笑って殺して アラン・ムーア 『バットマン:キリングジョーク』
オチャラケ記事が三本続いてしまったので、今日はマジメなものを書きます。
残念な事にヒース・レジャーの遺作となってしまった劇場版バットマン最新作『ダークナイト』。恐らくそれに多大なる影響を及ぼしているであろうコミック『キリング・ジョーク』を紹介いたします。
原作者はアメコミ界最高のライターとも噂されるアラン・ムーア。映画ファンには『V・フォー・ヴェンデッタ』『フロム・ヘル』の作者として馴染み深いかもしれません。彼の人となりについては『V』レビューの際(映画・原作)書いてますんで、お暇な方はそちらをご覧ください。
今回は最初から最後まで完膚なきまでにネタばれしております。「意地でも自分で読む」という方はJIVE AMERICAN COMICSのHP(http://amecomi.jive-ltd.co.jp/)に行って買ってきてください。
ただしこの本、3360円もする上に『キリング・ジョーク』自体は最初の50ページほど(全体としては208P)。あとは『スーパーマン』『スワンプシング』『グリーンアロー』などのムーアが手がけた作品が収録されております。
さて、あらすじから。
ところはゴッサムシティの刑務所。バットマンがジョーカーと思しき男に語りかけているところから物語は始まります。「お前が私を殺すか、私がお前を殺すか。遅かれ、早かれな」「ここまで憎み合う理由はわからない。ただ、私はお前を殺したくないんだ。」
バットマン・ビギンズの記事でも書きましたが、近年のバットマンはブルース・ウェインが犯罪者たちを「殺しちまおうか。いや、ダメだ」と、えんえん悩み続ける話でもあります。映像では「悪い奴らは皆殺し」的なヒーローは珍しくありませんが、アメコミ界では基本的に殺人はご法度。スーパーマンもスパイダーマンも悪者を倒したら、後は司直の手にゆだねるのがセオリー。しかしバットマンは自身内に闇を抱えたキャラクターであり、相手にする連中も半端じゃなく凶悪なため、このやり方に疑問を抱くこともしばしば。とはいえわたしの知る限りでは、まだ一線は越えていないようですが。
この現在の物語と平行して、ジョーカーの誕生の秘密が語られていきます。
ジョーカー。希代の凶悪犯として知られる彼は、もともとは場末の売れないコメディアンの一人でした。ジョーカーになる前からイカレていたバートン版と比べて、あまりに平凡で貧相なムーア版。ペンシラー、ブライアン・ボラルド描く所のジョーカーは、ニコルソンよりヒース・レジャーより、アラン・カミングに良く似ています。
身重の妻を抱えていた彼は出産の費用を稼ぐため、悪い仲間に誘われて犯罪に手を染める決意をします。
しかし決行の直前に、妻はお腹に子供を抱えたまま事故死。呆然自失となるジョーカーでしたが、仲間は「いまさらやめるなんていわせない」と無理やり彼をつきあわせます。
とある工場に忍び込んだ一味を待っていたのは警察とバットマンでした。気の毒なコメディアンは毒々しい廃液の中に落ち、なんとか逃げ延びます。我に返った彼が水面に見たものは、真っ白な肌と緑の髪、そして鮮血のごとき深紅の唇。二度とメイクを落とせなくなった地獄の道化師の姿でした。
その瞬間、ごく普通の売れない芸人だった男は、悪魔の化身へと生まれ変わったのでした。
話を現代に戻します。刑務所を脱走したジョーカーは、バットマンの無二の親友であるゴードン警部と、その愛娘バーバラを襲撃。バーバラの脊髄を撃ち抜いて辱めを加えた後、ゴードン警部を自分のアジトへと連れ去ります。
アジトでゴードンを素っ裸にしたあげく、娘の無残な写真をさんざんみせつけるジョーカー。この辺の趣味の悪さはムーアの真骨頂ともいえます。こんな話を作るのに2年も費やしたというのですから、彼も相当病んでいると言わざるをえません。
しかしそれほどの目にあわされながら、ゴードンは正気を失いません。ようやくかけつけたバットマンに彼はこう告げます。「私は奴を捕らえたい。それも法規に従って、だ!」「奴に教えてやるんだ! 我々のやり方が無力ではないという事をな!」
本気を出したバットマンの前に、あっという間にボコボコにされるジョーカー。ですが崩れ折れたジョーカーに、バットマンは仏のような言葉をかけます。
「我々の関係を、殺し合いで終わらせたくないんだ」「どんな不幸がお前の人生を狂わせたのか、それは知らない。だがもし私がその場にいれば・・・お前の力になれたかもしれない」」「だからもう自分を追いつめるな。苦しみを一人で背負い込むな」「我々が殺しあう理由などない」
その言葉に、一瞬人間らしい表情を取り戻すジョーカー。ですが彼は悲しげに目を伏せて言います。
「すまねえ。けど・・・ ダメだ。遅いよ。遅すぎるぜ・・・」「なんか・・・ 笑えるよな・・・ いつか聞いたジョークみてえだ・・・」
「とある精神病院に二人の男がいた・・・」「ある晩、二人はもうこんな場所にはいられないと腹をくくった」「脱走することにしたんだ」「それで屋上に登ってみると、狭い隙間のすぐ向こうが隣の建物で・・・ さらに向こうには、月光に照らされた夜の街が広がっていた・・・」「自由の世界だ!」「で、最初の奴は難なく飛んで隣の建物に移った。だが、もう一人の奴はどうしても跳べなかった。そうとも・・・ 落ちるのが怖かったんだ」「その時最初の奴がヒラメいた。」「奴ぁ言った。『おい、俺は懐中電灯を持ってる! この光で橋を架けてやるから、歩いて渡って来い!』」
「だが二人目の奴ぁ首を横に振って・・・・ 怒鳴り返した」「『てめぇ、オレがイカれてるとでも思ってんのか!』」「『どうせ、途中でスイッチ切っちまうつもりだろ!』」
そのジョークに、けたたましく笑い出す二人の怪人。到着したパトカーのサーチライトがその間にラインを引くも、やがてふっと消え去り、あとには降りしきる雨と果てしない闇が残るのみ・・・・
どんな正義にすら、救うことの出来ない闇がある。そのことを認めてしまったアメコミは、以後果てしない自問自答を繰り返すことになります。
ジョーカーを狂わせたのは、残酷すぎる現実を受け止めきれなかった心の弱さでした。彼と同じ目にあわされ、それでも彼のようにはならない、と言い切れる人間が、この世にどれほどいることでしょう。
ヒースもまた、心の弱い人間だったのだと思います。亡くなる前にはかなりの量の薬品を服用していたそうなので。その弱さを・・・薬の量を増やさせたのはジョーカーの持つ闇だったのか、それともほかに原因があったのか・・・ いまとなっては藪の中です。ただ、以前ジョーカーを演じたニコルソンは、ヒースに「ジョーカー役は危険だからあまり深入りするな」と忠告していたそうです(追記と訂正 ニコルソンは最初「だから俺は彼に警告したんだ」とだけ発言。後に「あれは薬に頼りすぎるな、ということを言った」と付け加えたそうです)。
「闇をのぞいてる時、闇もまた向こうから見つめている」
そんな言葉を思い出します。
とりあえず今は複雑な心境で『ダークナイト』公開を待っております。
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