うつし世は夢野久作③ 『少女地獄』
2007年最後に紹介する小説のタイトルが『少女地獄』ってなんかアレだなあ。ま、いいや。
夢野久作シリーズレビュー第三弾はこの作品を。現在角川文庫版が手に入りやすい模様。ちなみに先日放送されていたアニメ(ドラマ)『地獄少女』とはなんの関わりもありません。たぶん。
先に紹介した教養文庫版『爆弾太平記』の紹介によるとこうあります。
「三人の少女の地獄の道行きを描く」 まんまやん!
夢野久作がこんなタイトルで描いた話ならば、純真な乙女が悪魔のような男の毒牙にかかり、「やめて! 許して!」と叫ぶお話を想像するかもしれません。が、残念ながら直接的なエロ描写は皆無です。
肝心の内容はと申しますと、『何んでも無い』『殺人リレー』『火星の女』という三つのエピソードからなる連作となっております。順を追って紹介しましょう。
☆『何んでも無い』
都内の耳鼻科、臼杵医院にふらりと現われた看護婦(って言っていいよね? 昭和初期の話だし)姫草ユリ子。明るく世話好きで手際がよく、おまけに美人な彼女は、正式に雇われるやいなや、たちまち患者たちの人気者に。臼杵医院の株を上げる。だが院長は次第に彼女の身の上話に矛盾を感じはじめる・・・・
人間は出来心やはずみでついウソをついてしまう生き物です。これは「ウソをつかずにはいられない」性癖をもったある女のお話。奇妙なDNAがもたらした現象なのかは知りませんが、ユリ子にとってはウソをつくことは息をするのとほぼ同じことなのです。
すごいのは本来なら蔑まれるべきこのキャラを、すこぶる魅力的に描いている夢野先生の筆致。騙されていたと判明したあとでも、彼女を憎まず、むしろいとおしく思う語り手。それはあたかも読者の気持ちを代弁しているかのようです。
角川版解説にもあるように、さらにウラがあるようにも解釈できる構造も秀逸。なげやりなタイトルとは裏腹に、三篇で最もよく出来た話だと思います。
☆『殺人リレー』
東京のバス会社で女車掌(時代だなあ)を務める友成トミ子は、親友月川ツヤ子をある事故で亡くす。ツヤ子が生前送ってきた手紙から、トミ子は「彼女は婚約者新高の手により殺害されたのだ」という確信を得る。
驚くべきことにその男・新高は、トミ子の会社に就職してくる。親友の仇と彼を憎んでいたトミ子だが、次第に新高に魅力を感じはじめ・・・・
これはとある青髭に魅かれてしまった女のお話。時として女のシトの目に、フグの肝がごとき危険な男というのは、限りなく魅力的に思えるようですね(そして『いいひと』だけの男は大概ソデにされる)。そんで「わたしの愛で、このひとを変えてみせるわ!」と無茶な思い込みに走ったりするわけですが、その結果やいかに。
三篇中ボリューム的にも質的にも最もあっさりした話。
☆『火星の女』
あるミッション系の女学校で火事が起きた。そしてその焼け跡から一人の少女の全焼死体が発見される。この事件の後校長は謎めいた言葉を残して失踪。はたして少女は殺されたのか? それとも自ら命を絶ったのか? そして校長はそれにどのように関っていたのか・・・・
題名を見て「夢野先生もベタなSFを描くのだなあ」と思ったらさにあらず。火星も宇宙も出てきません。この「火星の女」というのはヒロインのあだ名。長身でスポーツがよくできた彼女はいつしか人間ばなれしているということで、こんな風に呼ばれることに。なんじゃそりゃ。
罪のない女の子がただひたすら不幸の落とし穴に落ちていくという、普通に考えるとすごいかわいそうな話なんですけど、「ミス黒焦げ」とか「火星の女はどこですか!」なんて言葉に、つい「プ」と噴出してしまうことが度々ありました。
わたくし最後まで読み終えたら三つの話の意外なつながりがわかるのかと思っていました。でもそんなつながりはまったくありませんでした。この三本、なぜ抱き合せになってるのかさっぱりわからないほどにバラバラです。
まあ幾つか共通項を持つ作品ということで、夢野先生がひとまとめにしてしまったのでしょう。
その共通項とは、彼女らがいたいけな「少女」であるということ。「何んでもない」「殺人リレー」のヒロインはぶっちゃけ少女でも処女でもないんですけど、精神的にはかなり乙女であります。思い込みが強かったり感情のふり幅が激しかったり・・・
そんな少女特有の感情が、やがて彼女らを強い強迫観念へと押しやっていきます。この辺が「地獄」ということなんでしょうね。
共通項といえば三篇とも書簡の形式で記されている点もそう。書簡というのは本来書き手と受けてしか内容がわからないものです。ゆえにこうした形式はなんだか人の秘密を盗みみているような、そんなイケナイ気分を呼び起こしてくれます。
この『少女地獄』、実は日活ロマンポルノで映画化されております。もちろんまともな映画化ではなく、『火星の女』をベースにしてぶっとんだセンスとエロ描写を盛り込んだ問題作だそうです。また『殺人リレー』も『ユメノ銀河』というタイトルで石井聰互監督の手によって映画化されています。
書簡形式の短編というと夢野先生には『瓶詰の地獄』(『~地獄』っていう題好きよねえ、このひと)という大傑作があるのですけど、疲れてきたのでこの作品についてはまた別の機会に。
Comments
『ユメノ銀河』は観ましたね。
このタイトルはすっかり忘れていました。
原作『少女地獄』の方がインパクトありすぎで(笑)。
夜のバスと鉄道と綺麗な映像だったことしか覚えておりません。
調べてみたら観たのは2001年の4月5日でした。
実は言いたかったのは何冊もある手帳に記された
膨大な映画群の中からサラッと
見つかってしまったことだったりして。
(イヤほんと。たまたま取った一冊を
数ページめくっただけで見つけましたよ!)
Posted by: かに | December 19, 2007 11:18 PM
>かにさま
原作・映画両方鑑賞されてたんですね
『少女地獄』をどうひねくれば『ユメノ銀河』なんて題になるのやら(笑)
コメント読んだ限りでは「殺人リレー」と全然結びつきません
>膨大な映画群の中からサラッと
見つかってしまったことだったりして
Q作先生がひきあわせてくれたのかしら・・・?
んなこたーないない(^^;)
Posted by: SGA屋伍一 | December 20, 2007 07:50 AM
日活ロマンポルノの「少女地獄」、先日観て、やっと感想UPしたのでTBしますね~。
で、映画、良かったですよ~♪
そう、けっこう女性ひとりでも観にいけるものです。
とは言えつい最近ですが。観に行く勇気が出たのは。
Posted by: アンバー | February 23, 2008 05:19 PM
>アンバーさん
こんばんは。コメント・TBありがとうございます
こないだシネマヴェーラのHP観ましたら、学園特集の中に普通に組み込まれてましたね(笑)。あれだったら、知らない人は全然ロマン○ルノとは気がつかないかも。そんなに勇気はいらないかもしれませんね
いま公開中の作品の中では『100発100中』と『狙撃』というのが面白そう
Posted by: SGA屋伍一 | February 23, 2008 10:00 PM
>精神的にはかなり乙女であります。思い込みが強かったり感情のふり幅が激しかったり・・・
そうそう、「精神的童貞」ってのはもちろん、「精神的処女」ってのもあるんですよね。
自意識過剰で自分のことしか考えてなくて、自分の悲劇に酔うんですよ。
そういう女を可愛いと思うんでしょうけれど、男の人も……。
「同じ女神でも、大地母神など『母なる神』は人間を慈しむが、『処女神』は残酷で自分に近づいた男を殺したりする」なんて論評してるblogがありました。
Posted by: 紫式子 | June 30, 2008 01:30 AM
>紫式子さま
お返しありがとうございます~
>「精神的童貞」ってのはもちろん、「精神的処女」ってのもあるんですよね。
なるほど。確かに本質的には一緒のものですよね。でも「処女」という語が清らかなイメージなのに対し、「童貞」という語が限りなくどん臭いイメージなのはなぜでしょう? 男女差別だ!
>自意識過剰で自分のことしか考えてなくて、自分の悲劇に酔うんですよ。
「何んでもない」のヒロインなんかまさにそんな感じでしたね
>そういう女を可愛いと思うんでしょうけれど、男の人も……。
否定はしません(笑) 作中の男どももそうでしたし、『痴人の愛』もそういう作品かもしれません。
あとで苦労するとわかっているのに、なんでなんでしょうね~ って式子さんに聞いても仕方ないか
Posted by: SGA屋伍一 | June 30, 2008 09:13 PM
やっぱりファーストキスをしてない処女の女の子は梅の花の香りがして可愛いねぇ。(^-^)v
Posted by: パルミラ | November 13, 2013 10:13 PM
>パルミラさん
自分、そんな経験したことないからわからないっす…
Posted by: SGA屋伍一 | November 13, 2013 11:12 PM