« December 2006 | Main | February 2007 »

January 30, 2007

燃やせドラゴン シュテフェン・ファンマイアー 『エラゴン 遺志を継ぐ者』

20070130073223またファンタジー、また○部作、またドラゴン。しかし怪獣好きとしては押さえとかなきゃならない一本。そろそろ公開最終週のようです(またかよ!)

舞台は架空の世界。緑豊かな国アラゲイジアは、かつて徳の高いドラゴンライダー(変身はしない)たちによって治められていた。しかしライダーの一人ガルバトリックスの変心のため、ライダー軍団とドラゴンたちは全滅。アラゲイジアは悪しき皇帝の圧政に苦しめられることに。そんな時代がしばらく続いたころ、皇帝の手を逃れたドラゴンの卵が、久々に孵化する。それを孵らせたのは、とある山村に住む農夫の少年エラゴンだった。

原作はミステリ作家として知られるカール・ハイアセンさんの息子さん、クリストファー・パリオーニ氏が、若干17歳で著したというファンタジー。今回は全三部の内の第一部が映画化されました。で、内容ですけどモロに『スターウォーズ 新たなる希望』でした! 色んなとこで言われてますけどドラゴンライダーはジェダイの騎士だし、この世界での魔法はフォースみたい。そんでこのあとわけありの老人とか、囚われのお姫様も出てきます。見ていくうちに、「ああ、次はそろそろこうなるな」というのが手に取るようにわかる(笑)。でもねー、わたしこういうベタベタな冒険ものって大好きなんですよ・・・・ そんなわけで『忠臣蔵』を見るような気持ちで鑑賞されたら良いかと思います。

あえて『スターウォーズ』と違う点を探すとするなら、それはやっぱり「怪獣のパートナーがいる」ってことですね。このドラゴンとオーナーに関る設定は、なかなか良く考えてあります。そしてこのパートナーである怪獣が、ヒロインも兼任しているというのがちょっとスゴイ(笑)。
『忠臣蔵』を作る場合、その良し悪しはラストに向けていかに盛り上げるか、というところにかかってます。その点でもなかなか及第点に行っていたんじゃないでしょうか。「こんな子供が?」「期待はずれ」と言われ続けるのび太、じゃなくてエラゴン。そんな彼がクライマックスでは面目躍如とばかりに、大軍団を前に雄々しく立ち向かう! そして繰り広げられる怪獣バトルは「お好きな方にはたまらない」仕上がりになっております。燃えますし燃えてます。

お話から得られる教訓としてはですね。「カカア天下の方が家庭円満」ってことでしょうかね。立場上は主人で上に乗っかってるエラゴン君ですが、実際にはカミさんの尻に敷かれているのは明らか。某ドラゴンズの監督夫妻もそれでうまくやってるようですし。

ともあれ、『スターウォーズ』ってもうアメリカじゃ「古典」として親しまれてるってことなんでしょうかね。この物語があの壮大なサーガへのオマージュだとするなら、続編のラストはこうなるはずです。↓間違いないッ!!
20070115194640_120070130073351

| | Comments (6) | TrackBack (2)

January 29, 2007

コント山本くんと武田くん① 山河黎明編~大河ドラマ『風林火山』より

武田 「武田でーす」
山本 「山本でござる」
武田 「これから一年大河ドラマ『風林火山』について好き勝手しゃべりますんで、どうぞよろしく」
山本 「またやるんですか・・・ 今年こそ途中で挫折しそうな気がしてなりませんな」
武田 「二回目からさっそく見逃したしな・・・」
山本 「再放送があるからだいじょぶだいじょぶ、と思っていると『ああっ!』という(笑) 各々方もゆめゆめ油断めされるな」
武田 「じゃあとりあえず作品の舞台背景から説明してもらおうか」
山本 「えー? こんなのいまどき小学生だって知ってますよ」
武田 「わしの命が聞けぬと申すのか! カンスケ!」
山本 「はいはい(渋々)。えー時は西暦1535年。世は戦国時代まっさかり。東日本で名を馳せますは、相模の北条・甲斐の武田・駿河の今川の三家。それぞれ飽きもせず小競り合いに明け暮れております。物語はその内の甲斐・山梨に、隻眼の放浪軍師、山本勘助がぶらり現れたところから始まります。ペペンペン」
武田 「また戦国時代か・・・ 去年もそうだったよな」
山本 「やっぱり一番視聴率が取れるのはこの辺ですから。国営放送もここんところマメに不祥事やらかしてますし、お客さん離れを防ぐための方策かと」
武田 「年末も派手にやらかしてたしな(笑)。でもその割には教育上よろしくないシーンのオンパレードだよな。大また開きとか、首チョンパとか。抗議電話山ほど来たんじゃないの?」
山本 「しかしこれが本当の戦国時代なのです! 教科書では教えてくれないのです! きらめく刃! 吹き出る血! グシシ」
武田 「よだれふけよ(あぶねーヤツだな・・・・)。ほんで舞台は山梨県と。カンスケ、そちは山梨というと何を思い出す?」
山本 「はっ。“やまなし”といえば・・・・  『クラムボンはぷかぷか笑ったよ』とか」
武田 「・・・・ そちはなかなか渋いボケをかますの」
山本 「はっ! 恐れながら今回の原作は井上靖大先生でありますから! 当コーナーも格調高く!」
武田 「えーと『ドン松五郎の生活』とか書いてた人だっけ? 三谷○喜と並んで筆が遅いとか」
山本 「? 恐れながら殿、どなたかと間違えておいででは?」
武田 「まあどうでもいいよ。それよりなあ、わしは前から思うておったんじゃ。どうしてここは山ばっかりなのに“山ナシ”県というんじゃろうのう。おかしいと思わんか? カンスケ」
山本 「・・・・恐れながら殿、海(カイ)はなくても甲斐の国、というが如しでございます」
武田 「うまいぞ! カンスケ! さすが我が軍師じゃ! 誉めてつかわす!」
山本 「ははっ ありがたき幸せ! (こんなんでいいのだろうか・・・)」

20070129193944

| | Comments (2) | TrackBack (0)

January 27, 2007

勝手にシロクロ 松本大洋 マイケル・アリアス 『鉄コン筋クリート』

20070127091700松本大洋原作のコミックを、『アニマトリックス』などもてがけたマイケル・アリアスが映画化。毎度のこってすけどもうすぐ公開終わりそうなんで、興味のある方はお早めに。

近代化が進む都市部にあって、唯一取り残されたような区画・宝町。そこには昔懐かしい風景と品の無いアートが所狭しとひしめいている。主人公は宝町に住む孤児、クロとシロ。中学生か小学生ほどの年齢でありながら、数人のチンピラさえ叩きのめす凶暴性を持っている二人。「この町はオレの町だ」 そう豪語するクロは、町を我が物にしようとする「ヘビ」率いる暴力団と、激しく対立することになる。

恥ずかしながら、松本大洋のマンガは今まで『ZERO』くらいしか読んだことがありません。だってこの人の本って高いんだもん。ただ彼の原作である映画『ピンポン』は観ました。『ZERO』も劇場版『ピンポン』もとても深く心に残った作品だったので、この『鉄コン』も大いに期待して観にいきました。

子供は天使である、と言います。それは間違いではないと思います。しかし子供は無垢であるがゆえに、野獣の部分もまた持ち合わせています。主人公クロは、その「獣性」が著しく発達した少年。自分よりもはるかに大きな男を、笑いながら傷だらけでぶちのめすクロ。その姿は爽快でもあり恐ろしくもあり、痛々しくもあり。
そんなクロを辛うじて狂気の世界から守っているのが、相棒のような弟分のような少年シロ。お互い守り、守られながらなんとか生き抜いてきた二人。ですがその絆は、時代と大人たちの牙の前に、深刻な危機を迎えます。
なくてはならない片割れが目の前からいなくなってしまった時、彼らは果たしてどうなってしまうのでしょうか。

作品のもうひとつの主人公は、舞台である宝町。まるでおもちゃ箱をひっくりかえしたようなその風景は、子供にとっての理想郷にほかなりません。なんせ遊園地がど真ん中にありますから。
クロにとってこの町は文字通りの宝箱です。その宝を手放すということは、彼が「大人になる」ということを意味しています。クロはそれを激しく拒絶しますが、悲しいかな、彼のような少年は普通の家庭の子供より、いち早く大人になることを迫られるものです。かけがえのない宝か、唯一無二の相棒か。なんとも厳しい二者択一であります。

とまあ、例によって堅苦しいレビューになってしまいましたが、このバカらしさ、品の無さ、そしてアナーキズムは我々にたくさんの元気を与えてくれることでしょう。クロを演じる二宮和也、シロを演じる蒼井優の透明感のある声が、さらに元気を追加してくれます。

20070127091719それにしても松本大洋氏の物語は、どうしていつもオトコがオトコを求める話であるのでしょうか。モーホーだから、とは思いたくありません。それはきっと彼もまた、未だにコドモだからなんでしょう。女性と恋を語るよりも、頼もしく気のおけない友達と遊ぶことの方が何倍も楽しく思えるから。そしてわたしは、できれば彼にずっとコドモでいてほしいと思います。

| | Comments (6) | TrackBack (3)

January 26, 2007

適当掲示板41&ある日のSGA屋伍一A(エース)

あー、当ブログへの感想その他はここにどうぞ

さて、イカの物語は事実に基づいたものです

Usatann1_3_thumb_1薄暗くカビ臭い部屋で、独りうなだれているこの男の名はSGA屋伍一。

(おれももう33歳。いつまでもこんなんでいいのだろうか・・・・・)
胸のうちに問い掛けるが、無論答える者はいない。
そしてこんな日は、過去のつらい記憶が彼を責めさいなむ。
そう、あれは去年の夏の出来事だった


2007012618461420070125114219「SGAくん? SGAくんじゃない!」
あるファミレスでもそもそ飯を食べていたSGAは、突然懐かしい声に呼び止められた
「・・・・Iさん?」 彼女はSGAの中学生時代の同級生。そして初恋の人であった
(こんな・・・ ドラマみたいな再会が実際にあるなんて!)
だがしかし

2007012618490820070125114219彼女の背後からもう一人の声がした
「お、本当にSGAだ。久しぶりだなあ」
その男もまた、SGAの同級生だった
「わたしたち、この間結婚したの♪」

(ドラマ・・・・・
  終     了 )


Usa3_2_thumb_1そんな時彼の悲しみを癒してくれるのは、やっぱりサッ○ロドラフトワン。
相変わらず○ッポロから連絡はない。
おまけに寒いので、最近は紙パックの「鬼殺し」に浮気したりもしている
月餅をつまみにしながら飲むと、これがけっこういけるのだ


Usa4_2_thumb_1「・・・・さようなら、オレの初恋」

あまりにも異例のスピード打ち切りであった
またしても非情な現実に打ちのめされたSGA

だが、30越したオッサンが初恋とか言ってるのもどうかとは思う

| | Comments (4) | TrackBack (0)

January 24, 2007

名探偵は今日も寝たきり 畠中恵 『ぬしさまへ』

20070124184713またしても日本ファンタジーノベル関連ですが、病弱の若ダンナ一太郎を主人公とする『しゃばけ』シリーズ第二弾。第一弾のレビューはこちら↓
http://sga851.cocolog-izu.com/sga/2006/08/post_ad56.html

江戸有数の商家の若だんな・一太郎は、生まれついての虚弱体質。何かあるとすぐ眩暈をおこし、数日寝込む有様。そんな一太郎だったが、他の人間にはないある特別な力を持っていた。家や野に住む多くの妖怪変化と言葉を交わすことができるのだ。そんな若だんなの周りでは何かと事件が絶えない。なぜか慕ってくる妖怪たちの助けを借りて、一太郎は布団の中で推理を巡らせる。

一作目『しゃばけ』は長編でしたけど、こちらは六つの短編からなる構成。直球・変化球織り交ぜて収録されています。
直球タイプの短編はこんな感じ。まず一太郎の近辺で人死にが出る。関った人を助けようと何とか真相をつかもうとする一太郎ですが、万年体調不良のため、ろくろく布団からでることもままならない。そんな時役に立つのが配下の?妖怪たち。彼らを密偵代わりに寝ながらにして調査を開始します。ところがこの妖怪たちが慌てん坊の上、人間と感覚がずれてるもんだから、報告の内容がてんでばらばら(笑)。しかしそこは名探偵、ちぐはぐに思える情報を冷静に分析して、そのウラに隠された真実をズバッと見つけ出します。
こうした普通のミステリの楽しみもある一方で、「なぜ彼女はこんなに字が下手なのに、気にせず恋文を出したのか」「なぜ殺された老人は庭に毒のある植物ばかり植えていたのか」という一風変った謎も提供されていて、まことにサービスに富んでおります。

変化球タイプの方はレギュラーメンバーの過去にまつわるお話や、一太郎が誰かの夢の中?に迷い込むお話など。わたしが一番印象に残ったのが、この中の「空のビードロ」という話。
一太郎とは対照的に、幼い頃より人から冷たくされてきたある青年が主人公。彼の奉公先でおかみの飼い猫が殺されるという事件が起き、青年はその犯人ではないかと疑われる。彼の窮地を救ってくれたのは、主人の一人娘だった。思いもかけない親切に心和む青年でしたが・・・・
「猫がたくさん殺される」という猫好きとしてはちょっと許し難い内容の上、本シリーズのウリである妖怪が全く出てこないのがアレですが、最後の数ページには思わず「泣かせんじゃねえよ、バーロィ」と言わされてしまいました。

どの話にも深い人情・優しさが感じられます。しかし単なる「いい話」ではなく、人の残酷さ・運命の非情さなどについても必ず触れられています。それがかえって人情のありがたさを際立たせているんですね。まったくもって心憎い。
『しゃばけ』シリーズは現在単行本が五冊、文庫版が三冊刊行されています(新潮社より)。先日番外編となる絵本『みいつけた』も出版されました。これがまた狙いすましたような可愛らしさです。

20070124185443最後に、一つ豆知識。本シリーズの重要キャラクターに「犬神」「白沢」なる妖怪が出てまいります。犬神はともかく白沢ってあんまり聞かないので調べてみましたら・・・・ こんなんでした↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%BE%A4

イケメンの 正体見たり 牛男


| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 22, 2007

父親たちの日の丸 クリント・イーストウッド 『硫黄島からの手紙』

20070122184618クリント・イーストウッドの手による「硫黄島二部作」B-SIDE。A-SIDE『父親たちの星条旗』のレビューはこちら↓
http://sga851.cocolog-izu.com/sga/2006/11/post_a7ec.html

太平洋戦争末期の硫黄島。本土へと押し寄せる米艦隊を食い止めるべく、兵士たちは様々な思いを抱きながら、ひたすら穴を掘ったり掘らせたりしていた。軍部への反感と、残してきた妻への思いを胸に抱く西郷。国家のために散ることに何の迷いもない伊藤。憲兵隊から転属されてきた謎多き男、清水。そして戦況に絶望しつつも、家族のため最善を尽くそうと誓う司令官、栗林。劣悪な環境や軍部内の軋轢などで緊張が高まる中、ついに艦隊はやってきた。

実は『父親たちの~』が個人的にそれほどでもなかった(悪くもなかったけど)んで、鑑賞意欲がやや下がり気味でした。でも観にいって良かったです。やっぱりこっちのほうが日本人には感情移入しやすい(笑)。あと、A-SIDEが安全圏から戦地を回想するという流れなのに対し、こちらはずーっと「いつ死んでもおかしくない。つーか、死んで当たり前」という話ですから、観ていてつい手に力が入ろうというもの。
それでもやはりこの二部作は、両方見ておいたほうがいいと思います。『硫黄島からの~』だけしか観ないと、「攻めてくる側だってけっこう怖かったんだよ!」ということがわかりませんから。幾ら圧倒的に数が多くても、そこは戦争。前線にいる兵士たちは誰とて生きて帰れる保証はないわけです。逆に『父親たちの~』だけしか観ないと、日本人たちが感情も恐れも無い、理解不能の殺戮者のように感じられます。
思うに近代戦の恐ろしさっていうのはこの「相手の顔が見えない」「離れていても人を殺せる」ところにあるんじゃないでしょうかね。相手の顔が見えない→人間ではない、得体の知れない怪物に思えてくる→殺戮に歯止めがかからなくなる・・・・ そういう流れを作ってしまう責任は、概ね国家にあるわけですが。
最も顔が見えたらすぐ和解できるわけではありません。言葉も通じないとダメです。作中で起こる兵士の悲劇は、彼が英語を話せたらまた違った結果になったんではないかなあと、勝手に思うのでした。

ベトナムや湾岸と違い、太平洋戦争は紛れもなくアメリカにとって「正義の戦争」でした。ですから通例この手の映画では日本人は悪者扱いされます(いい例が『パール・ハーバー』)。ですが『硫黄島からの手紙』は、かなりこちらから観て公平な映画になってると感じました。というか、クリントさん、やけに日本に遠慮してるなあと。なんでクリさんはそんなに気をつかってるんでしょうか。
たぶん、それは彼がブレイクした『荒野の用心棒』が日本映画『用心棒』の丸パクリだったからではないでしょうか(あとで会社が訴えられたりしてる)。クリさんはそのことをずっと気に病んでいたらしく、なんかの映画祭で黒澤監督を見つけたとき、嫌がる巨匠を抱きすくめて「あなたのおかげでメジャーになれました!」と叫んだとかなんとか。まあいきさつはどうあれ、この謙虚な姿勢が本作品を、「アメリカ人が作ってるのにほとんど日本に違和感が無い」映画にしています。

主演はたぶんケン・ワタナベではなく西郷役の二宮和也くん。いや、お若いのにオーバーにならず、しかし真に迫る演技に感心いたしました。ただアップになるたびに、どうして彼がジャニーズに入れたのか不思議に思えてなりませんでした。あと既にパン屋のダンナで嫁が裕木奈江というのも、ちょいとジェネレーション・ギャップです。

物足りない点を一つ上げるとするなら、クリント・イーストウッド作品なのに、クリントさんが出てこないというところ。いっそのこと、栗林中将はクリントさんにやらせれば良かったんですよ。同じクリさんなんだし。顔はCG合成にして、声は吹き替えにして。ダメかな?

20070122184934・・・・アホな話はともかく、本国ではA-SIDEより上映館数が少ないのにも関らず、賞のノミネートはこっちに集中しているようです。この評価、喜ぶべきではないでしょうか。

| | Comments (10) | TrackBack (2)

January 20, 2007

平成ライダーの六年間を振り返る 剣編②

20070119182943そろそろ第8弾『電王』がスタンバっておりますが、こちらではまだ『剣』編です。

『剣』の大きなテーマのひとつに、「自分との戦い」というものがあります。前4作にも少なからずそうした要素はありましたが、『剣』の場合4人が4人とも始終自分の暗部や衝動と戦っているため、特にその点が際立つ作品となりました。二回目の今日はその内の二人、ギャレンとレンゲルについて紹介いたします。

まずギャレン。本名は橘朔也。ダイヤとクワガタをモチーフとしたライダーです。「ボード」により作られた仮面ライダー第一号で、主人公の剣崎よりも前から怪人アンデッドと戦ってきたという設定。じゃあさぞかし頼もしい先輩キャラかというと、そういうのは本当に初登場シーンだけ(笑)。色々愚痴ったり、厄介ごとに巻き込まれたり、悪者に騙されたりと、かなり情緒不安定な青年です。
橘さんを特に参らせていたものは「戦いに対する恐怖心」でした。ボクサーだって試合前は極度に緊張するといいますから、人知を超えた化け物と相対するのは、そりゃあ怖くて当たり前でしょう。しかし勢い良く現れたはいいけれど、あっという間に劣勢に陥って「うわああああ」とこけつまろびつするギャレン橘の姿は、あまりに悲しいものがありました。彼の不幸はこれだけにとどまりません。戦いに負けて上級のアンデッドにとっ捕まった橘氏は、薬物を注入されて依存症にされ、悪の走狗にまで落ちぶれ果ててしまいます。
えー、しかしシリーズの前半はギャレンに焦点を合せて物語を追っていくと、彼がどう転がっていくか全く予想がつかないため、大変面白い(笑)。またこのへタレっぷりが母性愛を刺激したのか、二年たった今も『剣』で最も愛されているキャラクターは、この「ダディヤーナ」さんではないかと思えてなりません。

橘さんのメインストーリーは15話で一端区切りがつきます。それと入れ替わるように登場するのが、最年少の高校生ライダー、「レンゲル」こと上條睦月。クローバーとクモをモチーフとしたライダー。仏教系の杖を手にしているのは、芥川龍之介『蜘蛛の糸』からの連想でしょうか。
彼は彼で幼少期から深刻なトラウマを抱えており、そのトラウマを乗り越えたい、また罪無き人をアンデッドから守りたい、という思いからライダーのベルトを手にします。ですがそのベルトが悪のアンデッドより作られたものだったため、睦月は段々「力」に対する欲求を抑えられなくなっていきます。青少年特有の自意識も彼を不安定にさせます。
このレンゲルのストーリーを見ていて思うのは、やはり若者はまだしっかりした自我が出来ていないせいか、周囲からの影響を受けやすい、ということ。だからこそ周りの大人は自分の行動・言動に注意を払わねばなりません。睦月くんは不幸なことに邪悪なクモ怪人の影響をモロに受けて、一時は非行の道を走ることになります。しかし別の大人たちが彼のために身を惜しまずに行動した結果、なんとか更生することができました。その「良い大人たち」ってのもまた怪人だったりするのが、この話の面白いところですが。
あと本当に「立ち直ってほしい」と思うのであれば、そっけない態度を取られても諦めてはいけない、ということも教えられます。

こんな風に多種多様なアンデッドたちが登場するのも、この作品の魅力です。怪人が必ずしも悪ではない。また時として最も恐ろしい相手は、自分の中にいる。そういうテイストは紛れもなく「平成ライダー」のそれですね。
20070119183054

次回は主人公「ブレイド」剣崎と、もう一人の主人公である「カリス」について語りたいと思います。
♪/H\       
ヽ( 0M0)ノ
  (  へ)  
  く   

| | Comments (4) | TrackBack (0)

January 17, 2007

サムライの1%は誇りで出来ています 山田洋次 『武士の一分』

20070117174318藤沢周平の小説を山田洋次がアレンジした「がんす」三部作(あるいは「ありましめえ」三部作)の完結編。現在続映中でがんす。主人公は東北のある藩に勤める三村新之丞なる下級武士。殿の毒見役という無意味としか思えない役職に嫌気がさしてはいるが、美しい妻と幸せな家庭を営んでいた。しかしある日、新之丞はお役目で大当たりというか大ハズレをひいてしまい、生死の境をさまようことに。なんとか一命は取り留めたものの、失明してしまう。落胆する新之丞。だが、本当の地獄はその先に待っていた。

主演はご存知SMAPの木村兄貴ことキム兄(同い年だが)。ファンの方には申し訳ないけれど、清兵衛、マイク(役名忘れた)と比べると、若いせいもあって一番弱そう。そんな彼に三作品中もっとも苛酷な試練が降りかかります。そういうわけで『清兵衛』『隠し剣』よりもやや重苦しいムード。しかしそこは山田洋次作品なので、息抜きのようなユーモアも随所にあります。特に桃井かおり。この人も一回寅さんのマドンナやってますね(第23作 翔んでる寅次郎)。時の流れは悲しいでがんす。

まず「がんす」三部作の共通点を。これは「寅さん」にも言えることですが、男どもがそろって愛情表現が不器用というところ。彼らは逆立ちしたって「愛してる!」「好きだ!」なんて言わないでしょう。せいぜい思い切りがんばって「嫁コさ来てくんろー」くらい。新之丞も家庭が壊れそうというとき、「お前なしでは生きて行けないでがんす!」とか言えばいいのに、言わない(言えない)。
ただ、直接言わないからこそ、愛情が誠実に相手に伝わる場合もあります。それは優しい気遣いの言葉だったり、何気ない配慮だったり、心をこめて作った何かだったり。世は純愛ブームの花盛りですが、「愛してる!」の言葉よりも、もっと大事なことがあるんでないでがんすか? そういうことを教えられた気がします。

一方、『武士の一分』で特に印象に残ったのは、「ごはん」というものの奥深さ。たまたま例のウィルスが大流行したせいで世間とシンクロしてしまいましたが、ごはんは時として人の命をも縮めかねません。しかし人を救うのも、やはりごはんなわけです。ご覧になった方にはわかっていただけると思うのでがんすが。

さて、主演のキム兄、当初はあの「ギロッ」とした目で盲人を演じられるのかと不安に思ってましたが、素人目にはなかなか危なっかしい、いい演技をしているように見えました。対する悪代官(違)は坂東三津五郎氏。この方は昨年大河ドラマでとても気の毒な役を演じておられたので、憎めなくて困りました。
脇で光ったのは中間役のおじさん。前二作では中間はその他大勢というか、あんまり大したポジションではありませんが、今回は作品の中でかなり重要なウエイトを占めています。キム兄との遠慮のないやりとりが笑えます。

『清兵衛』『隠し剣』と同様、素朴な東北の江戸人を通して、慎ましやかな愛の形を描いた良作。でもやっぱりビシッと決めるときにはビシッと言った方がいいんでがんすかねえ。どうでがんしょ?20070117174418

| | Comments (6) | TrackBack (3)

January 15, 2007

パンニャン・シアター 二回目くらい

調子に乗って、またやっちまいました・・・ 一回目はここ↓
http://sga851.cocolog-izu.com/sga/2006/12/39_e206.html


そのいち オープニング

20070115194440200701151944402007011519450020070115194513






そのに 2007干支

200701151945382007011519455520070115194612





!!


そのさん ダークサイド

200701151946402007011519470320070115194715






そのよん 続ダークサイド

2007011519475720070115194818






そのご 最強の敵

20070115194841200701151948582007011518585520070115185923






そのろく おしまいに

20061208135704_120070115194935



| | Comments (2) | TrackBack (0)

January 13, 2007

アニメの七人 滝沢敏文 『SAMURAI7』

20070120175912
黒澤明の腐朽の名作を、大胆にもSFアニメでリメイク。まずBSで、次いで地上波で放映されました。

銀河を真っ二つに割った大戦が終わり、「商い」が世を支配している時代。機械化したサムライ・野伏せりたちは行き場を失い、村々を襲って農民たち苦しめていた。長年蹂躙に耐えていたカンナ村の長は、そのくびきを断つべく別のサムライたちを雇うことを決意する。

SFアニメと聞いていたわりにはごくごくまっとうに始まるストーリー。野伏せりたちが巨大ロボであることを除けば(笑)。では対抗するサムライたちもロボを駆るのかと思いきや、こちらは生身で鋼鉄を切り裂いたりするのでたまげます。この辺で引く人は引いてしまうかも。たぶんこの世界のサムライとは『ファイブスター物語』でいうところの「騎士(ヘッドライナー)」のようなものなのでしょう(遺伝子レベルで戦闘用に徹底改造され、超人的な筋力・感覚を有した存在)。こういう風に勝手に解釈していけば、血湧き肉踊り胸のスカッとする一大娯楽活劇として楽しめることでしょう。

キャラにせよシーンにせよ、おおむね原典にならっていますが、変更点も色々あります。たとえば物語を引っ張っていくカンベエ・キクチヨ・カツシロウの三人を例に取ってみましょう。
まずリーダーのカンベエ。原典では「悟りきった軍師」という風情でしたが、こちらではやや感情の起伏のある武人として描かれています。髪もフサフサ。
次いで孫悟空タイプのキクチヨは、等身大ながら機械のボディで登場。性格は三船氏のそれをもっとコミカルにした感じ。「村の子供代表」であるコマチちゃんとのやりとりは、涙無くしては見られません。
そしてマスコットキャラ的なカツシロウ。他のメンバーと比べ能力的に劣るため、一番苦労しておりました。それだけに、見ていてもっともハラハラさせられるキャラクター。木村功氏よりはやや美形(笑)。
このほかにも、ニヒルなムード満載のキュウゾウなどが特に目立っております。

原典では野伏せりたちを倒して大団円となりますが、こちらでは「その背後にさらに巨大な敵がいた!」ことが明らかになり、オリジナルの展開に突入いたします。余計な付けたしをして無残な結果になってしまうリメイクが多い中で、『SAMURAI7』はSFアニメならではの破天荒さを生かし、もう一段物語を盛り上げることに成功しています。

20070120175801
それにしても黒澤さんが存命中だったら、絶対に通らない企画だったろうなあ(笑)。大抵のTUTAYAには置いてあると思うので、興味を持った方はまず原典を観てから、ご覧になってみてください。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

January 12, 2007

合体魔神アンドロゴッズ 宇月原晴明 『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』

20070112165202本日は直木賞ノミネートが記憶に新しい宇月原晴明氏の、デビュー作にして第11回日本ファンタジーノベル大賞受賞作を紹介いたします。

1930年、ベルリン。うらぶれた詩人兼役者のアンリ・アルトーの前に、一人の日本人青年が現れる。彼の名は総見寺龍彦。シリア皇帝ヘリオガルバスについて著した、アルトーの文章に興味を抱いたと語る総見寺。彼はさらに日本の中世に、ヘリオガルバスの相似形とも言えるアナーキストが存在したことを告げる。その人物とは戦国の覇王、織田信長。古代シリア、中世の日本、そして20世紀のベルリン。両性具有、アナーキズム、牛頭天王、霊石・・・・ 三つの時空が様々なキーワードによりひとつにつながったとき、アルトーの現実は穏やかに崩壊していく。

・・・・こう書くと近代欧州が中心の物語のような感じがしますが、本作品のメインはあくまで日本の戦国時代、そして織田信長です。いままで信長についてはそれこそ数限りない本が書かれてきましたが、宇月原氏は史書を大胆かつ自在に駆使して、とびきり独創的かつ幻想的な信長伝を創り上げました。そのひとつが、なんと信長は両性具有者(アンドロギュヌスとゆーそーです)だったという設定。そんなわけで文中ではしつこいくらいに信長を「美しい美しい」と褒め称えます。そういえば最近佐藤賢一氏も「信長は実は女だった!」て話を書いてました。うーむ。まあ、これが秀吉とか家康とかだったらどうにも納得いきませんが、信長だったらギリギリ「有り」な気がします。それくらい彼の人生はドラマティックで、「絵になる」ものだったということなのでしょう。
この手の「耽美派」小説として変っているのは、頻繁に史書の文章が挿入されているところ。ホラ話とは百も承知していながら、こういう補強があると、脳裏のイメージが俄然具体性を帯びて参ります。

わたしが抱いた印象は、単純ですが、「優しい、そして悲しい小説だなあ」というもの。秀吉、光秀、信玄、謙信・・・この本には信長の他にもキラ星のごとき戦国の群雄たちが多数登場いたします。信長を主人公とするなら誰か一人くらいは悪役にされそうなものですが、宇月原氏はそれらの英傑たちすべてを、深い喪失感を抱いた人物として描きます(あの今川義元でさえも!)。名だたる武人も草莽の民も、ただ生きていくだけでは心満たされず、まぶしい何かを追い求めます。それは天下であったり、名誉であったり、二つとないお宝だったり、一人の女性であったり。しかしその願いをかなえることは非常に困難かつ犠牲がともなうため、彼らの生き様は悲しいものにならざるをえません。
ある望みのために、行く手を血と炎でうずめていく信長。その望みとは果たしてなんだったのでしょうか?

極めて個性的な作風ゆえ、「誰でも楽しめる」という作品ではございません。「ついてこれるやつだけついてこい!」そんな意気が感じられます。しかし歴史に幻想を求める人ならば、この語りについていくことは容易でしょう。

20070112165327本書をご教授してくださった高野正宗さまによりますと(http://masamunet.seesaa.net/article/15782598.html)、宇月原氏の戦国ロマンはさらに『聚楽 太閤の錬金窟』 『黎明に叛くもの』と続いていくとのこと。『聚楽』は文庫化もされてるようだし、また落ち着いたら手にとってみましょうか。

| | Comments (4) | TrackBack (1)

January 09, 2007

ライセンスはマーダー? マーティン・キャンベル 『007 カジノ・ロワイヤル』

20070108154656_1我らのヒーロー、007が帰ってきた! あれ? でも顔違くない?な『カジノ・ロワイヤル』です。

実力はあるけど無茶も多い若きスパイ、ジェームス・ボンド。晴れて?殺しの称号「ダブルオー」を授けられた彼の最初の任務は、謎多き商人、ル・シッフルの調査。シッフルが多くのテロ組織を援助していることを知った英国情報部は、カジノでメッタメタに負けさせることによって彼を破産させることを計画。007はその刺客として選ばれ、盤上でシッフルと激しく火花を散らす。

最近は原作が尽きてしまったため、ずっと他の人が書いた話を映画化してましたが、今回は久々にイアン・フレミング作品を映画化。この作品、かなり前にも一度映画になってまして、深夜にチラッとみかけたことありますけど、なんかやけにバカっぽそうな印象でした。
ところが今回の007はバカ的要素がかなり排されています。以前別の記事で「スパイがあんなに目だっていいものか」と書きましたけど、しょっぱなからボンドが「目だちすぎだ! バカ!」と怒られたりしてます。主人公の007はまだ「若い」ということで、「紳士」というより「熱血刑事」という印象。ただ主演のダニエル・クレイグ氏、ブロスナンより顔が老けて見えるのはどうしたもんでしょう。
さらにこれまで「手当たり次第」だったボンドさんが、女性に接するのは必要最小限だったり、いつものオモチャみたいな珍兵器がなかったり、例のアストン・マーチンがただの立派な車だったり・・・とこれまでのボンドに馴染んでしまった方には、やや違和感あるかも。しかし『M:ⅰ』世代にはむしろウケそうな気がします。

アクションもがんばってますけど、『カジノ・ロワイヤル』のメインは心理戦。これなかなかに大胆な構成です。どうやったらカードで相手に勝てるのか? どうやったら相手の心を読むことが出来るのか? どこまで役に立つかは謎ですが、ボンドとシッフルの対決を通してギャンブルの極意を教えてくれます。銃弾も血しぶきも飛びませんけど、なかなかに手に汗握られました。

難点を二つ。「アクションもがんばってる」と書きました。確かに冒頭のそれはすんごい。まるでリアル・スーパーマリオです。ただそれらが前半に片寄りすぎてまして。もうちょっと全体に配分した方が良かったんでは?と思いました。もう一つは終盤で各勢力の動向が錯綜しすぎてよくわからなくなってしまう点。単にあっしの集中力が足りなかったんだろうか?

20070108154802なかなか楽しませていただきました新生007。ただここまで変えてしまうのであれば、いっそのこと「003」とか「006」の話でも良かったのでは? ほんで続編でこれまで通りの「007」と共演したりさせれば面白い気がします。ずーっと疑問に思ってるんですよ。他の「ダブルオー」ナンバーって何やってんだろ?というのが(『ゴールデン・アイ』では一名出てきましたが)。たまには協力しあってもいいんじゃないの? あるいは連中はすごく仲が悪いのかもしれませんが。


| | Comments (4) | TrackBack (2)

January 06, 2007

ふりだしに戻れる 筒井康隆・細田守 『時をかける少女』

20070106182314昨年夏に好評を博したミニシアター系アニメ。暮れに遅れてこっちに回ってきたので、ようやく見ることが出来ました。

紺野真琴は、概ね平均的で元気だけは人一倍の女子高生。放課後親友の千昭(ガキっぽい)と功介(オヤジっぽい)と三人で野球をするのが楽しみのひとつ。ある日理科室で奇妙な物体と衝突した真琴は、自由に時間を巻き戻せる能力・・・タイムリープを身に付けてしまう。妹に取られたプリンを確保したり、カラオケ百曲歌ったりしてタイムリープの特権を堪能する真琴。しかし彼女はやがてその能力をもってしてもどうにもならない事態に直面してしまう。

原作は筒井康隆のジュブナイル。あのエログロハチャメチャの筒井先生が、なんか悪いもんでも食ったのかと思うくらい、まっとうでさわやかな青春小説となっていました。今回の映画はこのオリジナルの後日談兼カバーヴァージョンのような位置づけ。原点の主人公である芳山和子も、主人公の叔母役で登場。劇中でちらりと映る昔の写真を見ますと、原田知世ではなくNHKのSFドラマシリーズを参考にしたのでは・・・と思いますが、両方未見なんで確かなことは言えません。

昨年夏、色んなところで「これにくらべれば、『ゲド戦記』なんて××××」という意見をよく目にしました。『ゲド』びいきのわたしは「そんなにいいもんですかねええええ」とアラ探しをするつもりで劇場に行ったんですが、ううむ、聞きしに勝る傑作でした。
大人への途上にある少女が経験する、ひと夏のまぶしい思い出・・・ こういう話ってつらいですね。なんでかってえと、出来が良ければ良いほど、切なくなったり、羨ましくなったり、淋しくなったりするからです。最近の例で言うと大友版『メトロポリス』とか。三十越したオッサンが情けない話ではありますが。
ふと思ったことを一つ。マコちんが時間を移動する際、イメージだろうと思われますが、フィルムが背景を川のようにうねって流れていくシーンがあります。考えてみればわたしたちは既にヴィデオの中だけなら、ある程度時間を捜査することができるわけです。これをうまく発展させることが出来れば、時間旅行もあながち不可能ではない・・・かな? 無理・・・かな?
あと時折インサートされる学校の何気ない情景・・・図書館や、誰もいない教室など・・・がなんでか印象に残りました。学校の記憶というのは、多くのひとにとってそれこそ「時の止まった場所」なのかもしれませんね。

恐らく偶然かぶってしまったんでしょうけど、昨年放送していたテレビアニメ『ゼーガペイン』と共通する要素もちらほらあります。もしかすると『ゼーガ』の主人公の名が「ソゴルくん」なのはそういう事情だからなんでしょうか。 『時かけ』ファンの人は気が向いたら『ゼーガ』の方も是非見てみてください。

20070106182249いつにも増してまとまりの無いレビューとなりました。最後にも一つどうでもいいことを。「人気を博した」と聞いていた割に、わたしが行ったときは客は他に一人だけ(地方・・・)。てっきり同類のオタクくんかと思っていたら、上映終了後うら若い女性であることがわかり、わけもなく動揺しました。ついそそくさと小屋を出てきてしまったのですが、今にして思えば勇気出してお茶にでも誘えばよかったかなあ。でもやっぱり声をかけなくて正解だったんだろうな。うん。
こういう時タイムリープできれば便利なのになあ(意気地なし!)

| | Comments (6) | TrackBack (2)

January 05, 2007

適当掲示版40&ミイラ展報告

20061222091328三が日も過ぎたことですし、ぼちぼち再開いたします。
2007年最初の記事は、現在上野は科学博物館で行なわれている「ミイラと古代エジプト展」の報告。クソ忙しい年末の合間を縫って、友人二人と行って参りました。

今回の目玉は、「ネスペルエンネブウ」なる神官のおっさんのミイラ。ミイラというのはわたしのハートのように、とってもデリケート。例のぐるぐる巻いてある包帯を取ってしまうと、外気に当たっただけで損壊してしまうことがあります。でもせっかくミイラがあったら、中身を見てみたいですよね(え? イヤだ?)
そこで今回どうしたかと申しますと、まず包装ミイラを見る前に、大きなスクリーンの前に連れてこられます。ほんでCTスキャンみたいなもんで復元した立体画像で、ミイラ本体を観察できるようになっております。
するとネスペルおじさんの頭に、安物のお椀みたいなものがへばりついているのがわかります。このお椀はなぜそんなところに? 推理により導き出される恐るべき仮説は、ご自身の目と耳でお確かめください。

さて、次に展示品をご紹介いたします。つっても会場内は当然の如く撮影禁止。しかし丁度いいことに以前買い集めた食玩がありましたので、それを代替物として説明いたしましょう。実は前にやった「エジプト展」の画像とかなり重複してるんですが、あのときはボケボケのひどい画像だったので、ひとつリベンジということでお見逃しください。まずは実際にあったものから。
200701051900012007010518591420070105185533左・中央は臓物を入れる(うげげ)「カノポス壷」。それぞれヒヒ・ヒト・タカ・ジャッカルをかたどった栓が載せられています。こんな風に臓物は大切に保管されたのに、脳ミソは生ゴミみたく捨てられたそうです。右はネコのミイラ。シュールなシルエットです。古代エジプトではネコは神として崇められていたそうで。「犬公方」ならぬ「ネコファラオ」なんてのがいたかもしれません。


次に「似たようなのがあった」ものを
200701051901102007010519013120070105190359左と中央は身分の高いヘヌトメヒトという女性のミイラの外棺。ネスペルさんのそれはもうちっとスマートで、地味な仕様でした。右は副葬品のスカラベ。ネスペルさんのそれはもうちょっと立派でした。古代エジプトのヒトはこの虫がウンコをボール状にしてコロコロ転がすのを見て、「太陽を司る聖なる虫だ!」と思ったのだとか。ウンコから太陽を連想するとは・・・・ 発想の飛躍についていけません。


200701051906492007010519055220070105190914左は「ラムセス二世の王名表」。こんな風にヒエログリフ(象形文字)の刻まれた板があったような気がします。右は今回わたしの最大の収穫であった「ぺエのホルス神像」。数年前食玩で出ていたときゲットできず、心残りとなっていたブツです。これは食玩ではなく同じ金型を使った大英博物館のみやげ物。中身がわかる分、値段が約三倍になっております・・・・ 相変わらずあこぎですなあ、海洋堂はん。おとなりはこのホルスさんのお父さんのオシリスさん。エジプトの主神であの世を司っておられるそうです。この親子にまつわる神話なども紹介されてました。

20061222120321正直なところ申しますと、今回展示物あんまり多くありませんでした。立体映像シアターにだいぶお金がかかっちゃったんでしょうか。しかしまあ、同じチケットで例の常設展も見られるので高くはないでしょう。つい最近「愛・地球博」で好評を博した360度スクリーンも新設されましたので、こちらも是非たんのうされてみてください(ただし酔いやすい人は要注意)。


「ミイラと古代エジプト展」は2月18日まで開催されています。なかなか盛況なようなので、混雑の嫌いな方はなるたけ朝一で行かれることをオススメします。

| | Comments (9) | TrackBack (0)

« December 2006 | Main | February 2007 »