泡坂妻夫を語りたい 泡坂妻夫 『喜劇悲喜劇』
毎度時代と逆行している小説コーナー。今回は先日デパートの古書市で見つけた泡坂妻夫氏のミステリー『喜劇悲喜劇』を紹介いたします。
妻に去られて以来、酒びたりになり、仕事もうまくいかないマジシャンの楓七郎。ある日彼のところへ久しぶりに出演の以来が来る。豪華客船ウコン号で行われるマジックショーのメンバーに選ばれたのだ。だが驚いた事にそのメンバーの中には、七郎の別れた妻、唄子も入っていた。ショーに向けてリハーサルが進む中、事件は起きた。道化師の「たんこぶ権太」が何者かにより殺害されたのだ。ところが興行主の床間亭馬琴は公演を行うために事件の隠蔽を図る。そして七郎はこれより前にもウコン号で殺人事件が起きていたことを知る・・・・
作者の泡坂妻夫氏は、田中芳樹や連城三紀彦といった才人を多く世に出した、伝説の雑誌『幻影城』の出身。その後島田荘司氏や岡嶋二人氏と並んで、70年代、80年代の本格ミステリを支えた方です。
その作風は、「まるで手品のようで」「機知と稚気に富む」。社会派的な問題提起や文学的な命題はうっちゃっといて、ただひたすら読者を驚かせること、楽しませることを至上としております。氏は自身アマチュアの奇術家なので、そういった趣味が作品にも反映されております。また奇術自体が作品のテーマとなることもしばしば。
例をあげるなら、新潮文庫より出ていた『生者と死者』(絶版・・・)。この本は何ページかごとに袋とじの体裁になっていて、そのままでもロマンチックな短編小説として読むことができます。ところが袋とじを開くとあら不思議、全く違ったユーモアミステリーへと早変わりしてしまいます。その前の作品である『しあわせの書』もミステリ小説であると同時に、そのまま手品の道具としても使える実に凝った作りになっています。こういうくだらないことに異常なまでの努力を注ぎ込む人が、わたしは大好きです
この『喜劇悲喜劇』はなにが変わっているかというと、とにかく徹底して「回文」にこだわっているということ。まずタイトル、そして章題が全て「期待を抱き」「唄子が答う」「大敵が来ていた」というように、全て回文で作られています。ちなみに序章は「今しも喜劇」、終章は「奇劇も終い」となっております
章題だけでなく登場人物も「たんこぶ権太」「瀬川博士」というように回文の名を持つ者が多数登場。そしてこういった名を持つ者が次々と殺害されていき、名前と事件にどのような関係があるのか・・・ということがメインの謎となっております。
また作中ではキャラクターによる回文談義もあり、「草の名は知らず珍し花の咲く」「キャラメル噛み噛みカルメラ焼き」などといった面白い例を幾つか教えてもらいました。
ただ残念ながらこの本も残念ながら絶版・・・ 氏のミステリはどれもハズレのない傑作ぞろいなのに、今となっては入手困難なものが多いのが歯がゆいです。
比較的手に入りやすいものは創元文庫から出ている最初期の三長編『11枚のとらんぷ』『乱れからくり』『湖底のまつり』、それに連作短編集『亜愛一郎』シリーズくらいでしょうか。特に『乱れからくり』は第31回日本推理作家協会賞を受賞した大傑作です。 あと上に挙げた『しあわせの書』もまだ辛うじて普通に買えるようです。
デパートの古書市も、たまーにこういう掘り出しものが見つかるので侮れません。
回文に話を戻しますと、最長例は「力士出て 塩舐めなおし 出て仕切り」と聞いたのですが、ウィキを見るとさらに長い例が幾つか出ております。ご興味おありの方はのぞいてみてください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9E%E6%96%87
Comments
>回文
私が知ってるのは、
「酢豚作りもりもり食ったブス」
これあかほりさとる氏(テッカマンブレード)の
師匠・小山高生氏が「ラムネ&40」で作ったと覚えていますが、
どこからか引用したかのかもしれません。
検索すると少しだけあるんですよ。
でも、とっさに使えるというのは物知りということですよね♪
あとは、「なかきよ」でしょうか?
『長き夜の 遠の眠りの皆目覚め
波乗り船の音のよきかな』
『なかきよの とおのねふりの みなめさめ
なみのりふねの おとのよきかな』
実は「マリア様が見てる」(『ロサ・カニーナ』収録「長き夜の」)
からの引用です。
良い作品を書けるということは博識でもあるということ
なんですね。
こんな長い和歌の智識なんて私にはありませんからねw
泡坂妻夫先生は「亜愛一郎」を知っておりますが、
「辞典で一番最初に来るように亜愛一郎の名前を考えた」
というセンスを持つあたり奇抜というか面白い先生ですよね。
Posted by: 犬塚志乃 | October 18, 2008 08:08 PM
>犬塚志乃さま
小山高生さんというとタイムボカンで有名な方ですよね。確か早大文学部卒・・・
知識だけでいいものが書けるわけではないと思いますが、博識な方の作る話の世界観というのは、確かに奥行きがあります
ワリと最近感心したのは『鋼の錬金術師』の荒川弘さんとか
>奇抜というか面白い先生ですよね。
そうですね。このほかにも傑作がいろいろあります
亜愛一郎の「亜硫酸の亜です」という自己紹介も傑作です
Posted by: SGA屋伍一 | October 19, 2008 07:32 PM