山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい その22 『明治忠臣蔵』
昨年の頭から始めた(笑)、河出文庫の「幕末妖人伝」というか「明治もの」短編集レビュー。ようやく最後の一冊です。
「明治編」と銘打たれた『明治忠臣蔵』。当然絶版ですがはりきって参ります。
☆東京南町奉行
維新の嵐もまだ冷めやらぬ明治4年、東京と名を改めた江戸に一人の老人がやってくる。林頑固斎と名乗るその老人は、かつて幕府の要職を務めていたものの、派手な不祥事を起こして長い間罰せられていたらしい。行く先々で煙たがれる頑固斎。果たしてその正体とは?
「南町奉行」といえば普通みんな想像するのは桜吹雪のあの人。しかし読み進めていくと、どうにもイメージがかみあわない・・・・
ワースト忍法帖(笑)の呼び声も高い『天保忍法帖』(『忍者黒白草紙』)の後日談ともいえる話。あわせて読むと、山風は悪名高きこの人物も、それなりに理想のあった男としてとらえている模様。
失われた「江戸」を懐かしむ元奉行というところは、『警視庁草紙』の「隅老斎」先生とも通じるものがあります。明るさの点ではだいぶ開きがありますが
☆天衣無縫
やはり明治四年、参議広沢雅真臣が邸宅にて斬殺されるという事件が起きた。事件が起きた際、同じ部屋にいた広沢の愛妾、かねは目撃者、あるいは容疑者として警視庁に連行される。激しい拷問にたえかねたかねは、思いつくまま容疑者の名を並べ立てるが、どの人物も真犯人というには決め手を欠き・・・
作者が初期の「探偵小説」時代に著した一編。そのせいかかねに加えられる拷問の描写がやけにきめ細かく、エログロ風味の強い作品。にも関わらずユーモラスな風味が強く、暗い話が多いこの短編集では唯一の救いとなっています。
山風はこの事件には思い入れが強かったのか、後に『警視庁草紙』の一編でもう一度アレンジを試みております。『警視庁草紙』といえば、そちらでの重要キャラが特別出演しているのも嬉しいところ。
☆首の座
江戸時代、激しく弾圧されたキリシタンたち。維新となれば信教の自由が与えられるかと思いきや、九州総督してやってきた沢宣嘉卿はなおも厳しい迫害をもって彼らに望む。しかしキリシタンたちは厳罰を与えられても信仰を捨てない。沢卿は彼らの中心人物である千助をなんとか「ころばせ」ようと画策するのだが・・・
死を覚悟した人間の決意を揺るがせるには、どんな手が最も効果的か? キリシタン千助と、幕末において非凡な戦士であった沢卿の姿を重ねつつその答えが語られます。
戦中派として、多くの人の死に様や生き様を見つめてきた山風の「人間観」が光る一編。
☆斬奸状は馬車に乗って
ちょっと下って明治十七年。福島から出てきた血気盛んな青年広谷錠四郎は、下宿先の長屋に住むお秋という娘に心を奪われる。しかしお秋は父親の借金の方に芸者として売られることに。不公正の横行する世の中に憤った錠四郎は友人らとともに、政府を倒し、奸物たちに成敗を与えようともくろむ。
「明治もの」のウリである「著名人のすれ違い」がほとんど出てこない話
この短編集には特に「理想の敗北、転落」をモチーフとしたストーリーが多いのですが、それがもっともよく現れた作品。世に「悪者」とされている人物だって、実はそれなりに高潔な人間であるかもしれない・・・・ そのことを錠四郎が標的と狙う三人の人物を通して語りかけます。
山風は本当に頭でっかちで目的を選ばない連中がお嫌いだったようですね。反面、「うらやましい」という思いもあったんじゃないでしょうか
☆明治忠臣蔵
表題作。明治の世に「気が触れてる」ということで、屋敷の一室に閉じ込められていた元大名家の若様がいた。そのことを知った下級藩士の錦織儀助は、「主君を家臣がないがしろにしている」と憤り、なんとかして若様を外の世界へ連れ出そうとしますが・・・・
これまた探偵小説時代に書かれた作品。実際にあった事件を題材としています。「忠臣蔵」といっても47人もの浪士が出てくるわけではなく、ほぼ錦織一人の孤軍奮闘状態。その忠誠心&不屈の闘志には「がんばれ!」と応援たくなりますが、相手側にもやはりそれなりの事情があり・・・・ そして彼もまた、活動の途中で殿の狂気を認めざるをえなくなります。しかし世間の注目を浴びてしまった以上、いまさらやめるわけにもいかず・・・
「ひっこみがつかないことの恐ろしさ」を描いた作品。何かを世に訴える時には、入念にリサーチをしてから臨みましょう。
☆明治暗黒星
なにやら乱歩チックなタイトル。自由党の巨魁であった星亨と幕末のヒーローの弟、伊庭想太郎の長年にわたる因縁と、その結末を描いた作品。山風は星氏がお気に入りだったようで、上の「明治忠臣蔵」や長編『明治十字架』にも彼を登場させています。著名人と、著名人の縁者を組み合わせるこのやり方は、このシリーズにあった『おれは不知火』と一緒。違うのは星さんが河上彦斎よりかっこよくないこと(笑)。『明治十字架』では主人公を助ける頼もしいイメージでしたが、こちらでは野卑で型破りな描かれ方。それでも不思議と好感の持てる印象を受けました。
『伝馬町から今晩は』『おれは不知火』と比べると、この三冊目は古本屋でもあまり見ないかな・・・・
でも収録されてる作品は他のアンソロジーにも色々収められてますんで、興味を持たれた方は根気よく探してみてください。
さーて、次の山風は何を読もうかな?
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