男蜘蛛(おとこぐも) 池上遼一 『スパイダーマン』
これも前から紹介したかったマンガのひとつ。『男組』『Cryngフリーマン』などで知られる池上遼一氏が、若き日にてがけたもう一人のスパイダーマンのお話です。
時は1970年代の日本。平凡な高校生小森ユウは、ある日理科室で実験をしていた折、奇妙な偶然からクモのような能力を手に入れる。正義のためにその能力を役立てようとするユウだが、その思いはいつも厳しい現実の壁に阻まれ、ユウはそのたびに深く傷つく。
このマンガは全部で三つの部分に分けられます。第一パートはアメコミを下敷きにした第1話から第3話まで。このパートではそれなりにヒーローものらしい怪人たちが登場し、まだ少しは原作の雰囲気が残されています。ただマスコミが原作以上にスパイダーマンに辛辣だったり、怪人たちにも気の毒な背景があったりと、独自の要素がこの時点ですでに現れ始めてもいます。
第二パートは第4話「にせスパイダーマン」から第7話「おれの行く先はどこだ!?」まで。こちらでは珍しく池上先生が自分でストーリーを考えています。みょうちきりんな怪人は次第になりを潜め、スパイダーマンの敵はチンピラとか不良学生といった、社会のはみ出しものたちが多くなっていきます。マスコミからはさらに迫害され、学校では痴漢の濡れ衣を着せられ、ヒロインは夜の女へと身を持ち崩し・・・・と、ユウくんのハートは公私にわたってギリギリの状態にまで追い詰められます 。
この部分で際立つのは、ナイーヴな精神に不相応なパワーを得てしまった、ユウ青年の心理描写。ヒロインにいけない妄想を抱いてしまって、「オレはダメなヤツだ!」と落ち込んだ直後、「いや、オレはダメじゃない! だってスパイダーマンだもん!」と夜の街を無意味に飛び回ったりする。情けないことこの上ありませんが、若いときは誰だって、こういう風にプライドとコンプレックスの間を行ったり来たりしたもんじゃないでしょうか。
第三パートは第8話「冬の女」から最終回まで。『ウルフガイ』や『幻大戦魔』の平井和正氏が原作を担当しております。このあたりまで来ると、ユウくんもすっかり達観してしまい、「どーせオレにはなんもできんもんねー」と非常にあきらめがよくなってしまいます。一通り動いてはみてみるものの、加害者兼被害者の織り成す悲劇を、ほとんど脇で「ぼーっ」と観ているだけ。救えない、救わない、救われないと見事に三拍子そろっております。
「そんなマンガ、読んでて楽しいのか!?」と思われる方もおられるでしょう。これが意外にも不思議な心地よさがありまして。バーで酔いつぶれていると店のお姉さんがやってきて、「だって仕方ないじゃない。あなたはちっとも悪くないわ。本当にもう、かわいそうな人」と慰めてくれるような、そんな感じです(笑)
そんなダメダメ感というか、センチメンタリズム溢れるお話に、池上氏の涼やかな、でもまだ野暮ったさも残っている絵が大変マッチしております。池上さんは当時『ガロ』に深く傾倒されてたそうで、前衛的・実験的な表現もいろいろ用いられており、その辺もこのコミックの魅力のひとつとなっております。
とにかくいろんな意味で型破りな作品。
映画で『スパイダーマン』に興味を持った青少年は是非手にとって、そして度肝を抜かれてみてください。
最近だとメディアファクトリーより文庫版と愛蔵版が出ていましたが、これまだ普通に手に入るのかしら(オイ)
Comments
なんか私、連日しつこくコメント入れまくってますが・・・
大丈夫ですか?大丈夫ですよね?
このマンガ、つい先日古本屋さんで見かけました。(確か文庫本)
「池上りょうちんがスパイダーマン?へぇ~意外~」と思いつつ
スルーしてしまったのですが、まだあの本屋のあの位置にあったら
今度立ち読みしてみますね。
Posted by: kenko | May 19, 2007 09:36 AM
こんばんは
>大丈夫ですよね?
全然大丈夫です! つか、いつも構っていただきありがとうございます!
池上版、確かに画風もストーリーも荒削りなんですけど、一本一本のお話(特に中盤以降)に並々ならぬ情念と気迫が感じられます。立ち読みでもかまいませんので(笑)、ぜひ一度お試しください
5巻巻末のインタビューも面白いです
‐そういう意味では『スパイダーマン』は先生の作品の中でもターニングポイントといえるのでは?
「そうだね、そうかもしれない」
なんか、無理矢理言わせてるみたいな(笑)
Posted by: SGA屋伍一 | May 19, 2007 08:35 PM
こんにちは。あの、全然内容とは関係なく、『Cryingフリーマン』という単語にインスパイアされてフィギュアを作り、トラックバックさせていただきました。
日本漫画の『スパイダーマン』はたしか一巻だけ読みました。まだ子供だったせいか、アメコミの『スパイダーマン』とどういう関係があるのだろう、と首をかしげながら読んでしまい、あまり楽しめなかったような……。
そのころは池上遼一も「く・わっ」とかしてませんでしたよね。
Posted by: Akimbo | May 26, 2007 08:26 PM
>Akimboさま
トラックバックありがとうございます
>日本漫画の『スパイダーマン』はたしか一巻だけ読みました
上にも書いてあるとおり、最初の方はまだ弾けっぷりが足らないので、当時のAkimboさまのハートには届かなかったのかも。かと言って後の部分はお子さんにはまだ早い内容だしナア(少年誌に連載されてましたが)
>そのころは池上遼一も「く・わっ」とかしてませんでしたよね。
正直言いますと、池上作品、そんなに読んでるわけでもなかったりして
でもそういう表記はなかったと思います
新版の表紙は今の池上スタイルで描かれていて、なかなかかっこよいのですが、最近読んだムックに「ジャケ買いして大ヤケドした読者が多数」とありました(笑)
Posted by: SGA屋伍一 | May 26, 2007 09:01 PM
『男組』という文字に、思わずコメントを付けさせていただきますw
高柳が下水で流たちと分かれてから、機動隊相手に奮戦し、
命を落とす最期は、自分的にかなりツボでした。
TBとも、内容ともズレたコメントになりましたが、お許しをw
Posted by: Prism | May 27, 2007 01:38 AM
Prismさま、はじめまして
実は『男組』は途中かなりすっ飛ばして読んだため、言及されてるシーンも記憶にありません。こちらこそ申し訳ありませんです。読み直す機会があったらチェックしたいと思います
印象に残ってる箇所と言うと月並みですが「今戦わないやつが、あとで戦うわけがない!」とか、ワルシャワ労働歌がバックに流れてるラストシーンとかでしょうか
ちなみに「男蜘蛛」は流全次郎に比べるとかなり女々しいヒーローです
Posted by: SGA屋伍一 | May 27, 2007 09:27 PM