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September 19, 2006

風と雲とギャグと 『風雲児たち』を語ってみたい⑬

20060919212808『風雲児たち』コーナー13回目。今回はいわゆる『蛮社の獄』について少々。潮版で18巻から22巻中ほどまで、ワイド版で13巻から15巻までのお話です。

シーボルトが去った後も、日本の蘭学は着々と進歩を遂げていきます。その原因のひとつは「尚歯会」なる画期的なグループが発足したことにありました。身分も専門もバラバラでありながら、真に国を憂い、その道の学問を究めた多くの学者たちは、こぞってこの集団に参加します。その中心となったのが、高野長英と渡辺華山でした。
高野長英は岩手の殿様の主治医の家に生まれましたが、田舎に縛られるのを嫌い、家出同然の形で故郷を飛び出します。その後いろんな経緯を経てシーボルトが起こした「鳴滝塾」に入門。以後天才の名をほしいままにします。
渡辺華山(本名は登)は渥美半島に位置する田原藩の出身。家老を務める家柄の生まれでしたが、田原藩は領民はもちろん殿様までもがド貧乏というとんでもない藩だったため、華山と家族も当然貧乏に苦しめられます。家系を支えるため、あちこちで学問・絵を学ぶ華山。いつしかその苦労が多くの才人たちとの交流につながっていきます。
尚歯会の活躍は目を見張るものがあり、幕府の要人たちですら、その存在を無視できなくなっていきます。もし彼らがそのまま幕政に参加できたとしたら、明治維新はもっと違ったものになっていたことでしょう。ところがそんな状態を苦々しく思う一人の男がいました。男の名は幕府目付・鳥居耀蔵。複雑な家庭事情のゆえか出世欲に取り付かれた彼は、邪魔者たちを巧みに排除していきます。そして尚歯会の人々にも、その毒牙が向けられることになります。

「蛮社の獄」とは幕政を批判した蘭学者たちが、怒った幕府によって処罰された事件、という風に認識されています。ところがこのマンガを読むと、そういったイメージと実像はやや異なるものであったことがわかります。まず幕政批判とされた長英の『夢物語』、これについて時の将軍は「なかなか面白かった」なんて評していたり。また「蛮社」こと尚歯会全体が弾圧されたような印象がありますが、処罰されたのはごく三、四名。ではいったいどうして先に述べたようなイメージが出来てしまったのか? 現代社会と対比しながらみにゃもと先生はその原因にせまります。

長英についてはまたいずれやらせてもらうとして、少し渡辺華山さんについて。貧乏話にはことかかない『風雲児たち』ですが、彼の貧乏はその中でもとくにすごい。ひとりで一年暮らすのに20両必要だった時代に、渡辺家(11名)は年間約十両しかもらえなかったというから気が遠くなります。
その後華山の努力のおかげで藩も家もちょっとずつ上向いてくるのですが、その幸せは長くは続かず・・・
このマンガに登場する風雲児たちには、壮絶な死を遂げるものも数多くいます。それでもむなしくならないのは、例え彼らが非業の最期を遂げたとしても、その仕事は着実に後の世代へと受け継がれていっているから。けれど華山さんに関しては、どうにも納得できないものが残ります。これほどひたむきにがんばっている人が、どうしてあれほど辛い目に遭わなければいけないのか。またその業績も他の主人公たちと比べ、それほど目立つものではありません。しかし何事にも真摯なその姿勢は、後に対外交渉において大きな役割を果たす同志・江川太郎佐衛門の心に、きっと深い影響を与えたことでしょう。そう考えて自分を慰めることにします。

またまた暗くなってしまいましたが、華山氏には洒脱なエピソードも色々あります。クソマジメなようでいて、お酒と女子が大好きだったり。興味を持たれた方は調べてみるか、このマンガを読むかしてみてください。次回は「天保の改革」と「遠山の金さん」についてやらせていただきます。
20060919213107※左の絵、“ワタナベ先生の絵”とありますが、まちがいでした。本当は広重先生の絵でした。
両先生ならびに皆様、大変失礼いたしました。勘弁してつかあさい

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Comments

ちょうど2年前に江川邸に行った事を思い出していた
まさとしでございます。
『耀甲斐』を嬉々と切り刻んでやりたいですが次回が次回ですので・・・・。
>「蛮社の獄」
某『マンガ日本の歴史』とかの歴史マンガでも流石に華山たちが悪いというアホな記載は流石にありませんでした。ただ『耀甲斐』が水野裏切った後の結末まではだーれもふれとらんかった(えー。
>渡辺崋山
是非某活火山さんにも一言欲しいですね(笑)。
渥美半島は今でこそビニール栽培電照栽培の菊とか有名で、黒字の私鉄、豊橋鉄道渥美線が走ってますが、かの者について地域の人がどう思ってるか知りたいですね。因みに田原はバス+フェリーで移動を含めると対岸の鳥羽・中部国際空港まで2・5時間ぐらいの距離にあります。ではでは。

Posted by: まさとし | September 23, 2006 at 09:55 PM

おばんです
>耀甲斐
これ、なんのことかと思ったら「妖怪」のことですね。相変わらず鈍いオイラ。最近なんか擁護的意見もちょくちょく聞くのですが・・・ 『風雲児最大の悪役』のイメージはそう簡単にぬぐえませんな

>某『マンガ日本の歴史』
いろいろ出てるからなー(笑)。わたしもどっかの読んだことありますが、この辺どうなってたかあんまり覚えてないです。うろ覚えですけど『長英逃亡』では江川さんが「前からやめとけって言ってたのに自業自得」みたいな反応で、まさとし様じゃないけど「えー」と思いました

>是非某活火山さんにも一言欲しいですね(笑)。
うーん、たぶんここ読んでないんじゃないかな(笑)。

>渥美半島は今でこそビニール栽培電照栽培の菊とか有名
それは初耳です。なんか、救われる気がしますね。いい話を聞かせていただきました。渥美半島はわたしの方でも隣の県なんですが、車で行くと二時間以上はかかるかなあ

Posted by: SGA屋伍一 | September 24, 2006 at 10:00 PM

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