義理を立てれば道理がひっこむ トニー・ギルロイ 『フィクサー』
あれは横田順彌氏が何かで書いていた文学用語辞典であったか。「フィクション」についてこう解説してありました。「虚構のこと。ウソばかりついているとクシャミが出る。フィークション!」
あっ、こっちは『フィクサー』だったか・・・ まあ似たようなもんでしょう。本日はティルダ・ウィンストン(最近ようやく名前覚えた)がアカデミー助演女優賞に輝いたこの作品を紹介します(追記:正確にはウィンストンじゃなくてスウィントンでした。覚えてねえじゃん・・・)。
大手法律事務所の弁護士であるアーサーは悩んでいた。長年大企業の顧問を勤めていた彼だったが、その企業は深刻な薬害問題で訴えられていた。良心をごまかして顧客を弁護することに耐えられなくなってしまった彼は、突如として上司とお得意さまに叛旗を翻し、巨悪に対し敢然と戦いを挑む。
こう書くとこのアーサーが主人公だと思うでしょ? ところが違うんですな
主人公はアーサーの同僚のマイケル・クレイトンという男(どこかで聞いたような・・・)。彼はアーサーの味方をするどころか、「とりあえず上の言うこと聞いとこうや。な?な?」なんて言ってたりします。困った野郎です。
ソダーバーグ関連作品(今回は製作)ってなんでかいつも食指がわかんのですけど、今回は『ボーン・アイデンテティー』三部作のトニー・ギルロイ(監督・脚本)が「なにやら企んでる」という話を聞いて見てまいりました。確かにありましたね。ちょっとした「仕掛け」が。ただ「驚愕のあまりアゴがはずれる!」というほどのものではありません。「ああ、そうだったのか!」とポンとひざを打つ程度です。
そうした構造上の罠より、むしろ興味深かったのは、善悪のハザマで揺れる人間の微妙な心理・・・ってヤツでしょうか
(ニヤリ)。
この作品でもっとも重要な人物・・・マイケル、アーサー、そして企業の重役であるカレンは、それぞれ誰かに対し「負い目」を持っています。アーサーは自分のお得意様のせいで迷惑をこうむった農家の人々に。カレンは何かと自分を引き立ててくれた会社の上司に。んで、マイケルは上司と会社の被害者と友達の全部に負い目があります。おまけに要らん借金まで抱え込んだりしていて。
社会正義を考えればどの道をとるべきか答えは明らか。でもそうしたら世話になった人が窮地に追い込まれてしまう。まさに「義理を立てれば道理が引っ込む」状態(BY『瀬戸の花嫁』)。果たしてマイケルさんはそれでも「道理」を選ぶのか・・・・
普通ならタフな感じになりそうな三人が、線の細いデリケートな人物として描かれていたことも印象的でした。人は弱いからこそ良心をごまかし、罪を犯します。自分は弱いことをいいわけにして、他者を犠牲にするような人間にはなりたくないものですが。
そんな人間くさくて揺らぎまくりのマイケルさんが、女性関係は派手な一方、アフリカはダルフールまで赴いていって現地の窮状をリポートするジョージ・クルーニーの姿と重な・・・・らないなあ、微妙に
。中の人の方が数段立派ですね。一時期さんざん「バットマンなんかやるんじゃなかった」とぶーたれていたので、あんまりこの人好きじゃないんですけど。
企業のあり方・・・というものについても少々考えさせられました。会社というものは走行中の車とよく似ています。できるだけ利益をあげようとして速度を速めたり、積荷を増やしたりすればするほど、ブレーキも利きにくくなっていきます。まき散らかす排ガスの量も増えるでしょう(そういやこの話も交通事故から始まってたっけな)。どんな車にもそういったマイナス面はある程度つき物ですが、でかい車(大企業)はその危険性が半端じゃありません。それだけにドライバーには一層の責任が求められます。また運転手だけでなく、乗客たちにも「危ないな」と思ったら注意を促してやる義務があります。たとえハンドルを握っているのが朝○龍であったとしても、細木○子であったとしてもです!(ま、言うのはカンタンだよなー)
個人的に気になったのはマイケルの息子の部屋にガンダムウィングゼロ(こんなの)とガンダムデスサイズHカスタム(こんなの)が飾ってあったことでしょうか。これは「誰の心にも、天使と悪魔が住んでいる」というメッセージなのかもしれません。っていうか絶対考えすぎ![]()
ただこれらが出てきた『ガンダムW』には「強者などいない! 俺たちみんな弱者なんだ!」なんつーセリフがあったり、『ボーン・スプレマシー』でも非常に似たような展開があったりしたので、「ギルロイって、もしかしてガンオタ?」という疑いを捨てきれないSGAでした。



























































