風と雲とギャグと 『風雲児たち』を語ってみたい⑰
気がつけばこのコーナーも二ヶ月以上間が空いてしまった・・・・ ま、いっか♪(よくない!)
『風雲児たち』第一部最後のレビューは、「時代に早すぎた男」の一人、高野長英について語りたいと思います。
彼については『風雲児』よりも先に、吉村昭先生の著作『長英逃亡』などで読んだことがありました。それらの資料からわたしが抱いたイメージは、「学びたい、という欲求のためにはどんな犠牲も厭わない、学問の鬼、もしくは聖人」というもの。それがみなもと先生の手にかかると、「オレ以外は全部バカ」ですから(笑)。わたしの中の聖人のイメージが、音を立てて崩れていく瞬間でした。
でも「血も涙もない学問マシン」よりかは、「えばりんぼだけど弱いものには優しく、蘭学においても医学においても超天才」というキャラクターの方が、よほど魅力的なことは確かです。
シーボルトの高弟で時の多くの才人たちと交流し、その反骨精神が仇となって「蛮社の獄」の被害者となる・・・・ これだけでも十分歴史に名が残る人物です。しかし彼の人生がすごいのは、むしろここから。
ほとんど極限状況のような牢内でそれなりにがんばるものの、一向に明るい報せの入ってこない日々に、次第に追い詰められていく長英。
そして1844年6月30日、伝馬町より火の手があがります。人命尊重のため外に切り離される囚人たち。ですが猶予期限の三日を過ぎても、「その男」は戻ってきませんでした・・・・
江戸期を通じ、伝馬町において計画的脱獄に成功したという例はほとんどありません。それをやってのけたということもまた、長英という男のすごいところです。そしてそこから始まる息詰まる逃亡の物語は、ぜひご自分で読まれることをおすすめします。
彼が何より欲したものは「自由」でした。それは人であればごく当たり前に欲するものです。しかしちょっとした判断ミスのために、自らその自由を失ってしまうという皮肉。そして脱獄に成功したというのに、さらに不自由になってしまうという皮肉。もう少し待っていれば放っておいても自由になれたという皮肉。自分の望みのために多くの人の自由を奪ってしまうという皮肉・・・・・ 長英の後半の人生は、皮肉に彩られています。そうした人生の中で辛酸を舐めることにより、いつしか傲慢だった長英が人格的に成長を遂げてしまう。これもまた皮肉なことであります。
その激しい半生の最後に待っていたものとは、果たして。
さて、冒頭で名前を出した吉村昭氏について少し。司馬遼太郎リミックスという発想で始まった『風雲児たち』。ですがこの第一部では、むしろ吉村氏の作品とかぶっているところが多い。この無印編は、幕末の志士たちに影響を与えた人々を主に扱っています。前にも述べましたが、彼らの活動は時流に沿わない、あるいは最高権力に反攻するものであったため、孤独なものにならざるをえませんでした。そうした流れが「極限状況」→「孤独な戦い」に興味を持たれていた吉村氏の作品と、シンクロしてしまったものと思われます。
そうした吉村作品には『長英逃亡』のほかに、『冬の鷹』(前野良沢)、『彦九郎山河』(高山彦九郎)、『大黒屋光太夫』(まんま)、『ふぉん・しいぼるとの娘』(シーボルト・イネ)、『日本医家伝』(いろいろ)などがあります。読み比べてみるのも一興かと。
ある意味『風雲児たち』第一部後半を象徴するような人物、高野長英。彼の退場と入れ替わるように、一人の青年が江戸へ向けて出発します。青年の名は坂本竜馬。この竜馬の旅立ちをもって、『風雲児たち』はひとまず幕を下ろすことになります。
その後のこれまた波乱の運命については、また項を改めまして。
Comments
高野長英ですが、後半生の姿がウチのおじいちゃんに
似てるかもしれません。あと性格も似ている気がしますw
同じ岩手生まれだからかな?
吉村昭先生と風雲児たちはよく似ていると話題に出ますが
みな疑問に思うことは同じらしく語る会でみなもと先生に
質問をしていましたよね。
でも先生のらりくらりと見事にかわすかわすw
後から資料が見つかって書けていいなぁ、とかw
墓まで秘密は持っていく気でしょう。
みなもと先生と吉村先生、一度お会いした事はあったのは
少し意外でした。
吉村昭作品で「破獄」という作品をご存知でしょうか?
まぶらほの作者が推薦していましたw
この破獄の主人公何度も脱獄を繰り返し網走までも脱獄を
してしまいます。何故彼はそこまで脱獄を繰り返すのか?
この主人公TVでも時々取り上げられましたが、脱獄する理由は
違えど何か自由への渇望は高野長英とかぶるような気がします。
Posted by: 犬塚志乃 | March 15, 2007 09:59 PM
>同じ岩手生まれだからかな?
イーハトーブにありがちな顔・・・ということでしょうか
>みな疑問に思うことは同じらしく語る会でみなもと先生に
質問をしていましたよね。
そういえばそんなやりとりもありましたねえ。たまたま着眼点がかぶってしまったということなんでしょうけど、まるで作風の違うお二人ですから、不思議と言えば不思議です
ちなみにウィキペディアで「高野長英」の項の、「題材にした作品」のあたりを見ますと「『長英逃亡』『伝馬町よりこんばんは』(山田風太郎)、漫画で『風雲児たち』」くらいしか書いてありません。少ないなあ
>「破獄」という作品をご存知でしょうか?
読んではいませんが概略は知ってます。「昭和の脱獄王」と呼ばれた方のお話ですね。脱獄のほかにも漂流記、戦記なども多くてがけてらっしゃいますね
Posted by: SGA屋伍一 | March 16, 2007 08:08 AM