悲しみのアンジー クリント・イーストウッド 『チェンジリング』
副題は「イーストウッドをほめちぎる!」ということで。珍しくお茶ラケなしであらすじいってみましょう。
1920年代のLA。シングルマザーのクリスティンは、電話の交換手をして一人息子を懸命に育てていた。あるとき彼女のその最愛の息子ウォルターが、忽然と姿を消してしまう。
数ヵ月後、クリスティンは警察から息子が見つかったとの報せを受け、狂喜する。だが彼女の前につれてこられた子供は、明らかにウォルターとは別人だった。それでも「あなたのお子さんです」と断言するLA市警。その少年までもが彼女のことを母と呼ぶ。果たしてウォルターはどこへ消えてしまったのか・・・・
フィクションではたま~にこういう話ありますよね。考えられる真相としては「政府の陰謀」「宇宙人と取り替えられた」「ヒロインは実は仮想現実世界の住人で、プログラムにミスが生じたために(略)」などがありますが、驚くべきことに、これ実話だったりします。
クリント・イーストウッドはわたしが最も信頼している監督の一人であります。かようにまず拾ってくる話のネタ、およびそのアプローチの仕方が興味深い。『ミリオンダラー・ベイビー』では女子ボクシングというマイナーな世界を扱い、『硫黄島二部作』では知られざる歴史秘話を紹介するとともに、ステレオ形式で日米双方から第二次大戦を描くという実験を試みていました。
次いで映画として非常にスリリングであります。この『チェンジリング』は実はかなりくたびれた状態で鑑賞し、最初の方はうとうとしかけていたのですが、見ているうちに見事に眠気が消し飛びました。登場人物がどうなるのか、話がどこに向かっていくのか・・・・ 結末を見届けられずにはいられない。こういう「物語」の「基本」がきっちりなされています。
そして訴えかけてくるメッセージが奥の深いもので、非常に明快であります。それでいて決しておしつけがましくはなく。
彼の作品を見ていると、「人が一人いなくなるということに、命が失われるということに、どれほどの重みがあるのか」「あまりにも非情な境遇にあって、果たして人は己の尊厳を保ちつづけることができるのか」いつも考えさせられます。
本当にハリー刑事のころにパンパンジャンキーたちを撃ち殺していた人と同一人物とは、とても思えません。
以下はぼちぼちネタバレしはじめます。未見の方はご避難ください。
薄幸のヒロインを演じるのは「世界の姉御」アンジェリーナ・ジョリー。しかし今回はマシンガンをぶっ放すわけではなく、なよなよ、はらはらと泣き崩れる演技が目立ちます。クレジットに名前がなかったら、到底彼女とはわからなかったことでしょう。
しかし中盤においてとうとうブチ切れた彼女が、「言うべきことを言ってやるぜ!」と啖呵を切る場面があり、そこからは「ようやくいつもの姉御が帰ってきた!」と思いました(笑) やはり母は強しというべきか。
暮れに見た『永遠のこどもたち』でも非情によく似たシーンがありました。みなが「もう終ったことだから」と言う中、一人ヒロインだけは「今もあの子の存在を強く感じるんです」と言う。母が子を思う気持ちは、いつの時代も万国共通なんですね。一方で最近ではやりきれない事件も時々あり・・・・
わたしがこの映画で一番感動したのは、一度逃げかけたウォルター少年が、共に捕まっていたデヴィッド少年を助けに引き返すくだり。あれほどの恐怖を味わいながら、彼は人としての優しさを失っていなかったのだな、と。そしてわずか10歳の少年にどうしてこれほどの強さが備わっていたのか・・・・と。
普通なら「終わり」となりそうなところで、この映画、なかなか終りません。途中から大体どういう結末か予想がついてしまったので、「もういいじゃないですかー」と思ったのですが、最後まで見ると、監督がそこまで続けた意味がわかります。
現実はいつだって重く厳しいものです。だからこそ希望が必要なんでないの?ということをイーストウッドは訴えます。
そうです。どんなに重いテーマを扱っていても、最後はさわやかに締めてくれるから、自分は彼の作品が好きなのです。
そのイーストウッドの次の作品は、退役兵とアジア系移民の心の交流を描いた『グラン・トリノ』。今回は主演も努めております。日本公開は来月・・・・て早!
ささやかれていた俳優引退説も撤回され、彼のこれからの活躍にますます期待してしまいます。
Comments
伍一さん
こんばんは♪
イーストウッドは俳優やめるっていうのを撤回したんですか!?
俳優はやめてもらって監督業に専念してもらいたいです(笑)
>
『永遠のこどもたち』でも非情によく似たシーンがありました。みなが「もう終ったことだから」と言う中、一人ヒロインだけは「今もあの子の存在を強く感じるんです」と言う
そうでしたよね〜、最初はもっとガツンといってやってよアンジー姉さん!(ほんとはわたしより年下
)
なんて思ったけど最後の方ではつよくたくましい母の姿みせつけられましたよね。
ああ〜またイチゴカプリコ食べたくなってきちゃった
(伍一さんの ゴイチカプリコって言葉みるたびに
食べたくなっちゃうのー笑!)
Posted by: mig | March 07, 2009 11:35 PM
こんにちは~♪
復活しました~(笑)怒涛の快進撃で、今日も記事をアップしちゃった♪来週あたりに息切れするかも?!
『現実はいつだって重く厳しいものです。だからこそ希望が必要なんでないの?ということをイーストウッドは訴えます』
多くの方が、希望あるラストに共感されたようですね~
私は元が暗いのか、その希望ですらも辛く感じました。
クリスティンのその後の人生に、少しでも幸せを感じることがあったらいいなぁ~と切に願いました。
アンジーはカッコイイ印象が強いですが、演技も上手いんですねぇ~
・・・・・・時々顔のアップが怖いと思いましたが(汗)
ブラピが尻にしかれるのも無理はありません
Posted by: 由香 | March 08, 2009 01:28 PM
こんにちは!
イーストウッドものはハズレがないですねー。
とにかく実話というのが驚きで、のめりこんでしまう映画でした。
アンジーのエレガントな衣装、オロオロぶりは新鮮でしたが、
後半、「なめんじゃないよ、おら〜!!」のシーンはいつものアンジーでホッ。笑
>一度逃げかけたウォルター少年が、共に捕まっていたデヴィッド少年を助けに引き返すくだり。
このへんはドキドキしなからみてましたよ。デヴィッド少年の告白は真に迫っていて、子役がうまかった。
おぉ、『グラン・トリノ』来月公開ですかっ!
『許されざる者』のDVD 、未見だったのでつい買ってしまいました。楽しみです。
Posted by: アイマック | March 08, 2009 04:48 PM
>migさま
こんばんはです! お忙しいのにお返しありがとうございます!
>イーストウッドは俳優やめるっていうのを撤回したんですか!?
くわしくはコチラを
http://cinematoday.jp/page/N0016600
「アイルランドの新聞紙に、彼らの取材興味を惹(ひ)かせるために、冗談半分で引退するかもしれないと言ったんだが、それがゴシップとして扱われ、騒ぎになってしまっただけだよ」だって
おっさ~ん・・・
でも自分はイーストウッドはなるべくイーストウッドの映画に出てほしいと思ってます
今回も牧師役か刑事役で出てくれてもいいのに~って
マシンガンそぶっ放さなかったけど、結局最後はいつものアンジー姉さんでした。その辺はラウラさんと対照的でした。ま、あちらははっきり真実を見せ付けられたということもあったでしょうけど
それではmigさんに忘れられないために
カプリコカプリコカプリコ!(わけわからん
)
Posted by: SGA屋伍一 | March 08, 2009 07:32 PM
おお,また真面目な記事だ~~(* ̄ー ̄*)
・・・でもアンジーのイラストが笑えますケド。(前作が特によいねぇ)
私もこれを観た時は実は発熱してたのですが
普通ならそんなときは寝ちゃうのですが,眠気は一瞬も襲ってこなかったです。
それほど密度の濃い,そして観客をぐいぐい引っ張ってゆく見事な展開でした。
さすがイーストウッドさんですね。
前半のアンジーは確かにかよわくて,メイクや髪型もいつもと大違いなので
彼女に見えませんでしたね。
後半,徐々に腹をくくってきて,啖呵が飛び出すころは
いつものアンジーの顔が見えたりして嬉しかったです。
新作の「グラン・トリノ」も楽しみです!(観にいけるかな?)
Posted by: なな | March 08, 2009 08:21 PM
>由香さま
おばんです! お返しありがとうございます!
怒涛の快進撃ですね~ 由香さんとまたたくさんやり取りできるかと思うと嬉しいです。そちらは大人気ブログですから、あまり迷惑にならない程度にね
先の『永遠のこどもたち』もそうだったんですけど、この映画、お子さんを持ってる人とそうでない人とでは、「見につまされ度」が大分違うと思います。由香さんがいまひとつさわやかになりきれなかったのも、無理なきことかと
職場の上司がいい人そうな感じだったので、その後のクリスティンの支えとなってくれれば嬉しいですね
今回のアンジーはアイラインのぐりぐりが特に怖かったです・・・
ブラピは『ベンジャミン・バトン』のせいで、一層「はかなげな人」という印象になってしまいました。家庭内でどちらが強そうかといえばそれはやはり・・・・
Posted by: SGA屋伍一 | March 09, 2009 08:04 PM
>アイマックさま
ご来訪ありがとうございます!
イーストウッドはハズレがないですよね~ と言いつつ、実は世評高き『ミスティック・リバー』はまだ見てなかったりして
えー、ともかく、老いてなおますます才気のほとばしる、名監督でございます
最近わたしが「らしくない」と感じたのは一昨年の『グッド・シェパード』(特に後半)ですね~ 仕事第一の夫を家でひたすら待つ妻の役。そんなんアンジーでなくても別に良かろうと
ちなみに『グラン・トリノ』でも子役が大分重要な役目を果たすようです。これまた重い題材ではありますが、今作に比べればハート・ウォーミングな話みたいっす
『許されざる者』はイーストウッドがアクション俳優から「映画作家」への変貌を遂げた名作ですね~ できたら「小部屋日記」で感想読んでみたいです!
Posted by: SGA屋伍一 | March 09, 2009 08:13 PM
>ななさま
おばんです! お返しサンクスです!
イラスト・・・ 実は今回は自信作です。「笑ってもらえるんじゃなかろーか」という意味で
実は『父親たちの星条旗』は時折りほかのこと考えてたりした部分もありましたが、『ミリオンダラー』や『硫黄島からの手紙』には片時も目を離せないほどの吸引力がありました。もちろん今作もね
どれも社会派の作品でありながら、下手なサスペンス映画よりよほどハラハラさせてくれます
今回のアンジー姉さんはよく化けてましたね。少し前の『マイティ・ハート』でもちょっと変わったイメージだったけど、とりあえずあれはアンジーだとすぐわかりましたし
ちなみにわたしが彼女の名を聞いてまず思い浮かべるのは、やはり『トゥーム・レイダー』での三つ編み姉ちゃん。「前作」のイラストにもその辺のイメージが入ってます(笑)
これからまた人の入れ替わりで、ななさんも忙しくなるのでしょうか。『グラン・トリノ』、見にいけたらいいですね!
Posted by: SGA屋伍一 | March 09, 2009 08:28 PM
こんばんは♪
>「宇宙人と取り替えられた」
まさにそれ系の話かと勝手に想像してたんだけど(イーストウッドなのに)
全然違った
恐ろしい実話でした。
衝撃度では「永遠のこどもたち」よりもこちらの方が上かな。
アンジー姐さん、アカデミーは逃しちゃったけど熱演でしたね。
子役の上手さも際立ってて、特に偽ウォルター君と
ゴードンの従兄弟役の子が上手いなぁと思いました。
「ベンジャミンバトン」もずいぶん前に観てすごく良かったのに、
なぜかいまだに感想書いてないです。
「グラントリノ」の公開ってもう来月なんですね〜
楽しみ♪
あらすじだけざっくり読むと、「チェンジリング」よりは
穏やかな気持ちで観られそう?
Posted by: kenko | March 09, 2009 11:37 PM
>kenkoさま
おばんです! のんびりしてたらまた攻め込まれてしまった・・・
油断大敵!
そういえばイーストウッドはいままでSF作品には挑んだことはなかったかな? 『スペース・カウボーイ』は一応現実の範囲内の話だったし
『永遠のこどもたち』はあれはあれで衝撃なんですけど、「実話をもとにしてる」っていうのはまた別の重みがありますね・・・・
イーストウッド作品でこんなに子役が目立つ話も珍しいですかね。『パーフェクト・ワールド』なんてのもあったけど
個人的にはニセウォルターくんの小憎らしさに特別演技賞あげたいです
『ベンジャミン・バトン』も見てたんですね。うん、良かったんだけど、感想書きづらい映画ってあるよね(笑) 気長に待ってますです
>『グラン・トリノ』
>「チェンジリング」よりは
穏やかな気持ちで観られそう?
某半島の人たちを殺しまくってきた元軍人さんが、そちら系のひとたちに心をひらいていく話・・・・ですよね
どうでしょう
Posted by: SGA屋伍一 | March 10, 2009 08:26 PM
こんにちは。



TB&コメントありがとうございました。
素晴らしい作品でしたねぇ。
さすがイーストウッド。
私は、『ミスティック・リバー』を見た時に衝撃を受けたのですが。
その衝撃を軽く超えてしまったと思いました。Σ( ̄ロ ̄lll)
衰えるということを知らないイーストウッドは本当に凄い。
アカデミー賞の作品賞や監督賞にノミネートされなかったけれど、
私の中ではグランプリでした。
って、受賞作品等、まだ見れていないので断言はできませんけどネ。
『グラントリノ』早く見たいですねー
Posted by: となひょう | March 10, 2009 09:39 PM
>となひょうさま
おはようございます! 速攻でお返しありがとうございました!
別のお宅でのHNをうっかりひきずったまま投稿して、混乱させてしまったことをお詫びいたします・・・・
そういえばとなひょう様はおじ様好きでしたが、やっぱりイーストウッドもお好きなのでしょうか
名作『ミスティック・リバー』は実はまだ見てないんですよね・・・ だのにいけしゃあしゃあとイーストウッドについて語ってたりします。われながら面の皮が厚い(笑)
たぶんアカデミー賞は「クリちゃんにはもう二回もあげてるから今回はいいよね」「そうそう、はっきり前二作を上回るくらいの出来でないと」ということで外されちゃったんじゃないかな。でも日本のブロガーの皆さんはとなひょうさんはじめ大絶賛ですよね
Posted by: SGA屋伍一 | March 11, 2009 07:37 AM
SGA屋さん、こんばんは。
エエッ、『ミスティック・リバー』まだ見てないんですかー。
それなのにイーストウッドを語ってしまうなんて、おそろしい子・・・っ!
なんて、『硫黄島』二部作を見てない私にだけには、言われたくないですよねえ。ごめんなしゃい。
本当、これ途中のアンジー「怒りのアフガン」辺りで、ようし、もっと言ってやれ!と思ってしまいましたね。
だけど、彼女が演じると、「大人しく、常に正しい選択をしようとしている賢い女性が、珍しく怒りを顕わにした」というシーンではなく、「ホッ、ようやくいつも通りか!」になってしまうんですよね。そこが自分にとっては、アンジーじゃないほうが良かったんじゃないのォ、なんて思ってしまうのでした。
でも、最後まで少しも退屈することなく、一気に見れました。本当に素晴らしい作品だったと思います。
Posted by: とらねこ | March 23, 2009 12:24 AM
>とらねこさま
素早いお返しありがとうございます~
>それなのにイーストウッドを語ってしまうなんて、おそろしい子・・・っ!
わたし、見てもいないくせにこうやってあたかも見たように書くの得意なんですよ。月影センセ♪(←自慢するな)
まあ当時は果てしなく暗い人間ドラマをわざわざ劇場で見たいとは思わないタイプだったんですねえ。『ミリオンダラー』もいろんなブログで絶賛されてるのを読んでなかったら観にいかなかったかも
>『硫黄島』『星条旗』
とらねこさんは確か戦争映画があまり好きじゃなかったんでしたっけ。その辺の理由もいずれ教えていただけたら嬉しいですね
>彼女が演じると
>「ホッ、ようやくいつも通りか!」になってしまうんですよね。
ははは。なるほど
仮に誰か他にキャスティングするとなると、誰がいいでしょう?
たおやかな反面、芯に強さを秘めたタイプとなると・・・
レニー・ゼルウィガーかケイト・ブランシェットか・・・
・・・・・うーん
この映画、ネットでは今年いまんとこ一番評判がいいような気がします。ま、今年まだ三ヶ月しか経ってませんけどね
Posted by: SGA屋伍一 | March 23, 2009 08:08 AM