彫刻はなぜ壊される 法月綸太郎 『生首に聞いてみろ』
なにこの怖いタイトル。ひい! 今夜もうトイレに行けない! ・・・・という感じですが、中身はごくごくまっとうな本格推理小説。あらすじからいってみましょう。
探偵兼作家の法月綸太郎は、知人の個展で高名な彫刻家川島伊作の娘、江知佳と知り合う。ほどなくして川島は病死。彼は死の直前に、娘をモデルにした石膏像を完成させていた。ところが何者かの手により、石膏像の首が切断され、持ち去られてしまう。事件の解明を依頼された綸太郎は推理を巡らすが、それをあざ笑うかのようにさらなる事件が起こる。
法月作品の特色のひとつは緻密な論理性にあります。この作品ではまず彫刻の首がなぜ切断されたのかをめぐり、様々な推理が展開されます。「誰が」「どうやって」「何の目的で」 たくさんの可能性が検討され、さらには「そもそも首は最初から作られていたのか」という疑問まで検討されます。その答えも出ぬうちに、今度は人間の頭部が切断されるという事件が発生。先の事件といかなる関わりがあるのか。冷静にメモでもとりながら読まないと、頭がこんがらがること請け合いです。
ここで重要なポイントとなるのが、二つの彫刻の技法「アウトサイド・キャスティング」と「インサイド・キャスティング」。非常に丁寧な解説がなされていますが、正直門外漢が理解するには少々努力を要します。ですがこの部分を理解しないことには、解決編でのカタルシスが大幅にダウンしてしまうので、これから読まれる方はがんばってトライしてみてください。
タイトルは都筑道夫氏の名作『なめくじに聞いてみろ』から取られたとのこと。また悪質ないたずらかと思われたことが、本物の殺人事件に発展して・・・という流れは高木彬光氏の『人形はなぜ殺される』を連想させます。このあたり、法月氏の先達に対する並々ならぬ畏敬の念が伺えます。
作者について少々。法月綸太郎氏は90年代初め、講談社ノベルスが提唱した「新本格」の担い手として、『密閉教室』という作品でデビュー。先にデビューした綾辻行人氏と並んで、本格推理ファンから大いに期待されると共に、アンチ本格から「またこんな時代錯誤的なものを」と色々バッシングされたりもしました。
そのバッシングの影響をもろに受けてしまったせいか、4作目『頼子のために』から法月作品はカラーが変ってきます。普通本格推理の探偵というものは事件を冷静かつ客観的に観察・推理・解決しなければならないため、当事者からは一歩距離を置いていることがほとんどです。感情を乱されることのほとんどない言わば「超人」みたいな存在。法月作品もそれまでは探偵が無邪気に推理をめぐらせるそういうスタイルだったんですが、途中から謎解き役がどんどん事件に深入りして苦しみ悩むようなパターンが多くなってきます。こういうのはどちらかというと、ハードボイルド系にありがちな展開です。しかしその両者を折衷したような作風が一種独特な空気を帯びるようになり、法月氏は当初叩いていた評論家からも高い評価を得るようになってきました。ところが今度は作家・法月綸太郎が慢性的なスランプに悩まされるようになり、ファンは長い間やきもきさせられることになります。
で、この『生首に聞いてみろ』はファンにしてみれば『二の悲劇』以来十年ぶり(笑)の、待望の新作長編だったわけです。発表されるやいなや、持ち前の精密なロジックが高い評価を得て、『このミステリーがすごい!』第1位、週間文春ミステリー第2位と華々しい成績を収めました。
えー、でもです。ずっとおっかけてる立場から言わせてもらいますと、今回は先に述べた法月作品の持ち味である「センチメンタリズム」がちょっと足らなかったかなあ、と。いつもの探偵・法月氏だったら、悲劇的な展開に海より深く悩んでいたと思んですが、今回はわりと立ち直りが早いような。悩めばいいというもんでもないですけど、「法月綸太郎ならではの作品」とは少々言いがたいものを感じました。
けれど世評が証明してるように、ミステリとして一級品であることは確か。これを読んで作家・法月綸太郎に興味を抱かれた方は、『密閉教室』『頼子のために』『一の悲劇』等も手にとってみられて下さい。
角川書店より発売中。わたしはハードカバーで買ってしまったんで、当分文庫化はしないでください。


Comments
こんばんは。
TB、確かに受け取った!
えー、タイトル、うまいですね(笑)
そうですね、この『生首』は、どっちかというと、「普通にロジックのうまい普通によくできた推理小説」ですね。
でも、彫刻の壊された理由、二転三転する動機(だったような)…と、とても楽しめました。
私としては、あんまり探偵に悩まれても読んでるこちらがめんどくさいと思う方なので、どっちでもいいんですが…
それにしても、長編を10年出さなかった作家って、すごいです。
短編集もなかなかいいですけどね。
そうそう、私、『密閉教室』だろうが『雪密室』だろうが、初期から好きなんですよね。叩かれたってのは全然知りませんでしたが、他にも新本格はあるのに何ででしょう?
あと、この人といえば、ある短編で1つやらかしちゃってるんですよね。
これに関しては、批判を受けて事実関係を調べ、その後のエッセイで謝罪というか何かをしてるんですが。
その内容というのは、ご存じでしょうが、
「図書館の本の、推理小説の、登場人物紹介のページだけが切り取られるという事件が連続…という話で、登場人物の1人である図書館員が、ある利用者の貸出履歴を調べて、その利用者が、被害に遭った本を全て借りていたことを突き止める」
という部分。
これ、実際は不可能なんです。公共図書館では、利用者が、借りた本を返却した時点で、その「借りた」という記録自体が抹消される(つまり図書館が把握しているのは、各利用者が「今現在借りている本」のみ)ので、「履歴」が残ることはありえないのです。
これは勿論、履歴がまとまれば、人となりが推定できる=プライヴァシーの侵害になるからです。
しっかし、作家なのに図書館のシステムを知らないっていうのは、後で謝ってもしょうがないことだと思いますけどね。こういう、もし本当であれば大変なことがあるのかないのかぐらい調べてくれや…(昔は今ほど法律が厳しくなかったので、そのへん掲示とかされてなかったとしても)
これ、NHKの朝ドラも、「お姉さんが好きそうな本、図書館で調べたんだ」という台詞を出してしまい、図書館協会が大抗議した、という事件も有名です。図書館が全国ネットで誤解されましたからね。
ちと長くなりますが、個人情報保護法施行以後は、貸出カウンターのディスプレイも、たとえ自分の画面であっても見せてもらえない、個人情報保護のポリシーが掲示、配布されるなど、保護が厳しくなっています。
とまあ、ちょっと結構、簡単なとこで脆い人かな、というイメージは拭えません。
どうも失礼しました。
Posted by: 高野正宗 | June 18, 2006 09:14 PM
さっそく読んでくださりありがとうございます。
>バッシング
わたしも少し遅れてはまったクチなんでリアルタイムで見聞きしたわけじゃありませんが、特に法月・我孫子・歌野のお三方が島田荘司推薦でデビューしたころがもっとも激しかった・・・とのことです
>ある短編で1つやらかしちゃってるんですよね。
『法月綸太郎の冒険』所収の一編ですね。内容は忘れましたがこの謝罪の件は覚えてます。まあ悪気はなくても迷惑かけちゃったならあやまらなきゃならんでしょうね。ドイルも競馬をネタにした話を書いたら、「こんなのありえねー」と相当突き上げをくらったことがあると聞きます
それはともかく、この本に載せられていた『死刑囚パズル』という作品はかなり「すげええ」と思いました。『パズル崩壊』もいいらしいですけどまだ読んでません。
Posted by: SGA屋伍一 | June 18, 2006 09:38 PM
おはようございます~♪
>『密閉教室』『頼子のために』『一の悲劇』を機会があれば読んでみたいと思います。
生首は、↑の方がコメントされているように、「普通にロジックのうまい普通によくできた推理小説」だと思いました。
でも、素っ頓狂さのない「緻密な論理性」から成る推理小説もある意味新鮮で面白かったです。
・・・生首には生首になってもらいたくなかったですが
最近読書がすすまないんですよ~
なんだか読書のスランプに陥り中です。
だから昨日漫画「ワンピース」を全巻再読し(暇人)、何度も号泣してスッキリした気分に浸りました。
何か、ぎゃ~~~これ超~面白い!!って本ないかしら?
Posted by: 由香 | December 16, 2009 08:10 AM
>由香さま
こんばんは。お返しありがとうございます
>『密閉教室』『頼子のために』『一の悲劇』を機会があれば読んでみたいと思います。
貸してあげてもいいんですけどね。O田原の指定された場所にでも置いてきて(笑) その前に実家の本の山の中から見つけてこなきゃなんないけど
法月さんはエラリー・クイーンの信奉者なんですよね。この緻密なロジックの積み重ねはその辺から影響を受けているようです。気合入れて読まないと途中で???となります(笑)
一方でこの作中人物に対する突き放したような距離感は、ロス・マクドナルドからの流れでしょうか。・・・なんて言いつつロス・マク一冊も読んでないんですが
読書のスランプに陥ってる時は、漫画の一気読みもいいんじゃないでしょうかね。由香さんにおすすめなのが『寄生獣』という作品。一気読みまちがいなしです!
Posted by: SGA屋伍一 | December 16, 2009 08:44 PM