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April 14, 2006

まんが日本ムシばなし 漆原友紀・長濱博史 『蟲師』

本日はちょっと前に地上波で放送が終了したこのアニメを。原作はアフタヌーンKCより7巻までが刊行中。

舞台は、たぶん明治後期くらいの日本・・・だと思うんですが、具体的な地名はなにひとつ出てこないので、もしかすると、「そのころの日本によく似た世界」ということなのかもしれせん。
登場する人々は、誰もが抱くようなごく普通の願いを持っています。それは欲望と言うには、あまりにもささやかな望みであります。しかしときとして、そんな当たり前の思いすら、悲劇につながってしまうのが浮き世の辛いところ。
そんな悲劇の後押しをするのが、作品に出てくる「蟲」という存在。我々の周囲の昆虫や蜘蛛などとは、また別の生き物です。なにが違うかというと、まずそれらは特殊な視力を持つ、ごく一部の人間にしか見えません。生態や形は千差万別。基本的に感情はなく、ただ本能が赴くままに行動します。それらは繁殖や生き延びるために人や動物の体内に入り込み、障害となったり、奇異な振舞いをとらせたり、時には超常の現象さえひきおこします。

たとえば第9話「重い実」はこんな話。
とある山中に、周囲がどんな凶作のときでも、そこだけは作物が豊に実ると言う不思議な村があった。実はその豊作は、村が代々管理してきたある蟲の作用によるものだった。ただ、その術は豊作と引き換えに、体の弱っている村人一人の命が代償として奪われる、というものだった。蟲を司る職の男は、ある年覚悟を決めてその蟲を使用した。たが代償として奪われたのは、その男の妻であった。そして何十年ぶりかに感じられる凶作の気配を前に、男はある決意を固める・・・

この蟲でお困りの人たちを助けるのが、放浪の「蟲師」ギンコ。白髪や隻眼はブラックジャックを意識しているのかもしれませんが、ギンコはBJのようにひねてはおらず、斉藤英二郎のように感情的になるわけでもありません。まるで「そういうもんだろ」とでも言うように、淡々と静かな熱意を持って人を治します(治せない時もある)。自身、「蟲を寄せる」という体質のため、一つの土地に長くいられないという悲しい素性の持ち主なのですが、その悲しさを滅多に表に出すことはありません。このギンコのキャラクターと奇奇怪怪な蟲のビジュアル、慎ましやかな人々の人間模様、そして失われ行く日本の原風景。これらが『蟲師』の魅力と言うことができましょう。

マイ・フェィバリット・エピソードは上に述べた「重い実」のほか、虹のたもとを探す男とギンコの道中を描いた第7話「雨がくる 虹が立つ」、駆け落ちした男女が海で怪異に遭遇する第8話「海境より」、故郷の山河に息づく蟲が、ある絵師の筆に不思議な力をもたらす第18話「山抱く衣」など。正直言うと一話から三話は「なんか似たような話だな~」という印象で切っちゃおうかとも考えたのですが、四話を過ぎたあたりから話も蟲もバリエーションに富んだものが多くなってまいります。切らんでようございました。

『蟲師』アニメはフジテレビで全二十話が製作されましたが、さらにあと六話が製作され、BSフジで放映されるとのこと。フジの深夜アニメはよくこういう扱いをうけます。オダギリジョー主演で実写映画も準備中だそうです。

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Comments

まいど出遅れます。また長いです。しかも理屈っぽいです。

 「超越者」でも、「人間もどき」でも、「怪物」でもない、ただあるがままに人とは異なる生命、というものをフィクションに登場させるのは、よほど難しいようです。『蟲師』はそれを成功させた稀有な作品だと思います。

 例えば宮崎駿作品の場合、キャラクターとして登場する動物はみんな自我をもっています。擬人化されているという点では「くまのプーさん」とおんなじです。『もののけ姫』などは自然文学の大傑作だと思いますが、動物たちが復讐という「動機」をもって人間と戦う設定には、宮崎監督の限界を感じてしまいます。自然をテーマにして、これほど描きこんで、そりゃないでしょうと。
 諸星大二郎作品なんかだと、今度は人知を超えた怪力乱神に行ってしまう(そこが面白いのですが)。

 それらにくらべて『蟲師』に登場する蟲たちは、ずっと現実の生物に近く感じます。
「眇の魚」で ぬい は蟲とは何かと問われて、

 「在り方は違うが断絶された存在ではない 我々の”命”の別の形だ」

と答えます。
この無色透明な捉え方が、私にはとても魅力的です。

 虫好きで有名な養老孟司さんは、「自分が虫に惹かれるのは、虫がこの世のものでないから」と言っています。
 もちろん人も虫も自然界の諸法則にしたがって存在するのですが、生物としての在り方が非常に異なるので、別の世界の住人のように思えてくる、そこが面白いんだ、という意味と思います。つまり、養老さんの目で視れば、虫は蟲なんでしょう。
 そして蟲の存在を知ると、我々の常識の外側にもいろんな世界があることに気づかされます。ニュートン力学が銀河や素粒子の世界に通用しないように、日常の常識が狭い世界の価値観に過ぎないことを教わります。
 「我々の”命”の別の形」という意味では、クラゲも蟲、コケも大腸菌も蟲。異国や大昔の人間たちも我々にとっては蟲の一種かもしれません。私が昆虫や歴史に興味があるのも、結局蟲との付き合いを通して自分の視野を広げたいからかもしれません。

 コミックの方は3巻まで読んでいますが、アニメーション版は原作つきアニメとしては最高レベルの出来栄えだと思います。「枕小路」の回はマンガではそれほど印象的でもなかったのに、アニメでは夢野間の群れが飛ぶ映像表現にえらい感心しました。
 マイベストエピソードは「筆の海」です。アニメ版はこの回見逃してとっても残念です。

Posted by: 秦太 | April 23, 2006 at 06:49 PM

熱く深いご意見ありがとうございます
ちょっと秦太さまとは意見が異なるやもしれませんが、自分には「蟲」が生命というより、自然現象の方に近いなぁと感じられました。
でも現実に存在する虫・細菌も、とても合理的である一方で、我々の感情移入を一切ゆるさないという点では、限りなく「現象」に近い生命なのかもしれません 

>そして蟲の存在を知ると、我々の常識の外側にもいろんな世界があることに気づかされます。

同感です。虫と我々の間とでは、流れる時間の速さすら違うという説を聞いたことがあります。それほどに異なる存在であるのに、自然の中では密接に関りあっていて、一つの大系をなしているということは、まったく不可思議というほかありません
到底理解しあえない存在なのだけど、なぜか親しみを感じてしまう
「あいつらは友達じゃない。でも好きでいるのは自由だ」
作中のそんなセリフが、ムシ愛ずる我々の気持ちを代弁してくれている気がします

自分は原作はまったく未読です。恐らく素晴らしい漫画だとは思いますが、この『蟲師』という物語は、「色」がついてこそ真価を発揮するのではないかな、と感じられます。特に上に挙げた第7話の「虹」や、第18話の「山」の色彩感覚は目に強い印象を残しました

「筆の海」もいい話でしたね。地上波放映の追尾を飾るのにふさわしいエピソードでした

Posted by: SGA屋伍一 | April 23, 2006 at 11:02 PM

さっそくご返事ありがとうございます。

>「蟲」が生命というより、自然現象の方に近い
というSGA様の捉え方は、きっと私の受けた印象とほとんど違わないんだと思います。

 聞きかじりの話ですが、「微生物が繁殖のために雲を作る」という奇抜な説があるそうです。
 雲ができるには水蒸気が水滴に凝結する核になる微粒子が必要なのですが、海に住む微生物が作る硫化物がその核になっているらしいのです。海洋微生物は、自分たちが作った硫化物で上昇気流と雲を出来やすくして、波の飛沫から空に舞い上がり、雲の水滴に乗ってはるか遠くまで分散するのに利用しているのではないか、という大胆な仮説です。

 これって、「硯に棲む白」に登場した、岩石中と雲の中に棲み雪や雹を降らす蟲「雲喰み」とそっくりですよね。
 ここで「雲喰み」という蟲は、微視的には生命体、巨視的には自然現象と言えるでしょう。「雲喰み」に限らず、『蟲師』に登場する蟲たちは何かしら不思議な現象によって人間界と接触を持つ存在なので、現象自体も、現象を起こす存在も、両者が分かちがたい場合も、みんな「蟲」なのではないかと思います。

Posted by: 秦太 | April 24, 2006 at 01:37 AM

どうもこちらの読みが浅かったようで。失礼しました。
>「微生物が繁殖のために雲を作る」

まさしく「蟲」がごとき現象ですね。極めて原始的な生き物にさえ、このような離れ業ができるのだとすれば、驚異としか言い様がありません。

考えてみると作品ほどファンタジックでないにせよ、わたしたちの身のまわりにも生物が引き起こす不可思議な現象は幾つもあるわけで。そんなことに三十路を越えたいまごろ、ようやくぼちぼち気づきはじめた次第です。

Posted by: SGA屋伍一 | April 24, 2006 at 10:24 PM

こんばんは!TBとコメントどうもでした!
こちらからも送ってみたのですが同じココログなのになぜか反映されず。。。

アニメ版放送前、長濱監督の「とにかく原作に忠実に映像化することを心がけている」というお言葉をアフタヌーンの特集記事で読み、
原作そのままをアニメにして一体何の意味があるのか、と実はちょっぴり不安だったのですが・・・実際の放送を観て驚きました。
ほんとーに原作そのままでありながら、さらに深く心に響く映像や音がそこにあったから。
こんなハイクオリティな作品を、深夜のテレビアニメとして放送してていいんか!と、毎回溜め息。

実写版の方は映像をチラっと観る限りビミョーですが、もしかしたらこちらも意外とイイ風にできてるかもしれませんよね。。。
何が心配って、オダジョーギンコじゃなくて監督が大友さんであるという点なんですけどね(笑)

Posted by: kenko | March 10, 2007 at 09:29 PM

こんばんは。いつもコメントありがとうございます

>同じココログなのになぜか反映されず。。。

なぜだ! 罪滅ぼしにURL貼らせていただきます・・・
http://kenko-note.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_6eea.html
すいません

kenkoさまはアニメ化以前からのファンだったんですね。さすがです
「原作ファンからも納得」という作品ってそうそうない(最近じゃ『プラネテス』くらい?)ですけど、この『蟲師』は数少ない例外みたいですね

で、非難を浴びそうな劇場版(笑)、どうなりますことやら
大友さんも『スチームボーイ』とか見ると「だいぶ毒が抜けてしまったなあ」と。だからこそこの作品を選んだのかもしれませんけど

Posted by: SGA屋伍一 | March 10, 2007 at 10:04 PM

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