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April 16, 2006

山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい⑧ こないだのETVから

えー、今回はちと趣向を変えまして。
昨年12月、今年2月に山田風太郎をフィーチャーした番組がETVで放映されました。それについて書きます(おせーよ)。情報をくださった高野正宗さまに感謝です。

まず順序が逆になりますが、二月に放映された『知る・楽しむ』。フランス文学者の鹿島茂氏が、山風の小説作法を解説するといった内容。もっぱら「明治もの」を中心に語られました。実は一回目だけ見逃してます。ご容赦。
仮に同じ時代、近い場所にA、Bという二人の著名な人物が住んでいたとします。けれど、後の資料に、二人があったという記録はまったくない。多くの歴史小説の書き手はこういう場合、「この二人が会っていた」ということを勝手に書いたりはしないものですが、山風は「会ってた方が面白いじゃん」ということで、ばんばんめぐり合いを創作してしまいます。そうした自由奔放さが山風作品の魅力であると氏は語ります。あんまり書くとネタバレになるのでアレですが、たとえば夏目漱石と樋口一葉。たとえば川路利良とビクトル・ユーゴー。こうした意外な組み合わせを作る能力は、山風の独壇場と言えるでしょう。、全部創作かと思えば、たまに史実もこっそり混ぜてあり、まっこと油断なりません。
で、こういうスタイルのもの他にあるかな、と考えてみましたが、荒俣宏氏の『帝都物語』って、たぶんに「明治もの」を意識してたんじゃないかな、と思います。どっちかと言うと保守派のような司馬遼太郎御大も、『燃えよ剣』で無名時代の桂小五郎と試衛館の面々をひきあわせちゃったりしてますね。

鹿島氏の言葉でなるほど、と思ったのが「時代を書くのは簡単だけど人間を書くのは難しい」。たしかにその人間がなにを考えていたのか、なんてことは、当人にしかわからないことであります。というか、当人ですらわかっていないのかもしれません。
「明治もの」でいうなら『警視庁草子』に登場する川路利良。一方では大西郷に心酔し、崇め奉りながらも、一方ではその西郷を窮地に追いやるべく深慮遠謀をめぐらす。果たしてどちらが本当の川路だったのか。わたしは両方ともマジだったのでは、と思います。他にも『警視庁』では私怨の塊みたいな井上馨が、『エドの舞踏会』ではそれなりに信念の人だったりと、まことに人間というやつは一筋縄ではいかないというか、ちょいと観点を変えただけでガラリと姿を変える。そんなことに改めて気づかされました。

もう一つは昨年末のETV特集。山風の日記を通じて戦後の日本を振り返る、というものでした。
この日記で目立ったのはとにかく「日本人ってなんて軽薄なんだ」という記述。こないだ戦争放棄と言った舌の根の乾かぬうちに、警察予備隊なるものを設立する。戦争中の帝国主義にさんざんこりたはずなのに、ミッチーブームに沸き返る。まあ自分も「軽薄な日本人」の一人ですから、山ちゃんの愚痴を否定はしません。
ただ、山田先生のこの舌鋒は、他者だけではなく自分に対しても向けられていたものではないかと憶測します。皮肉っぽい作風でしられる山ちゃんですが、戦時中はごくごく普通の軍国青年だったことが、日記を読むとわかります。病身のため戦地に行けない、といううしろめたさが、なおさら彼をそのような方向へ駆り立てたのでしょう。もっともそれは具体的な行動にはあまり現れず、もっぱら帳面だけに叩きつけられたもののようですが。
戦争終結の報を聞いたとき「徹底抗戦すべし」と一時は思ったはずなのに、とき経つうちに自分は荒唐無稽な忍者小説で大もうけし、アメリカの持ち込んだ資本主義の恩恵にどっぷりと浴している。流行り廃りに踊らされる日本人の姿は、鏡で自分の醜い姿をみせつけられるようで、だからこそ山風はいらだったのかもしれません。だからこそ、三島由紀夫が節を曲げずに自ら命を絶ったとき、「終戦以来の衝撃」と日記に記したのでしょう。

二つとも見ごたえのある、力の入った番組でした。ただ「山風」ってこんなに高尚だったかなあ、とも思いました。もちろん作品に見られるふんだんなユーモア、アイロニーは、壮絶な過去に裏打ちされたものである、ということは承知してます。でも山風作品の魅力の一つは、そういう深刻な事態もけらけらと笑い飛ばす爽快さにあるのでは、とわたしは思います。山風の評価があがるのはまことに嬉しいことですが、同時に「山風はバカだからこそ面白い、バカこそ山風」なことも忘れないでほしいです。遺族の方、どうか怒らないで。

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Comments

 ほんたうにね。鹿島さんも悪くはないけど、折角あの方なら、if邂逅の魅力より、山風のもう1つの柱であるエロスについて語ってほしかった(笑)崩すと見せかけておいて(佐伯さんの「やばいバージョン」の忍法帖の表紙まで出しておいて(笑)、「う○こ殺人」とか「陰○人」とか堂々と出しておいて(笑)!)あの鹿島さんをして結局ああいう高尚な結論ありきとしてしまったのが、やっぱりETVなんですかねえ。いや良かったことは良かったけど。
 いや本当に鹿島さんの本って、あくまで一説であって、理論構築の楽しさを味わうのを主とした方がいいのはわかってますが、面白いですよ。そもそも私はこの「こだわり人物伝」で鹿島さんを知って、以後ずっと読んでます。
 まあ、エロスについてだったら、山風の熱烈なファンのお医者さんとかがいたら、その人にいつかアツく語って頂いてもいいな(笑)
 日記。人間ってやっぱり、その時どきで「一般的に普通」でいたいんじゃないかな。山風だって、むしろごくごく普通の軍国青年であってあの時代なら仕方ないことだし、大部分の人間はそういう自分の過去を肯定することで戦後を始めている。それをまさしく「無責任」とし、むしろ戦後に戦中戦前を振り返り始めた山風は、やっぱり変わった人だったのでしょうね。私だったら「しょーがねーや、そーゆー時代だし」と思って進むし、そもそも、アメリカだってロシアだって冷戦時代のことは「だってそーゆー時代だったし」で、植民地持ってたヨーロッパだって「だってそーゆー時代だったし」なわけで。歴史そのもの、人間そのものが無責任ですよ。そこに、敢えて風車に逆らうドン・キホーテのように、一人内なる過去の声に…
 おお、何やら高尚な話になってきたところでおしまい。

Posted by: 高野正宗 | April 17, 2006 12:49 PM

>鹿島茂さん
著書は読んでませんが、なかなかにユーモアのある文章をお書きになるそうですね。番組では訥々としゃべってましたが

>やばいバージョン
実はあの装丁苦手(笑)
角川さんは横溝正史とか『ドグラ・マグラ』とか青少年が買いにくい装丁が多かったなあ

>日記
そうですね。以外にしゃあしゃあとしているようで、意固地というか、生真面目な部分もあったんでしょうね。ただ表では照れくさいから、作品の中に忍ばせて訴えて続けておられたんでしょう
さかんに「軽薄」と書いてある時代の日記は、公表するつもりはさらさらなかったようだし。
「戦中派」に関する複雑な思いは、「太陽黒点」によく表れていますね。

Posted by: SGA屋伍一 | April 17, 2006 09:19 PM

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