猟奇的な彼氏 ナ・ホンジン 『チェイサー』
ジュンホはソウルでデリヘルの店を任されているさえない中年男。ある時、彼の店で働いている女の子が相次いで姿を消すという事件が起きる。いなくなったデリヘル嬢二人は、同じ番号に呼び出されていた。果たしてまたかかってくるそのナンバー。彼女たちが売り払われたと思ったジュンホは、その男を罠にかける。やはり店で働いているミジンを囮にし、犯人の居場所を突き止めようと考えたのだ。だが彼は知らなかった。電話の向こうにいるのが、血も凍りつくような殺人鬼であるということを・・・
『シュリ』のころから、わりかし定期的にわが国でもかかるようになった韓国映画。『冬ソナ』のようなメロドラマあり、社会問題に材を取ったアクションあり、キム・ギドクをはじめとするアート系あり、はたまた『D-WARS』のような大珍品あり・・・・ いったい何が飛び出すかわからないゴッタ煮のような状態であります。
で、この『チェイサー』は公開前から「なんかすごいらしい」という噂を聞いていまして。実際予告編を見ますと岩井俊二、大林宣彦、黒澤清、清水崇、西川美和、松尾スズキ、若松考二ほか大勢のそうそうたるメンバーが「大絶賛!」とある。「そんなにスゴイのかーっ!!」と、内容もろくに知らんのに楽しみにしておりました。近所でかからなかったため、見られたのは公開から三月も経ってからでしたが・・・・
それはさておき。この作品、確かにすごい映画でした。どうすごいのかというと、とにかく焼けどしそうなくらい熱い。スクリーンからソウルの放つ熱気がムンムンと漂ってくるかのようでした。
わたし前は韓国の人も日本人とそんなに気質は変わらんだろ、と思っていましたが、ちょっと違うようです。あちらの方たちは、わたしたちよりも情熱的で、生きるのに一生懸命、という気がします。そしてその情熱は、時として危ういものを孕むときもあります。
主人公のジュンホ(桑田圭祐似)はまさにその熱さを体現したような男。冒頭こそけだるいムードを漂わせたろくでなしのような印象でありますが、一度スイッチが入ると獣のような執拗さで標的を追い回します。
そんな人間くさいジュンホとどこまでも対照的なのが、彼と対峙することになる連続殺人鬼ヨンミン(可愛らしい名前だ・・・)。
二人は「暴力的な人間」ということでは共通していますが、その印象は著しく異なります。ジュンホの暴力は見ていてとても爽快であります。特にいけすかない同業者に椅子を叩きつけたり、ドライバーにケリを入れて車から逃走するシーンなどは本当に胸がすくようでした。わたしたちがひごろイライラをつのらせている社会の理不尽なことに対し、ジュンホが代わりに暴れてくれているようで。
それに対しヨンミンの暴力は極めておぞましく、見ていて背筋が凍りつくようです。少なくとも最初のうちは彼がなんで女たちを次々と手にかけるのかさっぱりわからないし、無抵抗のか弱きものをいたぶる姿には心底恐怖と嫌悪感を感じます。彼からはごくたまにしか感情というものが感じられません。韓民族のみならず、人類全体から見て極めてイレギュラーな存在。人はそういう理解しがたいものを恐れるものであります。
情熱的で人間的なジュンちゃんと、無感情で非人間的なヨンさま。そんな二人のおっかけっこを描いた作品、ということでこの映画は『チェイサー(追撃者)』というタイトルになったんでしょうけど、これには文字通りの追跡劇だけでなく、精神的なそれも含まれてるように思えます。
以下はぼちぼち本バレしていきます。未見の方は避難されてください・・・・
ユンミンが犯行を重ねた理由というのは、本編ではとうとうはっきりとは明かされませんでした。しかし本編の中に見られる幾つかの描写・・・・「悪いモノを全部出すんだ」というセリフなど・・・・から、あれは彼なりの「正義の鉄槌」だったのではなかろうかと考えています。あるいはそう思い込むことで、自分の歪んだ欲望を正当化していたのか。
おおよそヨンミンとかけ離れていたジュンホですが、大きな悲劇を経て、クライマックスでは敵の境地にたどりつきます。ジュンホが追いついたようにも思えるし、ユンミンの持つ闇に追いつかれてしまったようにも思える。そんなところにこの映画のシンプルなタイトルの深みを感じるのでした。
実はわたしとしては久々にトラウマとなってしまった映画ですが、随所にユーモアがちりばめられているところが多少救いでありました。ヒロインの命が今にも危ないというとき、別の場所では大統領にウンコが投げつけられていたり。そして売店のおばちゃんのあまりの脳天気さには腹立たしい反面、もう笑うしかありません。現実はいつだって残酷でバカバカしいものです・・・・ これは一応映画ですけど。
救いといえば、ラストシーンにミジンコくらいの「救い」を感じたのはわたしだけでしょうか。二人はこれから親子として暮らしていくのでしょうか。確かにジュンホのような社会不適格者に子供が育てられるとは思えないし、少女も間接的とはいえ母を死に追いやった彼を許しはしないでしょう。なにより、このフグ毒のような映画に、そんな甘ったるい話は似合わない。
それでも、カルテに書かれた「保護者」の名前に、眠る少女の手をぎゅっと握るジュンホの姿に、そんな未来を求めてしまうのです。罪深いこの男にとって贖罪の方法は、もはやそれしか残されていないのですから。
韓国映画恐るべし、の思いを新たにした一本でした。まーわたしもせいぜい十本くらしか見てないんですけど
ちなみにこれまで一番うちのめされたのは『シルミド』、一番慰められたのは『トンマッコルへようこそ』です。こちらを見て韓国映画に興味を抱かれた方々には、それらもおすすめします。
Comments
ふっふっふ・・・・ご覧になりましたね。
トラウマになりましたでしょう・・・そうでしょう・・・・( ̄ー+ ̄)
こーゆー映画を見ると,韓国人って日本人とよく似た顔をしてるのに
DNAの方向は全く違うなぁ・・・ということを思い知らされます。
いや,どちらがいい,とか言うんじゃなくって
顔が似てるからといって,同じ感覚でお付き合いしていると時々
ずどん!とカルチャーショックを受ける,という意味です。
感情の濃さが違います。
私はつねづね,これを大陸騎馬民族と
島国の農耕民族の違いじゃなかろうかと思ってるんですが。
この物語が実話であることに背筋が寒くなるんですが
ここまでひどい猟奇殺人犯って,日本の犯罪史にはいないような気もします。
韓国映画で一番打ちのめされたのは,私は「オールドボーイ」です。
一番癒されたのは・・・いやいや,私は韓国映画に癒しは求めてないので・・・
ガツン!と殴ってほしくて韓国映画を観ているような感じですからね~,わたしは。
Posted by: なな | July 26, 2009 01:33 AM
伍一さん、昨日はありがとうございました、
もう話ちゃったけど、わたしもななさん同様
韓国映画は「オールドボーイ」がイチオシ!
劇場で観た当時、忘れた頃にまた観たいと思ってたのに
結末衝撃すごすぎて全然忘れられない
是非観てね!!あ、でも期待しすぎないでね。
(これだけ煽っといて)
Posted by: mig | July 26, 2009 11:23 AM
>ななさま
こんばんわです。ふふふ・・・ 見てしまいましたよ
わたしもぱっと見て日本人か韓国人かなんてさっぱりわからないのですが、話に聞くところによると「日本人は大抵うつむき加減で歩いているのに対し、韓国人は前を見据えてカッカッと歩いている」のだとか。ホントかしら
あと、韓国の男性は日本の男性よりも女性に優しいという話も。ある方が言うには「いままでこんなに大事にされたことない」とか。これまた本当かな~
>ここまでひどい猟奇殺人犯って,日本の犯罪史にはいないような気もします
うーん。殺人鬼に上下の別は無いと思いますが、単にスコアのことだけを考えるなら、確かにそうかもしれませんね。彼があれだけ好き勝手できたのは韓国警察の体質もあると思いますが
そして海を越えた国にはさらにとんでもねえやつらが・・・・
韓国映画に癒しは求めていないとおっしゃられますが、『トンマッコル』は癒しだけではないんです。平和への祈りと深い感動とオチャラケもこめられた深い作品なんです。だまされたと思って一度ぜひ!
Posted by: SGA屋伍一 | July 26, 2009 08:33 PM
>migさま
こんばんは! 昨日はこちらこそありがとうございました!
実物を見てさぞかしガッカリされたことかと思います(笑)
でもネットでやりとりするのも楽しいですけど、リアルで映画について語るのも本当に楽しいですよね~ わたしの地元の友人って、あんまし映画見ないもので・・・・
それほどあおられると、『オールドボーイ』俄然期待してしまうじゃないですか! 夏休み中、ちょっとがんばって『サスペリア2』と一緒に借りてこようかしら・・・・(なぜそれと)
『殺人の追憶』を思いだした、という方も多いようですね。ちなみにそちらも未見・・・・
Posted by: SGA屋伍一 | July 26, 2009 08:45 PM
がっかりとかそういうのナシですよ、ブログお友達なんですから!
それにもともとわたし伍一さんのこと知らなかったんだから〜
そんなこと言ったらわたしだってどう思われてたか気になってくるじゃないですか(笑)でも映画のコアな話はつきませんよね
最後の絵が可愛い!と書き忘れました
韓国映画ほんと怖いのは面白いデス♪
Posted by: mig | July 27, 2009 10:38 AM
>migさま
気をつかわせてしまってすいません
軽いジョークです。さらさらっと流しちゃってください・・・
でもmigさんは前からのイメージどおり、都会の洗練されたウーマンだなあ、と思いましたよ。うんうん
来月はいろいろと予定があるのでまだわかりませんが、企画練ってくださるならがんばって参加したいとおもいます。そんでまたコアな話をいろいろと
>最後の絵が可愛い!と書き忘れました
ははは。頭にノミささっチャってますけど・・・・
そんなギャグにでも逃げないとやりきれないお話でした・・・
Posted by: SGA屋伍一 | July 27, 2009 08:44 PM
ようやくUPしました〜
観てすぐ途中まで書いてたから、時間が経ってもなんとか書けました♪
韓国映画ってこれまでろくに観たことなかったんですけど
これはむちゃくちゃ見応えありました。
バスルームのシーンこわすぎ・・・
あまりの怖さに目を閉じてしまったのって久しぶりです。
でも私「オールドボーイ」の方がトラウマかも
>ジュンホが追いついたようにも思えるし、ユンミンの持つ闇に追いつかれてしまったようにも思える
確かに〜。深いですね。
ジュンホ、やっちまえ!!って感じだったけど、
ギリギリ思いとどまってヨンミンを追い越さないでいてくれて良かった。
「殺人の追憶」は近いうち観る予定ですが、
SGAさんおすすめの「シルミド」「トンマッコル」も観てみようかな〜
Posted by: kenko | August 26, 2009 03:13 PM
>kenkoさま
こんばんは

じっくり推敲されてたようですね(笑)
韓国映画のみならず、全世界の映画ひっくるめてのオールタイム・ベスト・トラウマムービーになります
わたしの場合辛かったのはバスルームより、後半の雑貨店のあのシーン・・・
で、『オールドボーイ』はその上をいくの?
怖い・・・ でも見たい・・・
クライマックスのあたりは『セブン』を想起しないでもなかったですね。よく引用してる言葉ですけど、「闇を見つめている時、闇もあなたを見つめていることを忘れてはならない」ということでしょうか。ガクブルです
『トンマッコル』はぜひ見てください~ 宮崎アニメに影響を受けたところもありますし
『シルミド』はね・・・ 一見の価値あるけど、これまたへこむよ・・・
Posted by: SGA屋伍一 | August 26, 2009 08:38 PM
観ました!一年以上も前の記事にコメントするのははばかれますが、あまりにも伍一くんの観察眼におののいてしまいました。
まさにソウルの熱さがビンビンに伝わってくる。そんな一本です。というか、日本も韓国も同じ文化っぽい〜。
エロチラシからして。
タケカワ ユキヒデ似のこの俳優さんの迫力勝ちです。
すごく楽しめました。
Posted by: hino | May 11, 2010 09:51 PM
>hinoさん
いつでもどこでもレッツカモンファイヤーですよ。それにこの映画のことはよく覚えてますし。上のほうにmigさんと始めてお会いした時のやり取りがあって懐かしいな(笑)
いやー、わたしはこの映画なかなかにトラウマになってしまったのですが、知り合いには「すんごく面白くて二回も見ちゃった!」という人が二人もいて、「世の中には肝の太か人がおるばい・・・」と恐れおののいたものです
hinoさんは彼をタケカワユキヒデと見ましたか。なぜだか今、『ビューティフル・ネーム』が聞きたい気分でいっぱいです
Posted by: SGA屋伍一 | May 12, 2010 07:22 AM