ようこそ絶望先生 水谷修・土田世紀 『夜回り先生』
たまにはマジメな話をしようか(無茶よ!)
子供たちのために「夜回り」を続ける実在の教育者・水谷修氏のノンフィクションを、『編集王』『同じ月を見ている』で知られる土田世紀氏が漫画化。現在コミックIKKIにて連載中であります。
このお話は、絶望から始まります。
ある晩、いつものように夜回りをしていた水谷先生は、路上でシンナーを吸っていたマサシという少年に出会います。先生の暖かな人柄に、次第に心を開いていくマサシ。先生はなんとかしてシンナーをやめさせようと、親身になって彼の世話をしますが、マサシはなかなか依存症から抜け出せません。(お前ために・・・・・・)(これだけやっているいうのに・・・・・・)(俺じゃダメだと言うんだな・・・!!) そして、ついにマサシに背を向けてしまう先生。その直後、マサシはラリッた状態でトラックに飛び込み、若い命を散らせます。
自分を責め、悲しみにくれる水谷先生。そんな彼に、依存症の治療を専門とするある医師がこう言います。
「水谷先生・・・・・・ マサシ君を殺したのはあんただ。」「あんた教職をやめるつもりだね。」「・・・それがいいでしょう。」「あんたが心を開けば開くほど・・・ 夜の大人達があんたをゴミ箱代わりにして、傷ついた子供を幾らでもほうり投げてくる。」「うまいビールを飲んで・・・ 朝寝坊して・・・ 海外旅行に行って・・・ あんたの人生を楽しみなさい。」「・・・ハハッ。怒った!」
なんでむかつく医者でしょう。しかし原本を読みますと、実際にはまるで違う言葉が語られていたことがわかります。
「水谷先生、彼を殺したのは君だよ(この辺は大体一緒)。」「水谷先生、あなたはとても正直な人だから、教員をやめようとしてるでしょう? ぜひ辞めないでほしい。これからもマサフミ君(こっちではこの名になっている)のように、ドラッグの魔の手につかまる若者はどんどん増えるでしょう。でも、教育関係者でこの問題に取り組んでいる人はほとんどいない。一緒にやっていきませんか?」
・・・・あれ? 恐らく原作の方が現実に近いであろうことは間違いありません。ではなぜこのようにセリフが変えられてしまったのでしょう。
その理由ははっきりとはわかりませんが、足りない頭で考えたところでは、「先生の闘いが、あまりにも厳しく苛酷なものである」ということ。それでもなお、「闘いをやめることができない」水谷修という人間。それらを強調するために、上記のような演出となったのではないでしょうか。そのために悪役にされてしまった「せり○や医院」の先生は少々気の毒ですが(しかし上記のセリフも、本心からというよりは、奮起させるためにあえて憎まれ口を叩いているような印象を受けます)。
実際水谷先生は、子供たちを守るためには、己を顧みることなく戦いを挑みます。その相手が、例えその子自身の親であろうが、暴力団であろうが。そのために今、先生の片手には指が一本なかったりします。「正直言って、組事務所へ行くのはさすがに怖かった。私は警察ではなく、ごく平凡な高校教師である」
じゃあなんでそこまでして、見ず知らずの子供たちのために身を投げ出そうとするのでしょうか。それは恐らく、先生が夜をさすらう子供たちの中に遠い昔の自分自身の姿を見るからでしょう。父も母もそばにおらず、一日小さな体で働いて、夜一人でブランコに乗った日々を。そして先のマサシのように、自分が「死なせてしまった」と思っている子供たちに対して「償なわねば」と思っているから。
そんなわけで水谷先生は決して英雄でも聖人でもありません。何より本人がそう思われることを望まないでしょう。それでも眠れぬ子供たちのために、卑しき町を一人歩く先生の背中に、「ヒーロー」の姿を重ねてしまうのはわたしの身勝手でしょうか。
作画の土田先生について少し。もともとお名前は知ってましたが、昨年くらいまで読む機会がありませんでした。が、06年のモーニング41号に掲載された『俺のまんが道』という短編に感動。ごく平凡だけれど、熱くまぶしい少年の「夏」を切り取った傑作でした。その延長で『夜回り先生』の方にも手を出すことに。
わたしは土田先生が「ここぞ」という時に書く「男」の顔が好きです。「行っちゃうよ・・・」と涙ぐんでつぶやくマサシ。「俺が母ちゃんを幸せにするんだもんね!」と語る雄悟。子供にボールを放り、厳しい眼差しで向き直るコーヤ。「安心して・・・・・・ 忘れてほしいんだ。」と笑うナオ。恐らく土田先生が描かなければ決して知ることはなかったであろう名も無き若者たち。一人一人が胸に忘れがたい像を焼き付けていきます。
『夜回り先生』は現在小学館IKKIコミックスより4巻まで発売中。底本であるノンフィクション『夜回り先生』『夜回り先生と夜眠れないこどもたち』は、ともにサンクチュアリ出版より発行されています。
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