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November 15, 2008

鎌倉四姉妹の逆襲 吉田秋生 『海街diary』

『BANANA FISH』や現在劇場版公開中の『櫻の園』で知られる吉田秋生先生の最新作。さきごろ文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞したそうです。うひょー

鎌倉に姉妹たちだけ住んでいる幸、佳乃、千佳のもとに、ある日消息がわからなくなっていた父の訃報が届いた。父に対し強いわだかまりを抱いていた幸は、佳乃と千佳の二人だけで、葬儀に出てくるように申し渡す。
観光気分でその場所へ赴いていった二人を待っていたのは、腹違いの妹であるすずだった。その後結局やってきた幸はすずと話をするうちに、彼女に「一緒に住まない?」ともちかける。

この作品、実は先に描かれた『ラヴァーズ・キス』と世界観を共にしています。舞台も鎌倉だし、『ラヴァーズ・キス』に登場した人物がチラホラ顔を出していたりします。ただ素直に「続編」といいがたいのは、まず『ラヴァーズ~』の約一年前から始まっている「前日譚」であるがゆえ。あの話は発表された当事はまちがいなくその時の「現代」・・・・・90年代半ばが舞台だったと思うのですが、『海街』もまた今の「現代」を舞台としているので、その辺頭を柔らかくする必要があるでしょう。
さらに登場人物の顔も微妙に違っていて、両作品の重要人物である藤井朋章くんなどは
081114_131835081114_131816こんなに顔が変わっています(まあわたしの絵も微妙に似てないですけど
ま、吉田先生の10年間の絵柄の変遷を確かめるために読み比べてみるのも面白いかもしれません。

さて、お話は初めこそ奔放な次女・佳乃の目線で進められていきますが、次第に四女のすずを中心とした話が増えていきます。すずちゃんが新しい街で出会う人々や、その哀歓が少女らしいみずみずしい感性を通して語られます。この「子供の目を通して」というのが、わたしが特に魅かれるあたりです。これまで専ら大人メインで、ゲイレイプさえ描いていた吉田先生が、こんなほのぼのした心温まる話を作れるなんて! つくづく奥の深いお方であります。

「『BANANA FISH』は『日出処の天子』の影響下に描かれた作品であり、ひいては吉田秋生も山岸涼子から深い影響を受けている」というのがわたしの前からの持論であります(あんまし賛同してもらえないけどね・・・)。
で、この『海街diary』にも少し前紹介した『舞姫テレプシコーラ』と重なるところが幾つかありまして。
いや、今回は意識したというより、なんとなくかぶっちゃったんだろーなーとは思うんですが、少年少女が共にスポーツ?に励む話であり、その内の一人が片足に深刻な障害を抱え、「死を考えた」なんてセリフが出てくると、どうしても『舞姫~』を連想してしまうのですよ。つい最近読んだばっかりということもありますが。
もっとも吉田先生と山岸先生では扱う材料は一緒でも、調理の仕方はかなり違います。吉田先生が絵もお話もカラリとしているのに比べ、山岸先生の方はゆらゆらとした情念が漂ってくるような、そんな感じ。そうした作家性の違いがまた興味深かったりします。

わたしは映画も漫画も好きです。言うまでもないことですが、両方にそれぞれいいところがあるわけです。で、漫画の利点というのは「気に入った絵を、いつまでもじっと眺めていられる」ところにあると思います。映画じゃ「あ、ちょっと待って!」と思ってもさーっとフィルムは流れて行っちゃいますからね。かといってビデオ機器で一時停止するのも、なんか無粋な気がしますし。
で、特にそれを感じたのが二巻最後のエピソードのあるシーン。幸とすずが、カレーを作りながら話している場面です。父が鎌倉の家を出て行ったことを、自分の母のせいだと考えたすずは、幸に泣きながら「ごめんなさい」と謝ります。自分が知らず知らずのうちに妹を傷つけていたことを知った幸もまた、「ごめんね」とつぶやいてすずの肩に手を回します。そして二人の背中に「ただいまーっ ホタテなかったからアサリにしたよー」「あとアイス買ってきたー」と佳乃と千佳の声がかぶさる。この場面が、まるで時間が止まったかのように見えて、なんとも言えず美しい。まさに「漫画を読み続けていて良かった」。そんな風に思える場面です。

さらに登場人物がどいつもこいつも撫で繰り回したくなるような、いいヤツばっかしでして。一人一人がわたしたちと同じ平凡な人間でありながら、深い悲しみを抱え(サッカー小僧二人は別。あとチカちゃんも)、それでも笑いながら生きている。そんなところが胸を打つ『海街diary』。そろそろ時系列的に『ラヴァーズ・キス』に追いつきそうな感じです。朋章くんが里伽子と仲良くしているところを見て、佳乃さんがズーンと落ち込むとか、そんな話がなければいいんだけど。

081114_131916『海街diary』は現在一巻「蝉時雨がやむ頃」と二巻「真昼の月」が、それぞれ小学館フラワーズコミックス(普通のよりちょい大版)より発売中。そんで「月刊フラワーズ」にて不定期連載中。
この進行の遅さがいいような、じれったいような・・・

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Comments

>朋章の顔のちがい
これこれ!!
私は『ラヴァーズ・キス』のときの朋章の方が好きだなあ、と思ってました。
『海街』の方はなんだか可愛い過ぎて。
ただ単にちょっとワルっぽい方が好みなだけかもですが

カレーのシーンについては美しい中の、幸の複雑な思いが心に残ります。
母への思い、すずへの思い。そして自分もまた「奥さんのいる人を好きになって」いる事実。
深いシーンですよね。

今日ちょうど『ラヴァーズ』を読み返して、初めて風太が『ラヴァーズ』から出ていたことに気がつきました
しかもちゃんと「サッカー小僧」となっていて。
吉田センセイはこの時のこんなチョイ役の設定から、この『海街』のお話を作られたのでしょうか?

>佳乃さんがズーン
私も、里伽子は登場しないのかな〜と心待ちにしながらも、この流れだとまさにそういうシーンになるんだろうな、と思っていました

Posted by: シュウ | November 16, 2008 12:19 AM

>シュウさま

さっそくコメントありがとうございます
シュウさんは悪い男が好みですか。もう! いけないヒト!
最初は一年前だからまだあどけない顔をしてんのかなあ、と思ってたんですが、半年経っても一向に変わらず(笑) もう吉田さんの脳内で今の絵柄に変換されちゃってるんでしょうね。つか、顔だけでなく骨格まで変わってるような・・・

>カレーのシーン

鬼のように頼もしかったシャチ姉さんが、初めて弱いところを見せた場面でもあるんですよね
シュウさんのおっしゃるように様々な思いが胸の内を去来してるんだろうな、と

>吉田センセイはこの時のこんなチョイ役の設定から、この『海街』のお話を作られたのでしょうか?

いやー 十中八九後付ではないかなと・・・思うんですが・・・
たぶん鎌倉では元気なお子さんはサッカーをやるものと相場が決まってるんですよ。きっと。風太くんは朋章に比べるとブレが少ないですね。髪の色が違うくらいで
あと『海街』二巻でひとコマだけ出てきた美樹ちゃんに和みました

>この流れだとまさにそういうシーンになるんだろうな、と思っていました

そうなったらそうなったで、佳乃さんはオレが頂きます(妄想キター)


Posted by: SGA屋伍一 | November 16, 2008 07:02 PM

1巻でシャチ姉が、すずを喪主代行として挨拶させようとしてた親戚たちを、叱りとばしたシーンがありましたが
ねーさんてば素敵カコイイ
その後姉妹だけで話してたときに、亡き父を看病したすずに労いの言葉をかけたトコもずーんと来ました
「ありがとうね」
って…そりゃ、すずちゃん泣きますよ。私もつられて目から汗が

香田さん家の梅酒って、色んなものがつまってて、深くて美味しいんだろうなぁ

Posted by: ほーりぃ | November 21, 2008 12:38 PM

>ほーりぃさま

おはよーございます
シャチ姉さんはかっこいいですよね。なんというか、男らしい(笑)
そしてたぶん登場人物の中では一番「大人」という気がします。わたしより5歳以上年下のはずですが、全然年下という気がしません

すずちゃんの号泣シーンはホロリとくると同時に、ほっとするところでもありました。きっと今までいっぱいいっぱい我慢して、いっぱいいっぱい溜め込んでたんだろうなって。ようやくそれが全部吐き出せたんだろうなって
あとで多田くんについて「本音を言ってくれてよかった」というシーンがありましたが、それはすずちゃんが我慢することの辛さを知ってるからこそ言えるセリフなんですよね。シャチ姉さんの「子供であることを奪われた子供ほど哀しいものはありません」っていう言葉もそう

わたしも香田家にあがりこんで梅酒いただきたいものです。たぶん「不審者よ!」とたたき出されるんじゃないかと思いますが

Posted by: SGA屋伍一 | November 22, 2008 09:06 AM

>そしてたぶん登場人物の中では一番「大人」

そーですねぇ私も彼女よりか年上なんですけども
大人度については、足元にも及ばんですたい(;´д`)トホホ…
すずの義母が、泣いてばかりでしゃんとしてないのを評して
「許容量がすくないからといって それを責めるのはやっぱり酷なのよ」
って言ってましたけど、あの懐の深さには脱帽です
精進せねば

Posted by: ほーりぃ | November 26, 2008 12:51 PM

>ほーりぃさま

またまたありがとうございます

>「許容量がすくないからといって それを責めるのはやっぱり酷なのよ」
って言ってましたけど、あの懐の深さには脱帽です

ですねー そんな懐のひろいシャチ姉さんが唯一許せなかったのが自分の父親
そんだけ好きだったってことなんでしょうね。小児科の先生とお父さんの面影が似てるところから、そんな風に思いました

あとオクトパスのコーチのヤスさんもいい大人だなーと思います。あんないいコーチを「ヤス」呼ばわりするガキどもは困ったもんです

ふー、ちゃんとした大人になりたいでちゅ・・・・

Posted by: SGA屋伍一 | November 26, 2008 06:31 PM

ちゃんとした大人は「でちゅ」とか言いませんから!!Σ( ̄ロ ̄lll)
ガムバレ伍一さん。 あなたなら、出来るわ

>登場人物がどいつもこいつも撫で繰り回したくなるような、いいヤツばっかしでして

コーチのヤスさんも、そうですよね子供達を、ただ好きなだけじゃなく、理解し支えようとする姿勢が良いψ(`∇´)ψ
「いい大人」といえば、伝説のナース藤井先輩が非常に気になります。彼女のエピソードは今後もでてくるのでしょうか…もっと読みたい(。・w・。 )

Posted by: ほーりぃ | November 28, 2008 12:46 PM

>ほーりぃさま

>ガムバレ伍一さん。 あなたなら、出来るわ

ありがとうございます。ボクがんばりまちゅ!
っていうか35にもなってこんなこと言ってる時点ですでに・・・

>伝説のナース藤井先輩が非常に気になります

ラヴァーズ・キスからウン年、満を持しての登場でしたね。あのドロドロした家庭からどうしてこんな姉御肌の人が育ったのか? 
「甥っ子が今度うちのショップで働くことになって」
この言葉に特に何の反応もないシャチ姉さん。もどかしいなあ(笑)

朋章くんの美貌のお母さんの素顔も、いつかは明らかになるんでしょうか

Posted by: SGA屋伍一 | November 29, 2008 08:19 AM

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