしてその失われた記憶には、一体なにが刻まれていたのか・・・・
映画が始まると同時に、狂ったような勢いで駆け出す一群の犬たち。わたしの場合アート系映画の最初の数十分というのは、往々にして我慢タイムであることが多いのですが、この映画では出だしのこのシーンからぐっとひきつけられました。
大胆に影で塗りつぶされた画風は、『ヘルボーイ』のマイク・ミニョーラのようでもあり、アンディ・ウォホール描くところのポップアートのようでもあります。
さらに夜の海から現れる巨大な裸女、黄色がかった空をバックに、浮かびあがるように上陸するフォルマンたち、無人の街をガラガラと行進する戦車、だだっぴろい空港をひとり歩く主人公、まるでワルツを踊るかのようにマシンガンをぶっ放す兵士・・・
幻想と現実が入り混じった鮮烈なビジュアルが、次から次へと映し出されます。
わたしはアニメを見るとき、ついつい「この話をアニメでやる意味」について考えてしまいます。時には「これだったら実写でやった方がよくね?」と思うこともしばしば。アニメファンなのにね(笑)
しかし、この『戦場でワルツを』に関しては、非常に納得がいきました。単純に美術的に面白いということもありますが、過去の記憶をアニメでやることによって、「いまひとつ実感のもてないあやふやさ」がよく表れていたからです。
この映画では、現実に対しちゃんとした認識がもてない例が、繰り返し語られます。「自分は旅行者だ」と己に言い聞かせ、ファインダー越しにしか景色を見ないカメラマン。戦地の真っ只中だというのに、鼻歌まじりで行進する兵士たち。眼下で行われている銃撃戦を、のんきに窓から眺めている住人たち。
それは語り手であるフォルマン監督自身にも言えます。過去に関する断片的な情報を得ながらも、なかなかそれらに実感が持てなかったり、夢の中の情景を現実のものだと思っていたり。
しかしやがてはフォルマン監督も他の者と同様、残酷な現実を直視せざるを得なくなります。
反戦的なメッセージも、確かに込められています。しかしわたしが何より強く感じたのは、この「現実と認識のズレ」というテーマでした。
さて、このフォルマン監督、どんな映画を撮っているかというと、一作目『セイント・クララ』、二作目『メイド・イン・イスラエル』共にSFに類する作品だそうで。現在もスタニスワフ・レム原作の『泰平ヨン』を手がけているということ。このタッチで描かれたSF映画・・・ ううむ。ぜひ観てみたいものであります。
Comments
伍一さんこんにちは★
これ、正直ちょっと眠くはなったんだけど
アニメのあとにあのリアルな映像をみせることで急に現実を突きつけられたようで
ハッとさせられるという効果(というのもおかしいけど)があった気がする。
>過去の記憶をアニメでやることによって、「いまひとつ実感のもてないあやふやさ」がよく表れていた
うんうん、そうでしたねー
戦争の残酷さはこれまでも色々な映画でみせられてきたけど、
これは初めてのアプローチかなと。
最後の絵がそっくり!
Posted by: mig | January 12, 2010 11:51 AM
>migさま
おはよっす。毎度どうも~♪
実は、わたしも最後の方のインタビュー映像?が続くところはちょっとうとうときちゃいました
そういう人はほかにもいたみたいで、どっかの掲示板には
「ラスト5分寝ちゃったんだけどどうしよう」
「アホか! あそこで寝てたら意味ないだろ!」
みたいなやり取りがありましたよ(笑)
アニメというと一般にはまだまだ子供向けというイメージがある中(わたしも主流はそれでいいと思ってますが)、こういう仕方で中東紛争の悲惨さを表現したフォルマン監督のチャレンジ精神に敬意を表しますです
ところで最後の絵はなぞって描いたので、似てるのは当たり前なのですよ~
Posted by: SGA屋伍一 | January 13, 2010 07:24 AM
こんばんは、SGAさん
>大胆に影で塗りつぶされた画風は、『ヘルボーイ』のマイク・ミニョーラのようでもあり、アンディ・ウォホール描くところのポップアートのようでもあります
うん!確かに。マイク・ミニョーラを思わず思い出しますよね。
影の付け方なんかも。
アニメとしても、すごく面白くて、目が離せませんでした。
特に疾走するシーンが好きだなあ。
それにしても、これって実写のカメラワークをずいぶんと意識したアニメだと思いませんでした?まるで、カメラを動かしているのか、と錯覚するほどだったんですよ、私。
それにしても、今回はおふざけは無しだったんですね(笑)
確かに、これってどっこもふざけるポイント無いかもw
内容的に
Posted by: とらねこ | January 20, 2010 12:38 AM
>とらねこさま
速攻でお返しありがとうございます!
この影の使い方、大胆というか、本当にかっこいいですよね
まさに実写ではできない見事なコントラストだったと思います。日本でこういう表現を使ったアニメ作品って、あんまり思いつきません。漫画ならわりとあるんだけど
疾走するシーンはワルツというかロックだと思いました。とらねこさんはカメラワークにもいつも着眼しててすごいですよね~ わたしゃなかなかその辺までチェックが行き届きません
そうですね。今回はさすがに茶化しづらい映画でした・・・ 内容が内容だけにね。戦場でのんきに「ればの~ん」と歌ってた彼らはちょっとギャグっぽかったけど
それより『牛の鈴音』の記事、普通に書こうとしたらネタまみれになってしまい、「どうしよう、とらねこさんに怒られる」とかなりびくびくしております。そうだ! 内緒にしておけばいいんだ! というわけでこの件は内密に・・・ って、あれ?
Posted by: SGA屋伍一 | January 20, 2010 07:32 AM