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April 21, 2006

平成ライダーの六年間を振り返る 龍騎編③

『龍騎』編三回目。先回は副主人公格の二人のライダーについてとりあげましたが、今日はどちらかというと「悪役」の部類に属するライダーを、やはり二名ほどご紹介します。

一人は曲者ぞろいの『龍騎』ライダーズの中でも、特に強烈なインパクトを放つ仮面ライダー王蛇。本名は浅倉威。いつも腹の底にイライラを抱えている彼は、病める現代社会を体現したようなキャラクターであります。
我々はカチンとくることがあっても、理性や世間体が邪魔して相手に手を出すことはほとんどありません。しかし浅倉くんはとても正直な人間だったので、むかついたヤツを片っ端から殴り飛ばすような人生を歩んでいました。そんな彼を世間が容認するわけもなく、初登場シーンは留置所の中だったりします。イライラが頂点に達した浅倉の前に神崎士朗が現れて、カードデッキを差し伸べたとき、彼に断る理由はありませんでした。
そんなわけでライダーの名を冠していても、とてもヒーローとは呼べないような王蛇・浅倉。意外なことにけっこう人気キャラでもありました。それはたぶん、他の多くのライダーたちが自分の行動についてえんえんと悩んでいるなかで、彼だけが自分のやりたいように嬉々として戦いに参加していたからだと思われます。
「このまま永遠に戦いが続くように願ってもいいな」
浅倉は勝利者の権利を得た時のことを尋ねられ、そう答えます。恐らく石器時代か戦国時代であれば、一角の英雄になれたであろう男。けれど法治国家にとっては邪魔者でしかない浅倉は、次第に官憲の手によって追い詰められていきます。それでも一向にめげてないところも、まことに「らしい」キャラクターでした。

王蛇とはまた違った意味で異彩を放っていたのが、仮面ライダータイガ。本名は東條悟。
彼の望みは英雄になること。恩師である香川教授から、「人々を危機から救うために力を貸してくれ」と頼まれたとき、彼は迷わず教授の協力者となったのでした。
ところが次第に彼の精神は常軌を逸しはじめます。恩師や親友を次々と手にかけていく東條。その理由が「英雄になるために」というのだから、わけがわかりません。
ある種の凶悪犯罪や自爆テロのニュースを聞くとき、我々は加害者に対し「狂っている」という印象を抱きます。しかし彼らは自分のことを狂っているなどとは思っていません。彼らは彼らなりの信念とルールに基づいて行動している。たとえはたからは狂人のようにしか見えないとしても。
なにを考えているかわからない東條は、そんなサイコな犯罪者たちを彷彿とさせる青年でした。特撮においては他に類をみない、しかもリアリティのあるキャラクターであります。

『龍騎』には他にもさらに多くのライダーたちが登場します。戦いをゲーム感覚でもてあそぶガイ。真司の意見に珍しく賛同し、共闘するライア。戦いを司っているらしいオーディンなどなど。
さて、ここで気づくのはライダーたちはみな「はみだし者である」という点。主人公の真司と蓮にしてからが、フリーターに毛が生えたような立場です。で、他はどうかというと、悪徳弁護士、不良学生、露天商みたいなの、犯罪者、しまいにゃ人外・・・と明らかに社会の底辺で生きているような連中ばっかり。少し遅れてやってた『グランセイザー』の面々がわりかし固めの仕事をしているのに対し、まことに対照的です。
ただ歴代の先輩方も定職についていた人はほとんどいなかったような。やはり仮面ライダーは、社会の流れから少し身を置いたポジションがお似合いのようです。

次回はまた一回お休みにして、現行作品『カブト』について語らせていただきます。その次には『龍騎』のパラレルな世界観についてやりたいと思います。

2006042120510420060421205138左が「王蛇」で、右が「タイガ」です。
王蛇は「コブラ男」+「ハカイダー」がモチーフで、タイガは・・・なんだろう。キバレンジャーか?
それはともかくタイガの独特のデザインは、かなり好みであります。


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Comments

あー。
自爆テロは、正直「カミカゼ特攻隊」みたいな側面もあるので、ちょっと例えとしては不適当かもしれませんよ。
(目を逸らしながら「民族のために、、、」とぼそぼそ呟く二人組の女性の画像とか、その前後に写る指示者みたいな画像とかが、すでに存在しています。)

Posted by: 紅玉石 | April 22, 2006 08:21 AM

文中にも書きましたが、「第三者から見れば『狂気』としか見えないけれど、当人にとってはいろいろ考えを重ねた結果の行動である」ということで引き合いに出しました。
日本では自爆テロに関しては「正気の沙汰とは思えない」「まったく理解できない」という意見が多数を占めているようなので。
ただ、個人レベルでの犯罪と国家的背景を持つテロとを、同列に並べて論じるのは、たしかにいささか乱暴だったかもしれません。

カミカゼ・アタックも当時の日本からすれば「英雄的行為」にほかならなかったわけですが、敵国からすれば「狂っている」としか思えなかったのでは。興味深いことに一部の海外メディアも、一連のテロを「カミカゼ」に例えていました。それに対して日本側は「一緒にしないでほしい」というコメントを出していたと思います。

Posted by: SGA屋伍一 | April 22, 2006 10:00 PM

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