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July 27, 2008

子供はわかってくれない 伊坂幸太郎 『チルドレン』

20080727203316伊坂幸太郎氏の名前を覚えたのは4年前の『このミステリーがすごい!』で。新人さんだというのに一度に二作もランクインしていて、「勢いのある人なんだな」という印象でした。
その後読書好きの友人(Zのつくアイツです)が彼の作品を読んだというので感想を聞いてみたら、「案山子が喋ったりする話だった」という。それでわたしは思い切りひいてしまい(笑)、世間の評価が高まっていくのとは裏腹に、すっかり興味をなくしてしまいました。ところがその友人は非現実的な話とかあまり好きじゃない人なのに、不思議なことに伊坂作品にはまってしまい、何度かわたしに「面白いから読め」とすすめてきました。んで、今回とうとう根負けして『チルドレン』と『死神の精度』を読まされることに。今日は『チルドレン』の方を紹介します。

一言でいうと、陣内という青年を中心にした連作短編。この陣内、いつでもどこでも自信満々で、無関係な事件に首をつっこんでは、周りの人々にいらぬ説教を垂れております。変わり者といや変わり者ですが、「超変人」というほどでもなく、「まあこんなヤツもいるかもね」程度の変人。
そんな彼や友人たちの周りで一風変わった事件・問題が起き、エピソードの終わりには意外な真相が明かされる、というスタイル。ですからジャンルとしては、やはり変種のミステリーとなるのだと思います。ただ普通のミステリーと違うのは、陣内が何も推理しないということ(笑)。彼が衝動のままに行動しているうちに、気がつくと真相が明らかになっている、というパターンが多いです。恐らく伊坂氏が重要視してるのは「謎」よりも、「人生の滑稽さ」ということなのでしょう。

面白かったのはこの本の構成。まず最初に陣内が学生時代に銀行強盗に出くわしたエピソード「バンク」があります。ついで家裁調査官になった彼の後輩が遭遇する事件を扱った表題作、さらに陣内が公園で発見した不思議な現象についてのお話「レトリーバー」、そしてまた家裁調査官としての活躍?を描く「チルドレンⅡ」、最後に陣内と友人たちのなにげない一日にまつわる「イン」へと続いていきます。家裁調査官となった陣内を現在の陣内とするならば、
「過去→現在→過去→現在→過去」
という順序になっております。こういう流れにすることで、陣内が実父への鬱屈した思いをどのように解消したのかが、少しずつ明らかになるような構成となっております。

わたしは何が嫌いといって「威張るヤツ」「自信満々なヤツ」ほど嫌いなものはないので、本当なら陣内みたいな人間は到底好きになれないのですが、伊坂氏のかもし出すユーモラスな空気ゆえか、あまり嫌味には感じませんでした。
ただ、陣内よりも明らかに好感がもてたのは彼の友人の永瀬くん。彼は「生まれつき目が見えない」というハンディを背負っているのですが、それゆえに類まれな明敏さと洞察力を持っています。だからといっておごるでもなく、もちろん卑屈でもなく、極めて自然体。そんな永瀬君はなかなかかっこよい。
思ったのは、本を読むということは、盲人の感覚とほんの少し似ているかもしれない、ということ。言語のみを材料として、細部を補完・想像し、脳の中に像を結んでいく。この作業が上手にできるようになればなるほど、本読みとしてハイレベルになれるような気がします。

わたしが一番気に入ったのは最後の一編「イン」。陣内の演奏を恋人の優子と聞きにきた永瀬くんは、自分に近寄って来た陣内にある違和感を覚えます。(キミは本当に陣内なのか?)
このやや不安を感じさせる出だしが、一転して愉快極まりない真相へとつながっていきます。
「優子とべス(盲導犬の名)がずっと助けてくれるわけがないんだ、と。ただ、その特別が、できる限り長く続けばいいな、と甘いことを考えてもいる」
そんなことを胸のうちでつぶやく永瀬くん。たぶんその「特別」は、ずっとずっと長く続くはず。なぜだかそんな風に思わせるラストがとても気持ちいいです。

20080727203352というわけで、思ったよりも現実的で(笑)、予想よりかなり楽しめた伊坂作品。『死神の精度』ではまた違った世界を見せてくれますが、それについてはまた。

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Comments

こんばんは~
一刻も早くSGA屋伍一さんの感想を知りたくて走って参りました~
私は本来海外ミステリ大好き人間で、ここ数年日本の小説に手が出なかったのですが、伊坂さんの作品に出会ってから、不思議なことに日本の小説の良さに目覚めちゃって・・・色々セコセコ読むようになりました。(変ですよね?何でかな?)
最初に読んだのは『重力ピエロ』です!これはオススメ♪
お友達が読まれた案山子が喋る話もなかなか面白かったですよ。
他にも何作か読みましたが、「何か足りないなぁ~」とか感じつつも、ついつい他の作品も読みたくなるんです。不思議なんですが・・・
『チルドレン』は伊坂作品の中でも一際温かみを感じて好きな作品でした。
私は陣内キャラが好きです!えっと~恋人にはしたくないけど、こういう友達は欲しいって感じかな(笑)それから恐ろしい事に、私は陣内の思考が理解出来ちゃって(汗)、自分と同じような空気を感じてしまったんです。
永瀬君はカッコイイですよね~穏やかで知的なんだもの・・・素敵です♪
あっ!そうそう!伊坂作品は、作品がリンクしていることがあってそれがまた面白かったりするんですよ~

それから、『グラス・ホッパー』が結構面白かったです。凄く変な話なんだけど惹かれちゃったなぁ~

ああ~スミマセン!すごくとりとめのないコメントになっちゃった~
で、私も明日『ハプニング』を観に行こうと思っています。
午前中からちょっと用があるので午後の遅い時間に行きたいなぁ~と思っています。TかKで時間が合う方に・・・


Posted by: 由香 | July 27, 2008 11:36 PM

>由香さま

素早いお返しありがとうございます。なのにこちらは一日遅れですいません・・・

自分は綾辻行人や島田荘司の本格ミステリーに一時期どっぷりはまってまして、その延長で海外モノも幾つか読んでました
特に印象に残ってるのはスティーブン・ハンターやドン・ウィンズロウ、R.R.マキャモンなんかですかね

食わず嫌いでしたけど、なんだかわたしも他の伊坂作品が読みたくなってきましたね。特に評価の高い『アヒルと鴨のコインロッカー』はぜひ読んで見たいです
登場人物が微妙にリンクしてるというのも面白いサービスですよね。『チルドレン』では最初の一編に出てきた銀行強盗が、他の作品にも登場してるとか

由香さんは陣内くんがお気に入りですか。そうですねー 決してお近づきにはなりたくないけど、遠くで見てる分には愉快なヤツですよね(笑)
「思考が読めた」とおっしゃってますけど、由香さんはいつも押し付けじゃなく、相手の意見もちゃんと受け止めておられるので、「あたしって女陣内!?」と心配されなくても大丈夫だと思いますよ

PS.そんなわけでハプニング見てきました。いやー、怖かった
来週はたぶんアサイチで『ハルク』です(笑)

Posted by: SGA屋伍一 | July 28, 2008 10:11 PM

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Tracked on July 27, 2008 11:18 PM

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