1、2の三バカトリオ 小林まこと 『青春少年マガジン 1978~1983』
時は1978年春。横浜は鶴見のアパートで、一人の若者が死にかけておりました。
青年の名は小林まこと。漫画家を志して都会に出て来たものの、アシスタントもアルバイトも長く続かず、出版社に持ちこんだマンガはことごとくボツ。しまいには腐ったエビチャーハンを食べて生死の境をさまよっていたのでした。
そんな時。小林青年の運命を変える一本の電話がかかってきます。なんと少年マガジンの新人賞に応募したマンガが、見事入選を果たしたという。ほどなくして小林氏は『1、2の三四郎』という作品で正式にデビュー。しかしそれは彼にとって、新たな地獄の幕開けでもあったのでした。
この作品については昨年暮れに書いた漫画家マンガの記事でも紹介したのですが、その後単行本で再読して、改めて大傑作であることを確信しました。そういうわけで再チャレンジです。しゅうさんとかにさんにはそのうち強制的に貸し付けるので、できれば以下の文はその後で読んでくだされば嬉しいです。
いまからいいことを言います。
「週間連載は、戦場である」
ああ・・・ つくづく自分の才能が恐ろしい・・・
アホですいません。
週間マンガはマンガの花形であります。収入的にも知名度でも、漫画家の頂点と言っても過言ではない。しかしそこでは想像を絶するような過酷な戦いが行われているのです。出版社同士の戦い、漫画家同士の戦い、そして漫画家自身の戦い・・・・ そしてこのフィールドでは恐ろしいことに、時々死人が出ます。
以下は作品からの引用
「3日や4日寝ないのは当たり前 20時間くらい何も食わないのも当たり前 たばこは呼吸のように一日7箱 缶コーヒーは一日10本以上 締め切りのストレスで胃はボロボロ 逃亡したこと数回・・・・」
さすがに最近は講談社の雑誌もマメに作家を休ませるようにしていますが、人気絶頂期の少年マガジンにおいては、これほどまでに作家に負担を強いるものだったのでした。
小林氏が4年間その戦いに耐え切れたのはなぜだったのでしょう。創作の喜び、読者からの励まし、息の抜き方が上手だったこと・・・・ そして何より、彼にはかけがえのない「戦友」がいました。
一人は小林氏と新人賞を争った小野新二氏。そのテクニックと仕事量は並外れていて、つねに「へっへっ」と笑っている軽妙な男。
もう一人はマガジンにおいて『三四郎』と争うほどの人気漫画だった『タフネス大地』の作者、大和田夏樹氏。初対面の小林氏に挑戦状を叩きつけたほどの、血気盛んな若者(もっともその数分後には意気投合してたりするんですが)。
彼ら三人は過酷な締め切りの合間を縫ってバカなことばかり繰り返していたので、いつの間にか編集部から「新人3バカトリオ」と呼ばれるようになります。
彼らが若さと情熱の赴くまま、はしゃぎまわる姿は読んでいてとても楽しい。そして彼らの語る言葉ひとつひとつが、シンプルながら、重く、切ない。
「なんで来ねぇんだよ!! 待ってたのに」「ヘッヘッへッ どうせ仕事なんかできねえくせによ」
「オレが子供のころ、どんな環境で生きてきたと思ってんだ・・・」「もう貧乏ともおさらばだ やくざみてぇな連中との付き合いもおさらばだ」
「い・・・ いかんぞ・・・・」「この手をはなしたらいかんぞ・・・・」
「風呂に入っててもさぁ・・・ 怖いんだよ・・・」「沈みそうで・・・・ 怖いから・・・・」「両脇をしっかりおさえてないと入れないんだよ・・・・」
「ヘッヘッヘッ どいつもこいつもナイーブだぜ ただガンガン仕事すりゃあいいだけのことなのによ」
「ああ これか? 動かねぇんだよ 親指と人差し指が」「でも・・・・ 指が動かなくて、どうやって漫画描くんだい?」「描けるさ・・・ こうやってガムテープでよ ペンと指を固定するんだ ヘッヘッヘッ」
「あれが・・・・ あれが・・・ 最後の会話かよ~」
「肝臓全滅・・・・ あと三週間もたないって・・・」
「う・・・・ うううう・・・・ うううううう~」
「あいつ・・・ 自分でオレは天才だって言ってたけど・・・・ 本当に天才だったな・・・・」
ここには青春のほぼすべてがあります。歓喜があり、慟哭があり、栄光があり、挫折があり、野心があり、不安があり、出会いがあり、別れがあり・・・・ そして友情と漫画があります。
「ほぼ」と書いたのは「恋愛」についてはスルーされてるから(笑) その辺の話もなかったわけではないようですが、あえて書かないあたり、小林先生のシャイな人柄がうかがえます。
またしても感傷的なレビューになってしまいましたが、深刻なところと同じくらい、笑えるところもたくさんあります。軽妙な絵柄の効果もあり、「暗い」というイメージからは程遠い作品。なので、キツイ話が苦手な人も安心して読んでください。
先生は愛ネコ家でもあるので、今度はぜひ実録のネコエッセイなども描いてほしいところ。
この漫画、わりかし早目から紹介していたせいか、「大和田夏樹」で検索すると当ブログが1ページ目でヒットしてしまいます。そのようにして来られた方、すいません。ここには大した情報はありません
単行本巻末には「大和田夏樹氏の著作権継承者を探しています」とのメッセージがあります。何かご存知の方いらっしゃいましたら、講談社までご一報ください。
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