山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい⑱ 『伝馬町から今晩は』
久しぶりだぜおっかさん! というわけで間が空いてしまった山風コーナー。本日は短編集『伝馬町より今晩は』をお送りいたします。
忍法帖から明治ものに移行する過程で、山風は「プレ明治もの」ともいうべき幾つかの短編をてがけています。それが後にファンから「幕末妖人伝」と言われる一連の作品。これに同時代を舞台とする初期短編を加えた作品集が、10年くらい前に河出文庫から出たことがありました(全三冊)。
幸い最近古本屋で全部そろえることができたので、5編が収録された第一巻をざーっと紹介させていただきます。
☆からすがね検校
明和九年一月、行き倒れて柳生家にかつぎこまれた一人の盲人がいた。彼の名は平蔵。ハンデを持ちながらも金貸し業に並々ならぬ才能を持つ彼は、着実に盲人の位階を上っていき、「からすがね検校」の異名を取るまでに出世する。そしてその道の行く先々で、落日の柳生家と関わりを持つことに。
「検校」って言葉、たまに見るものの何のことなんだか知りませんでしたが、これ盲人の位のことだったんですね。金と性に異常な執着をみせる平蔵。いわば幕末版『銭ゲバ』とでもいうべきでしょうか。見方によっては裸一貫で田舎から出てきた若者のサクセスストーリーといえなくもないですが、主人公の性格があまりにもギラギラしているせいか、かなりピカレスクな印象を受けます。
この「からすがね検校」、実在の人物でして、貸本劇画の大家平田弘史先生も彼をモチーフにした作品を描いてるとか。忍法帖に嫌気がさしていたせいか、十兵衛さまのご実家の柳生家が徹底してこきおろされるという「山ちゃんそりゃないよ」的な一面もあり。
☆芍薬屋夫人
この短編のみデビューまもない昭和20年に発表されています(他は同46~48年)。鎖国の世で例外的に日本で塾を開くことを許された外人医師シーボルト。その弟子で、一途な恋ゆえに心を病んでいく、ある青年の悲劇を描いた作品。なんでわざわざ「シーボルトの弟子」という設定になってるかというと、このお話が「出産」をテーマにしているから。シーボルト先生は産科においても日本に多大なる恩恵を施してくださった方のようで。冒頭で描写される本邦初公開の帝王切開の描写は、医学生だった山風の経験も大いに生かされています。
もひとつ作品から感じられる主張は「日本の女は怖いぜェ~」というもの。ま、女の人がおっかないのはあちらだって変りないと思いますけどね。まだ山ちゃんが結婚前の若々しいころに書かれた話なんで、後のものより女性観が厳しくなってるかも。
山風のかなり最初期の時代小説であり、後に繰り返して現れる「妊娠と出産」というモチーフが早くも現れているという点でも、注目に値する一編。
☆獣人の獄
日本の未来のため、暗愚な将軍の世子家祥を暗殺しようと謀る四人の旗本ら。彼らはその実行犯としてうってつけの豪放な武士・馬頭漢兵衛を見出す。しかしいざ時期が熟すや、主謀者たちは急に腰砕けになってしまい、やる気満々の漢兵衛をもてあまし始める。
「馬頭漢兵衛」という名前検索してみましたが、ひとつもヒットしませんでした。恐らく創作上の人物かと思われます。こういっちゃなんですが、五編中もっとも印象が薄い一編。「天下のためとかいいながら、女の色香に迷って道を踏み外す小人たち」「慰み者にされて散った恋人のため、復讐に燃える主人公」 こういうの、山風作品ではおなじみのパターンですしね。
強いて特徴を一つ上げるとするなら、「幕末(特に安政)って相当真っ暗な時代だったんだなあ」ということがよくわかるところ。大地震は起きる、疫病は流行る、しまいにゃ異人たちに征服されちゃうかもしんない・・・・ 庶民が「ええじゃないか」と現実逃避してしまうのも、無理ないですな。
☆ヤマトフの逃亡
兵学・医学・語学など、様々な才能に長けた掛川藩士・立花久米蔵。彼の政治批判や毒舌は、周囲を片っ端から敵に回してしまう。しまいに藩内に監禁されることになる久米蔵だが、彼がそのままおとなしくしているはずはなかった。
この立花氏も検索してみました。今度はそこそこ出てきましたが、みんなこの小説関連(笑)。しかし経歴とかやけに細かく書いてあるんで、この人は実在してたんじゃ・・・と思うんだけどなあ。
悲運の天才と言えなくもないですが、この人の場合自分から災いを招き寄せているようなところがあるので、あんまり同情できません。それはともかく、オチの切れ味は収録作品の中で随一。タイトルにある「ヤマトフ」。これはある著名な書の中に、ちょこっとだけ出てくる言葉なんですが・・・ 食い物っぽい名前ですが、もちろんそうではありません。
☆伝馬町から今晩は
弘化二年。伝馬町から火が出たため、牢内の囚人たちは外に避難することを許された。その中には「蛮社の獄」で不当な罰を下された大学者・高野長英もいた。大手を振って外にいられるのはわずかに三日間。長英はその期間をフルに活用し、昔恩を売ってやった連中のところへ「地獄の家庭訪問」に行く。
のんきなタイトルとは裏腹に、五編中一番きっつい話。高野長英といえば「時代に早すぎた悲劇の人物」というのが世間のイメージ。けれどもこの作品では、行く先々の人々を積極的に不幸にしていくという、ダークサイド満載な描かれ方です。恐らく山ちゃんとしては、幾ら自由がほしいからといって、自分を慕う若者を放火犯にしてしまった時点で、長英は断罪すべき対象だったのでしょう。自分は長英氏にはすくなからず思いいれがあるので、ちと辛かったですが、彼にはこういう一面があったこともまた確か(やや誇張されてはいますが)。えー、まーなんつーか、善意ってのは見返りを求めた時点で善意ではなくなってしまうっつーか。
五編とも独立しながらもリンクしている部分もあり、そういう関連を見つけて楽しむこともできるでしょう。
共通して感じられたのは、「善玉であれ悪玉であれ、エネルギッシュな人間のそばにいると、とばっちりを食いやすい」ということ。あと山風は偉そうなこと言って庶民を犠牲にする輩が「大大大キライ」なんだなあ、ということも改めて感じられました。
当然現在品切れかと思われますが(ここまでやっといて・・・)古書店では比較的見つけやすい本だと思いますので、興味を持たれた方はがんばって探してみてください。ちなみに二巻は『おれは不知火』、三巻は『明治忠臣蔵』というタイトルです。
Comments
はじめまして。
立花久米蔵という方は、増田甲斎言われる方のようです。旧名が橘 耕斎、ロシア名ウラジミール・ヨシフォヴィチ・ヤマトフ。
山風作品はまだまだ未読が多く、これも未読なので是非入手したい一冊です。
Posted by: お気楽姐御 | March 12, 2012 06:52 PM
>お気楽姉御さん
はじめまして。ようこそおいでくださいました
おお、ぐぐってみたらいろいろ情報が・・・ こっちの名前ではそこそこ知られた人物だったんですね。教えてくださってありがとうございます。
この『伝馬町より今晩は』、中古品であればアマゾンから手に入るみたいです。やはり現在では中古品しかありませんが、広済堂文庫から『ヤマトフの逃亡―山田風太郎傑作大全〈19』〉という短篇集も出ていたようです
Posted by: SGA屋伍一 | March 12, 2012 10:54 PM