究極戦神あーる スティーブン・ハンター 『悪徳の都』
昨年の『極大射程』映画化が記憶に新しい(というか、もう忘れられつつある)「スワガー・サーガ」。先日最新作『四十七人目の男』が刊行されたので、わたしも久しぶりにシリーズを読んでみることにしました。ただしこの度はボブ・リーの話ではなく、その親父アールの物語。シリーズとしては通算五作目となる『悪徳の都』(上下・扶桑社ミステリー文庫)です。
第二次大戦中、激戦地硫黄島にて無数のジャップを地獄に叩き落した鬼曹長アール・スワガー。彼はその戦績のゆえに名誉勲章を授与されることになったが、華やかな式典の最中にあっても、心は陰鬱に沈んでいた。
そんな彼にフレッド・ベッカーと名乗る一人の野心的な検察官が近づく。彼は近々行われる選挙にて政界への進出を目論んでいたのだが、それに弾みをつけるために、退廃的な産業でにぎわう町、ホット・スプリングズの浄化を計画していた。違法営業の店を鍛え抜かれた精鋭たちで、力ずく銃ずくで摘発する・・・ そのチームの指導を、アールに依頼したのだった。しかしそれは同時に町をとりしきるギャングのボス、オウニー・マドックスを敵に回すことになる。
命のやり取りに明け暮れた日々は、もうたくさんだったはずだった。だがアールはいつしかその申し出に耐え難い誘惑を感じ始め、身重の妻を残して「悪徳の都」ホット・スプリングズへ向かう・・・
スティーブン・ハンターはボブ・リーにまつわる4篇の物語を著した後(ただし二作目『ダーティホワイトボーイズ』にボブは登場しない)、今度はボブの父、アールを主人公に据えた話を三作書きます。その一作目が、この『悪徳の都』というわけ。
単独プレー、あるいはコンビで動くことが多かった息子に対し、父アールはどちらといえばチーム・プレイが本領のよう。入念にブリーフィングを重ねて、目指す拠点に急襲をかける様子は、映画『アンタッチャブル』を思い出させます。また劇中では「ボニー&クライドを追跡したことのある元FBI捜査官」や、『バグジー』で知られるベン・シーゲルなども登場し、映画ファンの好きそうな要素がいろいろ顔を出してきます。
そうしたアクションと平行して、スワガー家のさらなる源流についても描かれます。アールの父はチャールズという名で、地域で最も尊敬を集めた保安官でした。そしてアールのほかにもう一人「ボブ・リー」という息子がいたのですが、彼は不幸な死を遂げております。いったいスワガー家で何が起きていたのか。そしてこの哀れな弟の名を、息子に継がせたアールの真意は・・・・
チャールズ、アール、ボブ・リー。上っ面だけ見るならば「アメリカ人男性の模範」ともいえる血筋のように感じられます。まさに血は争えないというか、蛙の子は蛙というか。しかしその内側に目を向けるならば、遺伝子というものが本当にあてにならないことがわかります。
劇中でほとんど取り乱すことのなかったボブ・リーと比べ、冒頭酒びたりで死への誘惑さえ感じているアール。その父チャールズはそれにさらに輪をかけた問題児でした。『極大射程』『ダーティホワイトボーイズ』『ブラックライト』でも扱われたテーマですが、似ている部分もあるだろうけど、親と子はやはり別人であり、必ずしもその性質が受け継がれるわけではない・・・ということが強調されています。
根暗なアールの性格を反映してか、お話も全体的に暗いムード。彼の戦いは一応「風紀をただす」という大義名分があるものの、本質的には一人の権力者の便宜を図るためのものでしかありません。大戦の時と同じように、しょせん自分たちは政治家のコマでしかない。それがわかっていながら、アールはまたしても戦いに引き寄せられ、そしてまたしても辛い経験を積む事になります。こういうぺシミスティックな空気、人によって好き嫌いがわかれそうです。
ひっかかった点を二つ。
ウジウジしたところもあるものの、主人公アールの強さは半端なもんじゃありません。修羅場を潜り抜けてきたギャングたちでさえ、その姿に恐怖を覚えるほどに。
そんな無類の戦闘マシンであったアールが、後年なぜあれっぽっちのことで死んでしまうのか!? ・・・まあ現実ってそんなもんかもしれませんけどね(これフィクションですけど)
もう一点は、いくら硫黄島で死闘を繰り広げたからといって、我々日本人に対して失礼な用語がひんぱんに飛び出してくること。「ジャップども」「ジャップたち」「ジャップのうんたらかんたら」・・・・ コラ、スティーブン! てめえ俺らにケンカ売ってんのか!? ハアハア
しかし後に『たそがれ清兵衛』に感激したハンターさんは、日本に対する見方を一変(?)。新作『四十七人目の男』ではボブ・リーと、ある日本人男性との友情が描かれているとのことです。これを「学んだ」と見るべきか「節操なし」と見るべきか・・・
本国ではさらなる続編『Night of Thunder』も発表されております。邦訳が出る前に、未読のものをぼちぼちおいかけていこうかしらん
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