老優は死なず クリント・イーストウッド 『グラン・トリノ』
ただ消え去りもしません。
先日『チェンジリング』が公開されたばかりの、クリント・イーストウッド監督最新作。そして久々の主演作品でもあります。
とある町に住む頑固一徹な老人ウォルト。彼は自分の町に移り住んできた外国人たちや、最近の無軌道な若者たちに対し怒りを隠しません。
彼の唯一の癒しとなっているのが、ガレージに眠る往年の名車グラン・トリノ。そんな彼のお宝を、隣家のアジア人一家のボンクラ息子が盗みに入ります。ところがそれをきっかけに、ウォルトと隣の一家の間で、奇妙な交流が始まることになります。
クリント・イーストウッドを初めて知ったのは、もちろんまだ子供のころ。親父が見ていた『ダーティー・ハリー』で。
おっぱい丸出しで獣のような犯罪者に殺されてしまうお姉さん。そんでその犯罪者を、容赦なく撃ち殺すハリー・キャラハン=イーストウッド。そして彼は、なぜかルパン三世の声でしゃべっていました。
まだ幼かったわたしは、「怖ええ映画だ・・・」と腹の底から震え上がったものです。
『荒野の用心棒』でスターダムにのし上がり、『ダーティー・ハリー』でその名を不動のものにしたクリリンは、以後ヴァィオレンとでインモラルな作品に多数出演し、時にはメガホンも撮るようになります。その中でも『サンダーボルト』『ガントレット』などはわたしもけっこう好きだったりするんですが。
ところがある時を境に、彼の作風は一変します。人の命など屁とも思わぬようなスタイルから、一人の人間の命や、罪の重みを深く問うような作風へと。
わたしはこれまでことあるごとにそいつが「不思議だー不思議だー」と書いてきましたが、この『グラン・トリノ』を観てようやく得心がいきました。
やっぱり御大は、ご自分の若かりしころのお仕事に対し反省されているのですよ。
作風の違いがはっきり表れたのはアカデミー賞に輝いた『許されざる者』(92)。「今まで何人も殺してきたぜー」とか言ってたくせに、本当に人を殺してしまった途端、罪の重さに耐えかねて泣き崩れる若者。こういう描写はそれまでにはほとんどなかったように思います。その前作で監督も努めた『ルーキー』(90)は普通のアクション映画でしたから。
果たしてこの二作の間に何があったのか? 恐らくそれには『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3』が深く関わってるものと思われます(マジか?)。
以下はどんどんネタバレしていきます。未見の方はご注意してください。
ウォルトとタオの関係、それは一言ではなかなか言い表しにくいものです。
師弟であり、擬似親子であり、そして親友である。
彼らは自分たち同士で「おれたち親友だよな?」なんて確認しあったりはしません。しかし他の人には自信を持って「彼は親友だ」と言います。環境も年齢もこれほど違うのに、お互いそう思いあえるなんて、なんてすばらしい。
劇中のウォルトもそうですが、大人ってヤツは何かとすぐ「最近の若い者は」と言いたがるものです。これは古代エジプトの壁画から書かれてることなんで、人類の本能とも言ってもいいです。
しかしイーストウッドはいつだって若い世代への敬意と希望を忘れていません。
そしてウォルトは師として、自分の命でもって大切なことを教えていきます。人を殺した者が、いったいどうなるのかということを。
同じモン族の無法者たちにひどい目にあわされ、いきり立つタオ。まして瞬間湯沸かし器のようなウォルトのこと、大切な人々をボロボロにされ、怒りを感じないはずはありません。
西部劇か『ダーティー・ハリー』なら俄然燃え上がる場面です。そうだ! あんなならず者どもやっちまえ!と。普通なら止めに入るはずの神父でさえ、「わたしが彼なら連中をぶち殺します」なんて言ったりしてます(おーい)。
しかしここでイーストウッドがそれをやってしまったら、ここ数年彼が今まで訴えてきたことが、すべてパーになってしまう。ゆえに、ここがこの映画でわたしが一番ハラハラしたところでした。
でもそれは杞憂でした。イーストウッドは、悲しいけれど、心から安心するような仕方で、わたしの期待に応えてくれました。
この映画は葬式で始まり、葬式で終ります。しかし気まずい空気に満ちていた冒頭に比べ、終幕のなんと穏やかなこと。そして読み上げられる遺言。
「あのクソみてえな部品さえつけなけりゃ、あれはお前のもんだ」
その言葉に、ずっと暗い表情をしていた若者は、ようやっと顔をほころばせます。
まるで「じゃあな、あばよ」とでも言うような、さわやかな別れの言葉。
なにぶん年代モノゆえいつまでもつかはわからないグラン・トリノですが、彼がそれを乗りつぶすころには、胸の傷も癒え、より一回り大きな男になっていることでしょう。彼の家の隣に住んでいた、あの頑固な老人のように。
折りよく今日、春の叙勲に、イーストウッドが叙せられることになったというニュースを聞きました。まるでこの映画のワンシーンのお返しのようです。
しかしクリリンにとっては、近年の自分の作品が日本において並外れた評価を得ているということの方が、よほど確かな勲章なのではないでしょうか。
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