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September 05, 2006

山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい⑭ 『幻燈辻馬車』

20060904182744夏ですしお化けの話でもしましょうか。・・・ってもう遅いか。
今回は『警視庁草紙』につづく「明治もの」第二作、『幻燈辻馬車』について語らせてもらいます。これもいままで度々『幻灯』と書いていたかもしれませんが、正しくは『幻燈』でした。熱心な山風ファンのみなさん、どうも申し訳ありません。こんな間違いしといてなんですが、この題名、山風作品の中で一番好きかもしれません。

時は明治15年、もと会津藩士の干潟干兵衛は、孫娘のお雛を隣にのせて、辻馬車で生計を立てていた。お雛とふたり平穏に暮らしたいと思う干兵衛だが、自由民権運動が激化するにしたがい、度々危機に見舞われる。そんな時お雛が「父(とと)!」と叫ぶと何たる不思議、西南の役で戦死した息子の蔵太郎が、馬車の中から忽然と姿を現す・・・・

この作品の特徴はなんといっても、「娘が呼ぶと馬車から出てくる亡霊」という独創的なアイデアでしょう。怪談話は数あれど、これに類する発想はちょっとよそでお目にかかった記憶がありません。いわば蔵太郎は呼べば現れる正義の味方なわけですが、死んだ時のままの血まみれ状態で現われるため、ちょっとヒーローとは言いがたいものがあります(笑)。
前作『警視庁草紙』もすばらしい作品ですが、ひとつ物足りない点をあげるなら、山風作品の特徴である「幻想味」が乏しかった。その点、『幻燈辻馬車』のファンタスティックなムードは、忍法帖と比べてもひけをとりません。与太話が成立しにくい「明治」という時代にあって、見事にひとつの「伝説」をこしらえることに成功しています。『警視庁』と第一話の題材が同じなのに、解釈がまったく違うというのも面白い点ですね。

もう一点目をひくモチーフは、あまり小説でとりあげられることもない「自由民権運動」。「自由の名の下に権力に戦いを挑む」といえば聞こえはいいですけど、ようするに中央から弾かれた士族たちの不満のやりどころだったというのが実像だったようです。『警視庁』での西郷派・神風連とほぼ同じポジションですね。
その自由党の面々に、主人公干潟干兵衛は奇妙な親近感を抱きます。傍から見ればいずれ敗れるの明らかなのだけれど、当人たちは熱意のあまり周りが目に見えなくなっている・・・ そんな姿が維新直前の会津の様子と重なるゆえに。山田先生はその干兵衛の思いをさらに「戦中派が赤軍派をみるようなもの」と例えます。この作品が書かれたのは1976年で日本赤軍がもっとも活発だった時代。この年いわゆる「戦中派」の先生は54歳で干兵衛(50なるやならずや)にかなり近い年齢。つまり干兵衛の思いはまんま当時の先生の思いだったということです。
はじめは高い理想のもとに始められた活動だった。欲と金にまみれていく社会にあって、それは先生の目に軍国青年だったころの自分を思い出させ、まぶしく、あるいはもどかしく映ったことでしょう。しかしやがて「目的のためには手段を選ばない」陰惨な暴力へと転じていく。それをただ見ることしかできない悲しみ。そんなところで干兵衛と先生はシンクロしています。
おおむね若い男性が主人公となる山風作品にあって、こうした初老の男が主人公という点でも、この作品は独特です。

とまあ紹介してみましたが、この『幻燈辻馬車』、現在どこへいっても品切れ状態という極めて残念な状態にあります(もっとも最近の刊行は、ちくま文庫より二分冊で)。少し前に亡くなられた映画監督・岡本喜八氏は晩年この作品の映画化を考えていたそうですが、それが実現すれば、きっとドカーンと増刷かかったろうに。この企画って、やっぱ流れちゃったんでしょうか。古本屋でみかけたら速攻ゲットをおすすめします。
2006090418311220060904182916
左はわたしが持ってる文春文庫版(古本・1980年刊)。他に河出文庫からも出てたことがあります。
右は蔵太郎さん。オチャラケご容赦。

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Comments

こんにちは。
『幻燈辻馬車』はまずタイトルがとても綺麗ですよね。
実は私この作品、ある事情で上巻しか読めていない状況で下巻を読めていません(泣)
確かに、山風の主人公は20代くらいの若いのが多いですよね。
壮年の主人公は珍しい。
sga伍一様のおっしゃる通り、言われてみれば『警視庁草紙』は『幻燈』に比べて幻想味は薄いですよね。
明治物は忍法帖には御法度の「幽霊」がたくさん登場する点が好きです。明治初期の混沌とした雰囲気と、幽霊というテーマが重なってなんとも世界観を魅力的に見せていますよねえ。
だからというか、山風の明治物ってガス灯の光る闇夜の煉瓦街というイメージがとても強いです。
『幻燈』の、馬車から息子さんの幽霊が出てくるっていうアイデアもとても好きなんです。幽霊がいやに明るくって、干兵衛とのやりとりもユーモアがあって
楽しいんですよね。

Posted by: みずぐきまり | September 06, 2006 05:01 PM

>ある事情で上巻しか読めていない状況で下巻を読めていません(泣)
うーん。お気の毒です。どっかで見かけたら押さえといたほうがいいでしょうか
わたしも『地の果ての獄』をもう一回読みたいんですけど、どこ行っても上巻しか置いてないんですよ。ちくまさんなんとかしてー

>『警視庁草紙』は『幻燈』に比べて幻想味は薄いですよね。
たぶん『警視庁』は「なんとか忍法帖と違うものを」ということでああなってしまったんじゃないでしょうか。ほんでそのリバウンドで『幻燈』がこうなってしまったのでは。憶測ですが

>山風の明治物ってガス灯の光る闇夜の煉瓦街というイメージ
絵を描かれるみずぐき様ならではの視点ですね

>幽霊がいやに明るくって、干兵衛とのやりとりもユーモアがあって
「生きてたころはこんなじゃなかったのに・・・」という干兵衛さんの呟きが最高です(笑) それにしても、下巻どっかで入手できるといいですねえ

Posted by: SGA屋伍一 | September 06, 2006 10:32 PM

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