必殺押し出し人 伊坂幸太郎 『グラスホッパー』
最近全体的に遅れがちなこのブログですが、特に遅れてるのが読書コーナー
この本なんか読んだの7月末だもんなー。と、いうわけで必死でざーっと読み返して思い出してみました。伊坂幸太郎氏にしては珍しいサスペンス・アクション『グラスホッパー』を紹介いたします。
元教師の鈴木は、「令嬢」と呼ばれる非道な組織の一員となるべく、「研修」を受けていた。それもこれも、妻を殺した「令嬢」の幹部である、寺原に接近するためだ。だが教育係である比与子から動機を疑われ、鈴木は窮地に陥る。「疑いを晴らしたければ、顧客である男女を殺せ」 そう言われて拳銃を持たされる鈴木。だがまさにその時、寺原は鈴木の目前でワゴンに轢かれてあっけなく死ぬ。どうやら道路・線路で人を押し出す専門の殺し屋「押し屋」の仕業らしい。比与子に命令されて、鈴木は「押し屋」を追う。さらに自殺を促す専門の殺し屋「鯨」や、ナイフ使いの「蝉」もそれぞれの思惑から「押し屋」を追う。鈴木、「押し屋」、鯨、蝉、そして「令嬢」の構成員たち・・・ 出し抜きあい、殺し合い、追いつ追われつする彼ら。その果てに生き残るのは、誰か。
わたくしが伊坂さんで感心していることのひとつは、「似たような話をほとんど書かない」ということです。作家というものは作品が多くなるにつれ、いつしか「こういうの、前にも読んだな」というものが多くなってくるものですが、伊坂作品については、いまのところそういうことはほとんどありません。どの作品も皆個性的で、へんてこりんな印象を残しています。そしてこの『グラスホッパー』もまた、異彩を放つ作品のひとつであります。
映画でも小説でも、一対一の対決ものというのは割りとよく見かけますが、「三すくみもの」というのはけっこう少ない。下手をすると筋立てが複雑になりすぎて、盛り上がりにくくなるため、作り手としてはあんましやりたくないジャンルなのかもしれません(先日見た映画『グッド・バッド・ウィアード』は実に見事な「三すくみもの」でしたが)。
しかしそこは伊坂幸太郎。縦横無尽にプロットを錯綜させながらも、後半に行くにしたがってどんどん話を盛り上げていきます。
面白さのひとつは各殺し屋のキャラクター。まず大男の「鯨」は「彼を見ているとなんだか死にたくなってくる」という特殊な力をもっています。また、お話の核となる「押し屋」。方法は実にせこいですが、いかにも現実にいそうなあたり怖いキャラクターといえます。また何人もの男に追われながらも、落ち着いた姿勢を崩さないところは、大した度胸というか、単に脳天気なのか。なかなか一筋縄ではいきません。
もうひとつの面白さは彼らを結ぶ「線」の構図。復讐を誓いながらも、鬼になりきることのできない鈴木は鯨よりも蝉よりも、「令嬢」の者たちよりもはるかに弱い存在です。そんな鈴木くんが成り行きで皆が追いかける「押し屋」を補足してしまう。そんな風に、最弱のものが最強のカードを手にして、猛者たちの追撃をなんとかやりすごしていくところがなんとも面白い。もっともこのカード、易々と意のままになるようなものではないので、その点でも鈴木君は苦労を強いられます。
話を少し戻して。「蝉」にせよ「鯨」にせよ、極めつけの悪人には違いありません。ただこの二人は「令嬢」の寺原や比与子と比べると、まだ同情的に書いてあるような気がしました。その違いは「良心があるかないか」というところにあると思います。「鯨」と「蝉」は何人もの人間を墓場に送ってはいますが、一応そのことに良心のとがめを感じています(「蝉」の方はそれこそ「おっとすまねえ」程度のものですが)。だからか知りませんが、「蝉」と「鯨」は凶悪な殺し屋であるとわかっていながら、なんとなく憎めないキャラクターになっています。実際に犯罪被害に遭われた方は、また違うご意見をお持ちかもしれませんが・・・
それに対し「令嬢」の面々は人を殺すことに何ら罪の意識を感じていません。むしろ嬉々としてそれを行っています。『アヒルと鴨のコインロッカー』に出てきたペット狩りの若者たちや、『オーデュボンの祈り』の悪徳警官のようなポジション。ですからこちらは嫌悪感ムチムチで書かれております。
わたしが特に印象に残ったのは「蝉」と、その雇い主岩西との奇妙な関係。「蝉」は自分をこきつかい、報酬をふんだくる岩西を疎ましく思っております。ついには自分を操る人形師なのでは・・・という妄想まで抱き始めます。
しかし実は岩西は「蝉」を好ましく思っていて、どこか敬意の念すら抱いている。この辺の気持ちのすれ違いはなにやら考えさせられるものがありました。
伊坂作品では一番スピーディーで殺伐としたお話でした。とはいえ氏独特のまったりさ加減も失われてはいません。また、終盤には「あっ」と驚く仕掛けも用意されています。じ~~~んと感動するような作品ではないかもしれませんが、これまた伊坂ブランドの名に恥じない傑作でありました。
あ・・・ そういえばタイトルの『グラスホッパー』には何の意味があったんだろう? そんなこともわからず感想書いちゃうわたしっていったい(笑)
読書コーナー今後の予定といたしましては、次はまた伊坂氏の『魔王』、さらに次いでジャック・ロンドンの『白い牙』をお送りいたします。ご期待しないでお待ちください。
Comments
こんにちは~♪
7月の末に読まれたのですか?
それなのに随分よく覚えていらっしゃいますね~
私は読んだらスグに感想を書かないと、、、忘れます(涙)
さてさて、本ですが、、、
>どの作品も皆個性的で、へんてこりんな印象を残しています
ホント、そうですね~
最近伊坂作品から遠ざかっていますが、今度『モダンタイムス』を読もうと思っています。『ゴールデン・スランバー』の再読には挫折しました(汗)何で読めないんだろう?不思議ーーー
私はグラスホッパーの中では鯨のキャラが気にいっています。
彼みたいな人って本当にいるかも、、、って想像したりして(笑)
SGA屋伍一さんはラストをどう受け取られましたか?
何だか不思議な余韻がありましたよね。
Posted by: 由香 | October 06, 2009 02:50 PM
私も『グラスホッパー』の中では鯨のキャラクターが印象深いです。
伊坂さんの小説って単館系の映画っぽいといつも思うのですが
こちらの作品は『鮫肌男と桃尻女』を思い出しました。なんとなく。
オチってどんなんでしたっけ?

読んだ端から内容を忘れていくという症状が、年々ひどくなってる気がします。。。
もうおばあちゃんの母親に「若年性認知症なんじゃない?」って本気で心配される今日この頃。
『悪童日記』の感想も3冊ぜんぶもう一回読みなおしてから書こうかと
Posted by: kenko | October 06, 2009 04:02 PM
>由香さま
こんばんは
さっそくありがとうございます
いやいや、いろいろ忘れてたんで、ざーっと読み返したんですよ。特にこの話は「あっ」という間に読んでしまったので
『モダンタイムス』はたしか『魔王』の50年後の話でしたよね? 実はわたし『魔王』はちょっと微妙でして
一応レビュー書きますけど
新作『あるキング』もかなりヘンテコそうですよね。あらすじ読むとなんだか『巨人の星』みたい
わたしは鯨よりも、蝉・鈴木の方に注目してたかな
あのラストはすごい好きです! この小説で一番好きなのがあのエンド。とてもさわやかでした
Posted by: SGA屋伍一 | October 06, 2009 08:18 PM
>kenkoさま
こんばんはー
kenkoさんも鯨派ですか。女性層の注意をひくタイプなのかな? 読んでるときはあまりそうは思えなかったけど(笑)
>伊坂さんの小説って単館系の映画っぽい
実際『フィッシュストーリー』『ラッシュライフ』は単館系でしたからね(笑) 『フィッシュ』はそろそろDVDが出るとか
決して派手ではないけれど、独特で面白い着想は確かに単館系の映画のようですね
「オチ」というのとは少し違ったかも。全体の八割くらいのところでだいたい明かされましたから。「押し屋」の家族が実は・・・というのと、殺し屋「スズメバチ」の正体についてです
>読んだ端から内容を忘れていくという症状が、年々ひどくなってる気がします。。。
いまからそんなこと言っててだいじょぶですかー?(笑) とりあえず「悪童日記」の記事、楽しみにしてますよ!
Posted by: SGA屋伍一 | October 06, 2009 08:25 PM