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November 23, 2006

我痛むゆえに我在り 下田正美 『ゼーガペイン』

20061123142301二ヶ月ほど前に終了したアニメ作品。ここ5年くらいでもっとも感銘を受けたテレビアニメでした。

臨海都市・舞浜に住むソゴル・キョウは快活な男子高校生。元水泳部の友人たちと仲たがいしてはいるものの、幼馴染のカミナギ・リョウコらと楽しい学園生活を送っていた。ある日キョウはミサキ・シズノという謎の少女に誘われ、「オケアノス」という戦艦に招かれる。そして巨大ロボット「ゼーガペイン」に乗り込み、人類を脅かす「ガルズオルム」なる組織と戦ってくれるよう頼まれる。よくできたゲームだとばかり思っていたキョウは軽く引き受けるが、その日から彼の周辺で現実は徐々にほころびをみせていく。疑問にも思わなかった両親の不在。壁に刻み込まれた警告のメッセージ。そしてキョウは自分と世界の根幹を揺るがすある事実を知る。
・・・できればここから先は未見の方は、何らかの手段(バンダイチャンネルもしくはレンタル)でもって、6話まで見てから読んで頂きたい。
その真実とは


彼らの住む「舞浜」は量子コンピューターが作り出したヴァーチャル空間であり、そこに生きるものは全てサーバーを走るプログラムにすぎないというものだった。一人の科学者が引き起こした災厄により人類は肉体を喪失。一部のものだけがかろうじて電子情報として生き残った。本当の意味で生きるため、自分の肉体を取り戻すため、キョウたちは絶望的な戦いに身を投じていく。
「自分の見ている世界が現実のものではないかもしれない」 このテーマ自体はそんなに目新しいものではありません。P・K・ディックの諸作品や『マトリックス』がなければ、恐らくこの作品は生まれなかったことでしょう。しかしここまで「意識のみの世界」を徹底させたものはなかったんじゃないでしょうか。また敵側の尖兵「アビス」と「シン」もデータをもとに作られたクローン人間であるため、死んでも死んでもよみがえってきます。そんなところにも「個人の存在の希薄さ」が表れていました。

仮想現実の世界はそれなりに便利で楽しい。しかし世界の真実を知ってしまったキョウは、いたるところで作り物の空間の限界に突き当たります。
この作品は仮想現実の世界を否定してはいません。これを否定してしまったらアニメの作り手たちはおまんまの食い上げになってしまいますし(笑)。ともかく、時には気分転換に、あるいはストレス解消に、空想の世界で羽を広げるのも悪いことではないでしょう。
しかしそうした快感は、現実が基本にあって初めて健全に楽しめるものであることをこの作品は主張します。敵は、そして時には味方までもがキョウに「肉体派は本当に必要なのか?」ということを問いかけます。それに対し彼は若者らしい健やかさで、「実際に触れることの素晴らしさ」を説きます。果たしてその思いが報われる日は来るのでしょうか。

もう一点特筆すべきは、作品の「舞台」である“舞浜”の美しさ。たぶん実際の舞浜(町)とも違う、この世には存在しない町。その町は美術スタッフの力と物語の背景のゆえに独特の印象を残します。はかなげで空ろで、でもどこか懐かしい。こうした感覚をテレビアニメで味わうのはごく稀なことであります。
20061123142229『ゼーガペイン』は現在DVDがリリース続行中。バンダイチャンネルでも配信中です。さらに世界観を共にするテレビゲーム『ゼーガペインXOR』が発売中(わたしゃやってないけど)で、年末にはその続編『NOT』も発売予定とのこと。
もっと話題になってもいいと思うんですがーねー

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Comments

 6話まで見ました。
水を意識した演出、どこか作り物めいたような感じ、
特にあの六角形の窓はそれを象徴していたように
思えます。
 
 P・K・ディックというより、それより前の中国の荘子の考えが
根底にありますね(実際語っているし)
 それを言ったらパプリカ、うる星やつらのビューティフルドリーマー
カウボーイヴィバップの映画もそうですね。
 
 どれが現実か堺があいまいになる、そしてこの世界は作り物
実はアニメで語られる事の多いテーマです。
 キョウが舞浜から出ようとして出れず、舞浜しか世界がない
のを見て「メガゾーン23」を思い出しました。
 これも東京23区だけしか世界が存在しません。
 残念なのは20年以上前の作品なのにマトリックスに抜かれた
って事ですw
 それは20年以上前から普遍のテーマって事ですね。

 最初キョウも軽い感じですが、それはこれがゲームとしか認識して
いないからなんでしょうね。
 ルーシェンってイケメンくんが上海サーバーの時怒っていましたが
あれはラブフラグですか?じゃなくて(笑)舞浜サーバーを巡る攻防戦
みたいなのがこれから起こるんですね。
 ってことは上海サーバーの家族は消滅したってこと?
ええ?がっくり↓ルーシェンも何も言えず殴るしかありません。

 
 小中千昭や中村隆太郎がやりそうな設定だなぁ、とも思っていました
が村井さだゆきが何話か脚本を書いていました!!
 96年のアニメ「シリアル・エクスペリメント・レイン」で小中千昭は既に
ネットでのつながりや自分の存在、あいまいな現実を描いていました。
 先見の明がありますが弟がグリッドマンの小中和哉ですし。
 
 小中千昭と村井さだゆきはホラー系でも活躍していますが(秘宝でイ
ンタビュ受けたことあり)、一緒にいることも多々あります。
 
 村井さだゆきはキノの旅やあとデビルマンレディーの人です。
あの気持ち悪~い感じをふたりとも上手く出しています。

 ゼーガペインでも村井さだゆきがシナリオを書いている時は、なんか
嫌~な予感がします。
 
 ですがメインは関島眞頼さんや桶谷顕さんたちです。この人たちは
前向きな人たちなのでいくらか希望が見えるみたいな作りですね。
 小中氏や村井氏がメインだったら、どんなに不安定で気持ち悪い
アニメになったことやらw

 あ、マジに書いてしまいましたw

Posted by: 犬塚志乃 | October 20, 2007 at 10:22 PM

>犬塚志乃さま

このテーマもいわば「手垢がついた」ジャンルの一つなんでしょうけど、「電子情報にまで分解されてる」という徹底ぶりと文中にも述べた「舞浜の風景」で、特に印象の深い作品でした

『ゼーガ』に関してはあまりスタッフに聞き覚えがなかったのでわりと先入観のないまっさらな気持ちで観ることができました。強いて言うなら原作の伊東岳彦氏については「にぎやかな作風の人」というイメージがあったんですが、こういうしっとりしたものも作れるようになったんだなあと

>小中兄弟

は特にそれほど好きでもないんですが、よくぶつかりますね。ウルトラ系とかで

Posted by: SGA屋伍一 | October 22, 2007 at 08:17 AM

 世界観も舞浜の自然もそこにいる人あってですよね
 あと、愛ですね。キョウくんは静乃とリョウコどちらと結ばれるん
だろう、とかはやせっちに告白しているミズキ、
みな非常に青春していますがアークとクリスのような愛の形も
ありなんですよね。
 電子情報になっても人は愛し合う、ここには非常に陳腐な
そして変わらない愛があります。
 想いは残る。

Posted by: 犬塚志乃 | October 25, 2007 at 10:16 PM

確かに『ゼーガペイン』は「肉体不在」というテーマのためか、性欲を抜きにしたプラトニックな願望の描写が目立ったような気がします

愛、と聞くとさすがに気恥ずかしさが先にたつ年齢であります。そんなわけでわたしとしては「ずっとそばにいてほしいという思い」「理解を共有してほしいという思い」と言い換えさせていただきます

Posted by: SGA屋伍一 | October 26, 2007 at 09:52 PM

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