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January 31, 2010

島の郵便配達 ウェイ・ダーション 『海角七号 君想う、国境の南』

100130_190241台北でミュージシャンの夢に敗れ、故郷で郵便配達夫として働く青年阿嘉(アガ)。ある日彼は郵便物の中に、今の時代に届いた終戦直後の手紙を見つける。なぜだかひかれるものを感じた彼は、ついその手紙を読んでしまう。それはなくなく台湾を離れることになった、ある青年の恋文だった。折りしも街では野外ライブが行われることになり、阿嘉は成り行きでそれに参加することに。マネージャーの友子や、集められたメンバーと接していくうちに、阿嘉は少しずつすこやかな魂を取り戻していく・・・

台湾映画初鑑賞であります。なぜ見ようと思ったのかというと、さるオフ会のお題だったからというまことに不純なものでして。
でもまあポスターやタイトルから、「きっと『海角七号』という戦艦がドゴーーーン!!とぶっ放すような、そういう内容だな!」と想像し、それなりに期待してたんですが・・・・予告編を見てたら、アレ?みたいな
ちなみに「海角七号(かいかくななごう)」とは住所の番号のことでした。あははははは。

ただこの映画にはもういっぺん意表をつかれまして。予告ではいかにもコテコテの恋愛映画という感じだったのですが、全体的には町おこしムービーというか、「バンドやろうぜ!」的な作品でした。なんせ主人公とヒロインが出会うまでにかなり時間がかかります。出会ってからも、まともな会話を交わすまでにさらに時間がかかります。
その間、さびれゆく田舎町の漫然とした情景がただただ流れていきますwobbly

しかし中盤すぎくらいにようやく二人が急接近すると、ほかのメンバーもなんだか精彩を増してきて、何の意味があるのかよくわからなかった例の手紙もお話に有機的に絡みだします。そしてクライマックスのライブにむけて俄然もりあがっていくという、なんだかとても不思議なテンポの映画でした(笑)

このバンドのメンバーがなかなか個性豊かでして、わたしが特にうけたのは齢七十とおぼしき茂(モー)じいさん。最初はベースを担当していたのですが、途中でどうにも無理ということが判明。すると「わしゃどんな形でもいいからステージに立ちたいんじゃ!」と見事なねばりを見せます。そして茂さんに用意された新たなポジションとは・・・・ つづきは劇場でごらんください。
もう一人印象に残ったのがギター担当のお巡りさん勞馬(ローマー)。最初はほとんど八つ当たりで阿嘉にケンカをふっかけてくるという、これ以上ないくらいイヤ~なキャラです。ところが少年漫画のセオリーのように、いっぺん殴りあうだけ殴りあうと、その後はいい兄貴分として、頼りになる存在に変わっていきます。彼には『人間交差点』みたいな辛い過去があり、それがなかなか泣かせたりもします。

さらにこのバンドには子供やお笑い担当もいて、まるでなんだか一昔前のヒーローチームのよう。これでドラム担当が巨漢だったら完璧だったのですが。
年齢も仕事もバラバラで、当然のようにうまくかみあわないメンバーたち。それが急にうちとけてきたのは、とある結婚式で酒を酌み交わしたあたりからでした。ここから教訓を学べます。なんだかチームがギクシャクしてる時には、とにかく一緒に飲んじゃえばいいんです! 大喧嘩に発展して、取り返しのつかなくなる可能性もありますけどねcoldsweats01

というわけで、結果的にはなかなか楽しく見ることができた『海角七号 君想う、国境の南』。これも一応ミニシアター系映画なのでしょうけど、あんましアート系の作品が好きな方にはむかないかも。このいい意味でベタなテイストは、むしろ『男はつらいよ』や『ALWAYS』なんかが好きな人におすすめです。

100130_190331現在主にシネスイッチ銀座で公開中。その後全国各地で上映予定。台湾では歴代1位の大ヒットということなので、彼の地に興味のある方はどうぞご覧なすって。

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January 27, 2010

もしもノゾミがかなうなら 是枝裕和 『空気人形』

100127_182944_3これがホントの空気ヨメ・・・・ って、このネタ絶対誰かがやってるよな。都心より三ヶ月ばかり遅れて上映。是枝裕和氏の最新作、『空気人形』ご紹介します。

それはいつ、どこで生まれたのか誰も知らない・・・ 東京のうらぶれた一角にあるアパート。男はダッチワイフの「ノゾミ」を、まるで生きている人間のように扱い、擬似的な同棲生活を続けていた。だが男がいつものように仕事に出かけたある日、ノゾミは突然自我に目覚めてしまう。何かに誘われるようにして外に出て、様々なモノを知るノゾミ。だがその心に「恋」が芽生えた時、彼女は言い知れようのない苦しみに襲われる。

まず、なぜ空っぽの人形であるノゾミに心が生じたのか? 恐らくそれに確たる答えはないものと思われます。ただわたしは、その町に生きる人々の寂しい心が、いつの間にか宙に漂い出て寄り添いあい、何か「体」となるものを欲した時、たまたまそこにあったのが「ノゾミ」だったのでは・・・・と考えています。

恥ずかしながら是枝監督の作品は『花よりもなほ』しか見たことがないのですが、小汚いものをべたつかずにさらっと描くのがうまい人だな、と思いました。だからこそこれだけ女性層からも高い支持を得ているのでしょう(リンク先と言ってることが違うような・・・)。

前半でなにが一番気になったかといえば、空気人形のスカート丈。「それじゃ短すぎだろー! パンツが見えたらどーすんですか! もっと長いのをはきなさい!」  ・・・・すっかりお父さん目線ですよ・・・・ わたしももうあんまし若くないのでgawk
それだけに彼女が持ち主のオヤジ(板尾創路)にいいようにされるシーンは、観ていてあまりに辛かったです。
でも、わたしには板尾の気持ちもわかるんですよね。てゆうか、この映画で自分に一番近いキャラは板尾だと思いましたorz いや、もちろん家にああいう人形は置いてませんよ? coldsweats02
しかし驚いたことに、この作品の感想を聞いたり読んだりしていると、みなさん総じて板尾氏に好意的なんですね。あんな変態一歩手前の役なのに・・・ すげえよ板尾創路。その人徳の秘訣を知りたい。

以下、どんどんネタバレしていきます。これから見ようという方はご避難ください。

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特に耳に焼きついたのは「代用品」というキーワードでした。「性欲処理の代用品」「お前の代わりなんか幾らだっているんだよ!」

・・・・・・

けっこうこたえるな、これ。
人は誰しも誰かにとって、あるいは何かにとって、かけがえのない存在、唯一無二の存在になりたいと思うもの。そうなれた人には、心からおめでとうと言いたいです。しかしそうなれない人も世の中にはたくさんいるわけで。あるいはすでにそうなんだけど、どうしてもそうは思えなかったり、そのことに気づかなかったり。

代用品として作られたノゾミちゃんは、果たして誰かにとって本当に大切な存在となれたのか? なれたとして、幸せだったのか? そのあたりは、なんとも微妙なところでありました。


好きなシーンをふたつ。
ノゾミがいつも公園にいるおじいさんをお家に見舞いにいく場面。請われるままにノゾミが額に触ると、老人は「気持ちいい・・・ 手の冷たい人は心の温かいひとなんだよ。迷信だけどね」と言います(最後の一言がちと余計ですが)。
もうひとつは、ノゾミが自分を作った人形職人(オダギリジョー)の工房を訪れるシーン。ぎこちないけれど、お互いに「ありがとう」と言い合う二人。
観客としては、この二つのエピソードのおかげで、ちょっとだけ救われました。ありがとう、ジョー&ジジイ。

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人は基本的に孤独で、他と完全にはわかりあえない生き物だと思ってますが、この「さびしい」という感情だけは共有できるのでは。そんな風に思わせられた映画でした。

最後に石ノ森章太郎の某作品(ムードを壊すので、あえて名を秘す)のモノローグでもって閉じたいと思います。

『コウシテ ピノキオハ 人間ニナリマシタ メデタシ メデタシ』

だけど── ピノキオは人間になって本当に幸せになれたのでしょうか……?


なんか、本当にさびしくなってきちゃったな。一杯飲んで寝ます。おやすみなさいcrying

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January 25, 2010

鐘を鳴らすのは オーレ・クリスチャン・マッセン 『誰がため』

100125_181230時は第二次大戦時。ヨーロッパで猛威を奮っていたナチスドイツは、デンマークをもその統治下に置く。あるものたちは彼らに与したが、また別の者たちは秘密裏に組織を作り、デンマークの「裏切り者たち」をひとり、またひとりと葬り去っていく。その組織の中に、血気盛んな青年フラメンと、家庭と信条の間で揺れ動く男シトロンがいた・・・・

皆さんはデンマークというと何を思い浮かべられるでしょう。恥ずかしながら、わたしは「アンデルセンが活躍した地」くらいしか知りませんcoldsweats01 しかし昨年末からCOPが開かれたり、W杯で日本と当たることになったり、いろいろ名前を目にすることが多くなってきました。そこで題材にもひかれましたが、勉強もかねて見にいくことにしたのでした。

月並みな感想ですが、これほどまでにハードボイルドを地でいくような人物・出来事が実際に存在していたことに、驚きを禁じえません。驚いたといえば、普通こういう暗殺というものは夜闇に紛れて行われるものですが、彼らは決まって白昼堂々通りの真ん中で実行していました。騎士道精神の名残みたいなものなのか・・・とわたしは考えてましたが、ある方は「夜は戒厳令下だったので、昼の方が動きやすかったのでは」と。なるほど。あと昼間の方が相手に与える衝撃も大きかったのかもしれません。
いずれにせよ姿を隠さず真正面から乗り込んでいくその姿は、大胆不敵というほかありません。

しかしこの「ナチならやってもいい」という考え方は、先の『イングロリアス・バスターズ』となんら変わるところがありません。また秘密裏に結成された暗殺者集団が、政府の高官たちを狙う・・・というあたりはスピルバーグの『ミュンヘン』を想起させます。
そして『ミュンヘン』でもそうでしたが、現実は必殺仕事人のようにきっぱり解決、というわけにはいきません。
倒すべき標的を取り逃がしてしまったり、誤った情報を鵜呑みにして無関係の者を殺してしまったり。
さらに後半では情報が錯綜して、組織のメンバーも誰が味方で誰が敵だかさっぱりわからなくなります。
それでも当初の姿勢を崩すことなく、戦い続けるフラメンとシトロン。その考え方にはいささかついて行きかねるものの、彼らの生き様が本当にまっすぐで混じりけのないものであることに、深く心打たれました。

周りの誰も信用できないような状況で、彼らがそこまで強くいられたのは、「二人だった」からでしょう。ほかの誰が裏切っても、「こいつだけは」と信じられる友。フラメンもシトロンも言葉少なですが、目で合図して死地に飛び込んでいく様子からは、彼らの信頼が絶対のものであることがうかがえました。

不思議だったのは、二人が宿敵とつけねらうナチス高官のホフマン。彼は不倶戴天の敵のはずなのに、なぜかフラメンとシトロンに親しみのような感情を抱いています。真剣に向き合ったことにより生まれる友情のようなものなのか(一本通行ですが)、それとも信条のために手を汚さねばならない苦しみを知っていたからか・・・ その辺のところはよくわかりません。

以後結末を割ってます。未見の方はご注意ください。

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もうひとつ不思議だったのは、フラメンとシトロンの、自分の命に対するスタンス。二人ともいつ死んでもおかしくないような場所へひるまず乗り込んでいくのに、いざ捕まりそうになると恐るべき執念で生き延びようとします。
憶測をめぐらしますと、彼らが戦い続けたのは、途中でやめてしまったらこれまで流してきた血の意味がなくなってしまうから。そして生き延びようとしたのは、自分たちの行いは「誰がため」のものだったのか、果たしてそれを成し遂げた意味はあったのか。その答えをどうしても知りたかったのではないでしょうか。
しかし現実に彼らはそれを知ることなく、歴史の影に消えていきます。そんな残酷なストーリーに、なぜだかデンマークの美しい風景がよくにあっておりました。

100125_181257最近のニュースによりますと、デンマークは世界で一番国民の「幸福感」が高い国なんだそうです。そのことを草葉の陰でフラメン・シトロンはどう思っているのでしょう。

『誰がため』は東京ではぼちぼち上映が終りそうですが、今後全国各地で公開される予定。新選組や幕末の刺客に興味がある人たちに、強くおすすめします。

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January 23, 2010

適当掲示板92&映画ゼロ年代マイベストほか

毎度どうもっす。ご意見・ご感想ほかありましたらこちらにどうぞ。
さて、最近映画ベストばっかりやってるような気がしますが、今回は巷で流行の「ゼロ年代ベスト」やってみます。

ただ、わたしにとってゼロ年代の十年というのは、平成ライダーの十年でもあるんですよね。
というわけで、前座的にそちらのベストをささっと。()内は放映された年です。

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1位:龍騎(02) 2位:剣(04) 3位:555(03) 4位:電王(07) 5位:アギト(01)
6位:クウガ(00) 7位:順不同で 響鬼(05) カブト(06) キバ(08) ディケイド(09)

下位の作品も嫌いというわけではなく、単に思い入れの多い少ないの差であります。


それでは本番参ります。完成度も世間での評判も関係なく、ただ自分がどれほど好きか、ということだけを基準に決めました。
例によってキリ悪く、ベスト24作品、お尻から発表してまいりましょう。

2007062917313017位 タイタンズを忘れない(01) 歴史から学べ!
 同  千と千尋の神隠し(01) 呼んでいるいつも胸の奥で!
 同 ゴジラ・モスラ・キングギドラ 怪獣総攻撃(01) バラゴンも出るよ!
 同  少林サッカー(02) 翼くん! オレ、燃えてるよ!
 同  ピンポン(02) ヒーロー見参!ヒーロー見参!! 
 同  魁!! クロマティ高校 THE MOVIE(05) 宇宙猿人ゴリなのだ!
 同  アポカリプト(07) あきらめたらそこで人生終了ですよ!
 同  デスノート二部作(06) 第一部 第二部 悪い子の学習帳!
2006052720383511位 グラディエーター(00) 見たことのないモノを見せてやる!
 同  メトロポリス(01) ラングじゃないよ手塚だよ!
 同  ロード・トゥ・パーディション(02) 弟のいる、全ての長男が見るべき!
 同  Mr.インクレディブル(04) アメコミ小ネタがてんこもり!
 同  キングコング(05) ゴリラにだって愛がある!
 同  劇場版ドラえもん のび太の恐竜2006(06) のび太はポケットザウルスがお好き!

さて・・・ とうとうここまで読んでしまいましたね?
では十年間のベスト10、思い切ってぶちまけてしましょう!

2006120919112310位 劇場版クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード(03)
劇場版クレしんといえば普通は『オトナ帝国』か『戦国大合戦』ですが、わたしはこれ。なぜなら舞台がA海だから!
 8位  劇場版仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL(02) 
ああっ! こんなの来ちゃった! 今も続く平成ライダームービーのマイベスト。「死ぬなよ蓮!」「お前モナー!!」
 同   トンマッコルへようこそ(06)
韓国映画マイベスト。キムチ風味の残酷物語と宮崎駿の融合。やればできる!
 6位 GO(01)
一般邦画マイベスト。とにかく血の噴き出し方が気持ちいい!!
20070821174111 同  グラン・トリノ(09)
まだ記憶に新しい2009年度の最高傑作。今日『インビクタス』の予告を見てきましたが、その時点でノックアウト確定いたしますた。 
 5位 劇場版天元突破グレンラガン 螺巌編(09) 
「いつの間にか、背、追い越されちまったな。今度こそ本当にお別れだ」「そうじゃないだろ、兄貴 ・・・・ずっと一緒だ」cryingcryingcrying
 4位 皇帝ペンギン(05)
たぶん『スターウォーズ 新たなる希望』と並んで、一番多く観ている映画。本当に何度観ても飽きません。

最後のベスト3ですが、どれも好きすぎて順位が付けられませんでした。五年に一度くらい、理性や思考を飛び越えて脳髄にグサグサ突き刺さってくる映画があるのですが、まさにそんな三作品
20070320180259アイアン・ジャイアント』(00)
「ひとは自分のなりたいものになれる。君がなりたいのは?」「すーぱーまん・・・・」cryingcryingcrying
CASSHERN』(04)
たったひとつの命を捨てて 生まれ変わった不死身の体 キャシャーンがやらねば誰がやる!
劇場版天元突破グレンラガン 螺巌編』(08)
無理を通して道理を蹴っ飛ばすんだよ! それが俺たち、グレン団!!」


というわけでした。ああ・・・ 恥さらしまくり(笑)

ごまかすように、おまけその1
「世間ではボロクソに言われてるけど、オレはかばう! かばいつづける! あくまでひっそりと!」な映画ベスト5
5位 GOZZILA以降のローランド・エメリッヒ、全作品
4位 ジャンパー(08)
3位 デビルマン(04)
2位 ゲド戦記(06)
1位 (またしても)CASSHERN(04)

世間での叩かれ度はデビルマンとゲドがワンツートップというとこでしょうか。『ジャンパー』はすでに存在すら忘れられてるような・・・


おまけ2 温厚なわたしが思わずぶちきれた映画ベスト(ワースト?)3
(解説でネタを割ってます。ご注意ください)
3位 グエムル 漢江の怪物(06)
2位 ロード・オブ・ザ・リング(02)
1位 スター・ウォーズ エピソードⅡ クローンの攻撃(02)


3位は「これまでのお父さんの苦労は、いったいなんだったんだーっ!!」とannoy
2位は逃げて逃げて逃げて逃げて、「これからもっと大変だ~」と言って終ってしまう。そして続きは一年後。ざけんじゃねえとannoyannoy
1位は不安要素を残しまくったまま、「暗黒時代が始まるぞ~」と言って終ってしまう。そして続きは三年後。観客ナメてるのかと。annoyannoyannoy

あら? なんか後味悪い感じで終っちゃいましたけどcoldsweats01、2010年代もいい映画にたくさん出会えますように。そして世界が無事存続しますように・・・・
 

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January 20, 2010

惚れてしまえばエクボも ジェームズ・キャメロン 『アバター』

100120_174638あの『殺人魚フライング・キラー』のキャメロンが、12年ぶりに戻って来ました! 「3D新世紀」とうたわれる話題の大作『アバター』、ご紹介しましょう。

時は遠未来。半身不随となった海兵のジェイクは、成り行きでとある大企業のプロジェクトに参加するよう求められる。それは未開の惑星パンドラに赴き、その星の原住民の姿をした「アバター」を操るというものだった。原住民になりすまし、彼らの集落に溶け込み、安らぎを覚えるジェイク。しかし企業の利権を貪る思惑は、ジェイクを次第に苦しめていく。

わたしにとって、映画を見るということは、スクリ-ンの中に入り込むということです。「自分が映画を見ている」ということを、忘れられれば忘れられるほど、それはいい映画だっていうことです。しかし3Dで目の前に何かがプカプカ浮いてると、かえって現実に引き戻されるんですよね(笑) というわけで、これまで3Dを避けておりました。しかしこの映画に関してはあまりにも「すごいぜspa」という噂を聞くので、試してみることにしたのでした。
なるほど、大した映像でありました。よく言われてますけど、3Dにすることによって何かが飛び出るというか、画面に奥行きが出てるのですね。これならば、むしろスクリーンに入っていきやすい。そういうわけで、かなりのめりこんで見ておりました。

ストーリーは『ダンス・ウィズ・ウルブズ』か『ラスト・サムライ』のSFヴァージョンを、もっとベタベタにした感じでしょうか。キャメロンって、12年経っても変わらないなあと、なんだか逆に嬉しくなってしまいましたよ(笑)

まあわたしがこの映画で評価したいのは、いろんなところに見られるSFマインドです。例えばタイトルになってる「アバター」。遠隔操縦で動く超高精密な操り人形・・・とでも言えばいいのかな? 操縦者はこれを動かしている間ずっと寝たきりなので、そこを襲われたら手も足も出ないという設定がなかなか独特で面白かったです。そうした弱点をひきずったまま、いかに敵の手を逃れるか・・・ その辺もこの映画の見所のひとつかと。また普通ならとても萌えないようなショッカー怪人も、アバターの脳を通して見ることによって、魅力的に感じられるわけです。

あと「パンドラが地球よりやや小さい」という設定も、上手に使われておりました。重力が若干弱めであるために、原住民ナヴィは大柄であり、ドラゴンのような巨大な生き物も、空を自由に舞うことができす。ごっついパワードスーツが軽快に動けるのもそのためでしょう。
ただ「重力が弱い」ということにはデメリットもあります。地球ほど地表に酸素分子を捉えておくことができないのです。そのため、ホモサピエンスの皆さんは外に出るときは、吸入マスクをつけないとへたばってしまうわけです。
分子と重力に関しては本当はもっとややこしいバランスがあるはずなんですが、この際それには目をつぶり、パンドラのライトな環境をエンジョイすることにしましょうcoldsweats01

パンドラの環境といえば、この映画に出てくる密林は、森というより深海に近い印象を受けました。多くの生き物がヒレのような触覚を有していますし、そこかしこで何かがチカチカと光っていたり。原住民ナヴィも、青い肌のせいかどことなく魚っぽい。『アビス』や『タイタニック』を思い出し、キャメロンって水中が好きなんだなあ、ということにいまさら気づいたりして。そもそもデビュー作が『殺人魚フライング・キラー』だし(しつこい)

さて、ここからラストについて半バレしていきます。これから見ようかという方は避難されてください。

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アバターを動かすことに夢中になり、寝食を忘れ、「どっちが本物の自分かわからなくなってきた」とつぶやくジェイク。その姿は、まるでネトゲ中毒者のようでした(笑)。しかしこの映画は夢にたゆたうことを否定的には描いていません。むしろ「現実なんていらないんじゃね?」というような結論でお話を閉じます。それはちょっとどうなんかなーと思いつつも、迷わず決断するジェイクの表情が、やけにさわやかに見えてしまったのも事実です。まあ映画を見ている間くらいは、それもいいかもしれませんね。

100120_174539そんな『アバター』、コテコテの娯楽作にしては珍しくつい先日のゴールデン・グローブ賞を受賞。この勢いを駆ってまさかアカデミー賞まで・・・ いやいやさすがにそれはないか?
恐らくノミネートされたとしたら、強力なライバルとなるのは元妻が監督した『ハートロッカー』となるはず。なんてすごい(元)夫婦!
だいぶ前から噂されてる『銃夢』映画化も期待してます!

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January 18, 2010

コンドリは走っていく 松下俊文 『パチャママの贈りもの』

100118_1815592009年の宿題もようやっとこれで終わりかwobbly 松下俊文氏が6年の歳月をかけて撮影したドキュメンタリー・フィクション『パチャママの贈り物』紹介いたします。これもいわゆる単館系映画なのでしょうけど、なんでか特別扱いのように小田原で都心と同時にやっていたので、儲けとばかりに見にいってきました。

南米ボリビアに広がるウユニ塩湖。そこに生きる少年コンドリは、父と一緒に毎日塩を切り出す仕事に精を出していた。ある年、コンドリの祖父は体が弱り、長旅に耐えられない体になってしまう。そこでコンドリは初めてボリビア各地に塩を配る「キャラバン」に赴くことなる・・・・

冒頭に述べた「ドキュフィクション」。いったいどっちやねん、と言いたくなりますが、これは実際に塩のキャラバンと行動を共にし、その場その場で状況にあったお話を作っていったとのことです。

まず広大なウユニ塩湖の景色に目を奪われます。「湖」とありますが、水はありません。真っ白い塩が敷き詰められた平野が、どこまでも広がっているのです。『世界最速のインディアン』のクライマックスに出てきた、あんな感じの土地です。そしてその上に広がる空が、これまた輪をかけて広い。無限の広がりというヤツです。三方を山に囲まれている土地にいると、こうした景色がまるで異世界のもののように感じられます。

ポンチョを羽織ってリャマにまたがるその姿は、まるで『母をたずねて三千里』か『アンデス少年ペペロの冒険』。そういえば、2009年は年の初めにもボリビアが舞台の映画を二本見たのでした。『007 慰めの報酬』『チェ 39歳 別れの手紙』。そこから導き出されるイメージは「圧政的な支配者たち」「虐げられる民衆」といったもの。しかしこの『パチャママから贈りもの』は、ボリビアが決してそれだけではなく、とても健やかな一面も持っていることを教えてくれます。

ホテルの建設を手伝えと言われながら、あえてそれを蹴って、金にならない(基本物々交換なので)塩の配達を続けるコンドリの父。それはきっと、その仕事がどれほどボリビアの人々にとって必要なものなのか、身にしみてわかっているからなのでしょう。そういう本当にやりがいのある仕事ができるということは、まことに羨ましいことであります。
そしてその父と共に旅をするコンドリ君。昨年も子供たちの出る映画をたくさん観ました。なかには痛々しいものもありましたが、この作品に出てくるコンドリ君に関してはとても落ち着いて見ることが出来ました。
それはコンドリ君とお父さんはそれほどベタベタするわけではありませんが、その絆がとても強いものであることがわかるからです。父と一緒に働き、その背中から多くを学ぶ。今の日本ではそうそう見られなくなった光景です。一昔前であれば、ごく当たり前だったことなのでしょうけど。

少し前に『インカ・マヤ・アステカ展』に行ったことのある者としては、その辺の自然・風俗がいろいろ出てくることも楽しめました。まずなんといってもミイラ崇拝。そしてコンドリ君の夢に出てくる得体の知れないお化け。民族色豊かな音楽と、空を悠々と舞うコンドル。
自動車ではなく、リャマという動物を使って旅するところも面白いです。

わたしが特に印象に残ったのは、コンドリ君が旅の途中で野宿する場面。まあどってことないシーンなんですけど、誇張ではなく、本当に南米の草原に寝っころがっているような錯覚を覚えたので。映画でそんな感覚を味わうのは、実に久しぶりのことでした。また何度も何度も美しい夕焼けのシーンがあって、夕焼けフェチである自分には大変眼福でありました。

Inca_img04さてこの『パチャママの贈りもの』、小田原では速攻で終ってしまいました。東京はユーロスペースでも、今週22日までとなっています。ただその後ゆっくりゆっくり日本全国を回っていくようです。まるで塩のキャラバンのように(笑)
気の向いた方はぜひボリビアの乾いた暖かい風を体感してください。

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January 13, 2010

老人と牛 イ・チュンニョル 『牛の鈴音』

100113_172609単館系映画の話が続きます。本日は韓国で「牛の鈴音症候群」という現象まで引き起こした、「奇跡のドキュメンタリー」『牛の鈴音』を紹介いたします。

韓国のとある山村。毎日せっせと田畑を耕すチェじいさんには、一頭の相棒がいました。それは40歳にもなる年老いた牛。長年苦楽を共にしてきたじいさんと牛でしたが、ある年、獣医は「もうこの牛は今年の冬は越せないだろう」と宣告します。

牛の寿命は普通15年だそうです。だのにこの映画に出てくる牛は40歳。人間にざっと換算すれば150歳くらいまで生きているわけです。もう腰骨などはボルトのように突き出ていて、ヒップラインがすごいことになっていました。
映画では死ぬまでの一年を追っているように見えますが、実際はさらにそれからもう二年も生きつづけたというところも驚異的です。
そんなすごい牛であるならば、ぜひ観ておかねばなるまい、ということで鼻息を荒くして鑑賞してきたのでした。

ただ、この映画で摩訶不思議なのは本当にこの牛の寿命だけで、あとは本当にじいさん夫婦と牛の生活を追いかけた極めてどシンプルな映画です。大体ドキュメンタリーなのにナレーションが一切ありません。おじいさんも「いかん」「痛い」以外は滅多にしゃべりませんし。おじいさんの奥さんだけがただ一人ぶつぶつとつぶやいています。
しかし日ごろせわしい毎日を送っている身としては、彼らの姿を眺めているだけで、心が落ち着くというか、安らぐというか。そんなリラクゼーション効果を存分に味わわせてもらいました。

牛の食べる草が有毒になることを恐れ、畑に農薬をまくことすらしないチェじいさん。そんなおじいさんが弱っている牛をなおも毎日働かせようとするのは、観ていて不思議でした。
おじいさんは牛を引退させたら、さらにどんどん弱っていってしまうと考えたのでしょうか。おじいさん自身も体のあちこちが痛んでいるというのに、それでも働くことをやめようとはしませんし。「働くことが生きること。働くのをやめる時、それは死ぬ時」 彼らの姿を見ていたら、なんだかそんな言葉が思い浮かんできました。生来ナマケモノのわたしにとっては、エリを正される思いです。

そんな一人と一頭の絆に、文句たらたらなのがおじいさんの奥さん。「農薬をまこうよ」「機械を飼おうよ」「牛を売っちまおうよ」とひっきりなしにおじいさんを責め立てます。恐らくおじいさんに優しくされてる牛に嫉妬しているのでしょう。すごい三角関係です。
ただおばあさんとて牛が丸きり憎いわけではありません。長年一緒に働いてきたのは、おばあさんとて同じなわけですから。文句の合間に「かわいそうな牛だよ」とつぶやいていたりします。
ウチの実家ではモン吉先生の前にチンチラを飼っていたのですが、母は生きている時には怒ってばかりいたのに、死んだ途端に「あんないい子はいなかった」と言い出して驚いたことがありました。生きてる間に言ってやれよ。
まあこの牛とうちのチンチラとじゃあまりに重みが違いますけど、時に毒づき、時に哀れむおばあさんを見ていると、そんなことを思い出してしまったのでした。

わたしがこの映画で印象的だったのは、普段はずっとムッツリしてたチェじいさんが、同業者と話していたり飲んでいる時に限っては、ニコニコ笑いながらしゃべっていたこと。それはきっと彼らがおじいさんの牛をほめ、また牛の自慢を喜んで聞いてくれるからではないでしょうか。そんなところにも、おじいさんの深く牛を思う気持ちが感じられました。

20061210195938牛の病気が悪くなっていくのと同時に、おじいさんの体調もどんどん悪化していきます。その辺、見ていてとても心配になりました。
一緒に見た人と、「おじいさん、もうきっと長くないかもね」なんて話していたのですが、年末の新聞記事によりますと、まだちゃんとご存命とのこと。大変失礼いたしました。どうぞいつまでも長生きしてください。『牛の鈴音』は現在シネマライズほかで細々と公開中であります

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January 11, 2010

フラッシュバックによろしく アリ・フォルマン 『戦場でワルツを』

100111_174012本日は昨年のアカデミー賞外国語映画賞を、『おくりびと』と争ったこの異色アニメを。『戦場でワルツを』。ご紹介いたします。

映画監督フォルマンは、かつてイスラエル軍として隣国レバノンの紛争に従軍した経験を持っていた。だが彼は自分の記憶の中から、その部分だけがごっそり抜け落ちていることに気づく。意を決して戦友たちに当時のことを尋ねて回るフォルマン。彼はなぜ記憶を失ったのか。そしてその失われた記憶には、一体なにが刻まれていたのか・・・・

映画が始まると同時に、狂ったような勢いで駆け出す一群の犬たち。わたしの場合アート系映画の最初の数十分というのは、往々にして我慢タイムであることが多いのですが、この映画では出だしのこのシーンからぐっとひきつけられました。
大胆に影で塗りつぶされた画風は、『ヘルボーイ』のマイク・ミニョーラのようでもあり、アンディ・ウォホール描くところのポップアートのようでもあります。

さらに夜の海から現れる巨大な裸女、黄色がかった空をバックに、浮かびあがるように上陸するフォルマンたち、無人の街をガラガラと行進する戦車、だだっぴろい空港をひとり歩く主人公、まるでワルツを踊るかのようにマシンガンをぶっ放す兵士・・・
幻想と現実が入り混じった鮮烈なビジュアルが、次から次へと映し出されます。

わたしはアニメを見るとき、ついつい「この話をアニメでやる意味」について考えてしまいます。時には「これだったら実写でやった方がよくね?」と思うこともしばしば。アニメファンなのにね(笑)
しかし、この『戦場でワルツを』に関しては、非常に納得がいきました。単純に美術的に面白いということもありますが、過去の記憶をアニメでやることによって、「いまひとつ実感のもてないあやふやさ」がよく表れていたからです。

この映画では、現実に対しちゃんとした認識がもてない例が、繰り返し語られます。「自分は旅行者だ」と己に言い聞かせ、ファインダー越しにしか景色を見ないカメラマン。戦地の真っ只中だというのに、鼻歌まじりで行進する兵士たち。眼下で行われている銃撃戦を、のんきに窓から眺めている住人たち。

それは語り手であるフォルマン監督自身にも言えます。過去に関する断片的な情報を得ながらも、なかなかそれらに実感が持てなかったり、夢の中の情景を現実のものだと思っていたり。
しかしやがてはフォルマン監督も他の者と同様、残酷な現実を直視せざるを得なくなります。

反戦的なメッセージも、確かに込められています。しかしわたしが何より強く感じたのは、この「現実と認識のズレ」というテーマでした。

100111_174107さて、このフォルマン監督、どんな映画を撮っているかというと、一作目『セイント・クララ』、二作目『メイド・イン・イスラエル』共にSFに類する作品だそうで。現在もスタニスワフ・レム原作の『泰平ヨン』を手がけているということ。このタッチで描かれたSF映画・・・ ううむ。ぜひ観てみたいものであります。

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January 08, 2010

炭坑節は大河に響いて ヴィターリー・カネフスキー 『ひとりで生きる』

100108_185419ヴィターリー・カネフスキー「伝説の三部作」第二弾。前作『動くな、死ね、甦れ!』のラストをあらかた割っちゃってるので、その点ご了承ください。

あれから数年後、成長したワレルカは、ガリーヤの妹ワーリャと思いを通じ合うようになる。だが相変わらず無鉄砲なワレルカはまたしても問題を起こし、生まれ育った町を離れることに。
たどりついた見知らぬ土地で、なんとか職を得るワレルカ。彼はそこで希望をつかむことができるのか。

まず驚くのは前作ラストで消息不明だったワレルカ君が、ごく普通にスーチャンの村で暮らしているということ。そして登場するガリーヤの妹ワーリャ。妹・・・・ 妹なんかいたか?
たぶん彼女は「もしガリーヤが生きていたらこうなったであろう」ということで、用意されたキャラクターなのでしょう。
実際には『動くな~』から二年しか経ってないのに、ワレルカ=パーヴェル・ナザーロフ君からはマーク・ウォルバーグらしさがすっかり抜けていて、「子供の成長は早いなあ」ということを実感せずにはいられません。それどころか、ガリーヤを演じていたディナーラちゃんとベッドシーンまで演じている。・・・おじさんはなんだかちょっとさびしいです。

・・・作品全体の印象としては、だれもが叫びまくっていて、シンプルかつ力強かった前作と比べると、こちらはうって変わって物静かで、叙情的なタッチ。色がついたせいか、幻想味の濃いカットが多数ありました。
序盤には『動くな~』にはなかったコテコテなギャグもあります。頽廃した学校の中で、若さのままに暴れまわるワレルカを観ているのはなかなかに楽しい。しかしやがてだんだんとトーンが重苦しくなっていくのは、前作と同様です。以後例によってどんどんネタバレしていくので、お気をつけください。

ワレルカの中には二つの相反する思いが混在しています。故郷で暮らしていたい。遠くへ行ってみたい。愛する人たちのそばにいたい。愛するひとたちのそばにいてはいけない。
そんなワレルカの姿は、故国に帰れたはずだったのに、あえてことを起こして異国にとどまった旧日本兵ヤマモトとシンクロいたします。
前作と同様に、こちらでも懐かしき日本の歌が何度か流れます。よさこい節、炭坑節、富士山・・・ 我々からすればちょっとずっこけるあたりですが、ワレルカにとっては見知らぬ国への憧れをかきたてるような、そんな作用があったのでしょうか。

またしても愛する少女を裏切ってしまうワレルカ。彼を追い込んでいくものは貧しさと、皮肉な運命と、男としてのどうしようもなさと・・・それからなんなのでしょう。とりあえず「共産主義の矛盾」とか、そういうものではないと思います。

付随して思い出した作品を二つ挙げます。アゴタ・クリストフの小説『悪童日記』三部作と、西原理恵子の漫画『ぼくんち』。二つとも劣悪な環境で、アナーキーに生きる子供たちを描いた作品。唯一無二の存在だった二人がやがて分かたれて・・・というところは『悪童日記』を、厳しい現実ゆえに早く大人になることを余儀なくされるというところは『ぼくんち』を思い起こさせました。『ぼくんち』からは他にも共通するところが幾つかありました。サイバラ先生はけっこう映画を観ている方なので、もしかしたらこの辺からの影響もあったのかな・・・と妄想したりして。

ワレルカ少年のお話はひとまずここで幕を閉じます。『動くな~』とこの『ひとりで生きる』がカネフスキー監督の自伝であるならば、続く物語・・・なぜ映画作りを志したのかとか、無実の罪で投獄された経験なども観たかったところですが、もう語られることはないでしょう。また同じ話の繰り返しになる、と考えたのかもしれません。

100108_185438一方主演のパーヴェル君はその後リアルでワレルカ状態になってしまったようで、その様子は三部作のラストを飾るドキュメンタリー『ぼくら、20世紀の子供たち』(93)で語られます。が、わたしはどうやら観れなさそう。はにゅ~んcrying いずれまた特集上映があることを願います。

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January 04, 2010

よさこい節は凍土に流れて ヴィターリー・カネフスキー 『動くな、死ね、甦れ!』

091219_183244♪ 土佐の高知の播磨屋橋で 坊さんかんざし買うを見た

年明け一発目はとっても明るい(笑)この映画から行きます。80年代末に発表された伝説的映画『動くな、死ね、甦れ!』、参りましょう。

スターリン体制化の旧ソ連。元日本兵たちも抑留されている収容所付近の小さな村。少年ワレルカは母親と二人、貧しいながらもそれなりに無邪気な日々を送っていた。隣の家の少女ガリーヤはいつも彼のことを気にかけているが、ワレルカはついガリーヤに意地悪をしてしまう。そんなある日、ワレルカは自分がしでかした悪戯が元で、それまでにない窮地に立たされる・・・

みなさんはヴィターリー・カネフスキーという映画監督のことをご存知でしょうか。わたしもつい最近知りましたcoldsweats01 89年、監督二作目となるこの作品で脚光を浴び、以降三作を発表した後、映画界から忽然と姿を消してしまったそうです。その辺になにやら強く惹かれるものを感じ、年末横浜まで某所で行われていた特集上映に行ってきたのでした。

まず印象に残ったのは、ぎゃんぎゃんと耳をつんざくような人々の叫び声。そう、この声には「つんざく」と言う表現がよく似合います。しかしそれは決して不快ではなく。
ちょうど門外漢がロックを聞いて、わけわかんないながらも、確かなエネルギーを感じるような、そんな感覚と似ているかもしれません。

正直最初はこの作品世界に入っていくのに努力を要しました。まず画面がやけに白っぽすぎるように感じられたし(モノクロなんだから当たり前かもしれませんが)、主人公ワレルカが可愛くない。なんであんなに世話になっているガリーヤちゃんに対し、小憎らしい態度を取るのか。顔がまたマーク・ウォルバーグを一回り小さくしたようで、なおさら可愛くない(笑)
ただ、彼がガリーヤに対して意地悪なのは、好意の裏返しなんですよね。自分の中に芽生えた「好き」という感情をどうしていいかわからず、もてあましてついひねくれたことをしてしまう。そんな自分の幼き日のことを思い出すと(笑)、ワレルカにもだんだん感情移入できるようになっていきました。

ワレルカが住む村の荒涼とした景色には、少し前に見た『ミツバチのささやき』のアナの住む村とも似てるところがありました。ただアナの村には時々映画が来ていたようだけど、この村にはそれすらありません
それでもまあ、子供たちはそれなりに楽しいことを見つけるものです。スケートとか、悪戯とか。スケート靴を取り返したワレルカとガリーヤの笑顔の、なんとまぶしいこと。わたしがこの映画の中で一番好きなシーンです。しかしやがて少年には辛い現実が待ち構えていたのでした。以下勢いでどんどんネタバレしていくのでご注意ください。

今挙げた『ミツバチのささやき』(73)、『スタンド・バイ・ミー』(86)、そしてついこないだ観た『パチャママの贈りもの』。時を違えどこうした大人向けの子供映画には、列車・レールが印象的に使われていることが多いな、と感じました。僻地に住む少年少女たちにとって、列車というのはよそからくるものゆえに、外の世界の象徴なのかもしれません。
その「外の世界」のとらえ方が、作品によってそれぞれ異なるあたりが興味深いところです。で、『動くな、死ね、甦れ!』は、それがもっともシビアに描かれた作品ではないかと。望まずして外に出た世界で、さらに追いつめられていくワレルカ。そんな彼を救ったのは、またしてもガリーヤでした。

どこまでも現実的なこの映画の中で、ただ一人不条理なのが、このガリーヤちゃんの存在です。ワレルカがピンチになると決まって現れる彼女ですが、「いったいどうやって?」と言いたくなる点が幾つかありました。そして彼女との別れは、ワレルカの中で何かが死ぬことでもあり、自分の子供時代との別れをも意味していたのでした。

100104_084736さて、このインパクトのあるタイトル。わたしゃてっきりラストにおける少年少女への監督の呼びかけなのかと考えていました。ところが公式サイトによりますと、「僕は、自分の子供時代を甦らせるため現在というときの流れを止めた。そして止めることは死を物語る。さらにそれをフィルムのなかに起こすために、僕はもう一度甦ったんだ」・・・・ということだったようです。わかりづらいな。 ・・・・かようにこの映画は監督の「自伝的作品」となっているのですが、衝撃のラストを含め、一体どこまでが本当にあったことなのか、いささか気になるところであります。

『動くな、死ね、甦れ!』は、三部作と称される『ひとりで生きる』『ぼくら、20世紀のこどもたち』と合わせて、これから西日本を回るようです。東京のユーロスペースでも大好評につきアンコール上映が決定。ご興味おありの方はこの機会にぜひ。

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