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April 24, 2006

風と雲とギャグと 『風雲児たち』を語ってみたい⑥

今回は外伝というかミッシング・リンク的なエピソードである「宝暦治水伝」について。潮版で30巻、リイド版で3巻201Pから4巻88Pまでのお話です。

時は宝暦4(1745)年。幕府より突如として、薩摩は島津屋敷へ向けて、ある書状がとどけられた。それは薩摩藩に対し、遠く濃尾平野まで藩士をつかわし、毎年氾濫する木曽三川の治水工事に従事させよ、というものだった。しかも費用は薩摩持ちで。
ただでさえ財政がきついところに、そんな大工事をボランティアで引き受ければ藩の経営は破綻する。いきり立つ薩摩武士を静まらせたのは、家老平田靭負の次の言葉だった。
「薩摩の地と人々を守るためなら我等はよろこんで命を投げ出すであろう」「ならば同じことではないか」「濃尾の地に水害に苦しむ多くの人々がいるのだっ」
かくてはるばる濃尾へむけ、旅立った約千名の薩摩藩士たち。しかしその行く手には想像を絶する困難と、幕府の陰湿な妨害が待ち受けていたのだった。

このお話はもともと『風雲児たち』のタイトルで発表されたものではなく、みなもと先生がある財団から依頼を受けて書き下ろした作品。初出タイトルは『波濤』。それを後で『風雲児』の外伝という形で、公に出版したものです。だもんで、本編と比べると少しギャグは少なめ。それに、ぶっちゃけなくとも後の話にはそれほど支障のない部分なのです。
しかしこのエピソードは、後に触れる大黒屋光太夫のくだりとならんで、わたしが無印版『風雲児』全編で最も衝撃をうけた話でした。最初に読んだときは電車のなかで鼻水がとまらなくなり、えらい往生したのを覚えています。またこの「外伝」を読むことで、幕末における薩摩と幕府の関係が、どうしてああいうものとなったのか、より深く理解することができるでしょう。

奇妙な因縁が生み出した異郷の人々との友情。度重なる幕府の非情な仕打ちに耐える薩摩藩士たち。懸命な努力を一瞬にして無に帰せしめる自然の猛威。
そしていよいよ万策尽き果てたとき、畳が汗でへこむほど、平田が悩みぬいて考え出した最後の手段とは。
「薩摩武士の誇りなど自然の猛威には何の役にも立ち申さん」「場合によっては人として最低限の誇り・・・ それさえ捨てねばならぬ時がございましょう」「人の誇りまで捨てて、いったい何が残るとおっしゃいます」「工事の完成の暁には 多くの命が救われ申す」

人は果たして他の誰かのために自分の命を投げ打てるのか。この歴史秘話は、その問いに少なくとも一つの答えを差し伸べています。

「宝暦治水」のお話は、杉本苑子先生も『孤愁の岸』というタイトルで小説化されております。何度か舞台にもなってるとか。
さて、ある時わたくし、鹿児島の方とお話する機会があり、その時「あの『宝暦治水』のお話はいい話ですね」と言ったところ、「いや、あれはお上に命じられて嫌々やったことだし、薩摩は密貿易でがっぽがっぽ儲けてたんだから別にいいんじゃないの?」という返事。うーん、地元の人の認識ってこんなもんなんでしょうか。
ともあれ現在鹿児島と岐阜は、姉妹県となっているということです。

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Comments

まいどです。
宝暦とは無関係ではいられないまさとしです。
>幕府の陰湿な妨害
この年になってこの件はな~んも知らんかった・・・・・。
最近、ジョン万次郎の事も国語の教科書で習った事を思い出した。
例によって幕府の取調べのくだりは一行で終わり。
>それを後で『風雲児』の外伝という形で、公に出版
オリジナル通りの順だったら高野長英の死でがっくりした次に(一応)
最終回でのダブルショックを緩和できただろうに(コラ
宝暦のショックより高野長英の死に関する事の方がよほど重大
に思えた。
>別にいいんじゃないの
立場変われば、ところ変わればという事か。
>「薩摩武士の誇りなど自然の猛威には何の役にも立ち申さん」
誰もが似たような感情を抱いた経験はあると思いますね。
ではでは。

Posted by: まさとし | April 29, 2006 at 01:21 AM

公約どおり来て下さって、ありがとうございます。

> この年になってこの件はな~んも知らんかった・・・・

いや、普通は知らんでしょう。歴史に多少興味でもないかぎり
日本史はそれなりに知ってたつもりでしたが、『風雲児』で「へーっ そんなことが」と驚かされたことは一度や二度じゃないですね

>宝暦のショックより高野長英の死に関する事の方がよほど重大
に思えた。

わたしの場合、これは先に知ってたので、それほどショックではなかったです。何度読んでもやるせない部分ではありますが
長英先生は、無印版後半で一番目立っていた人物でしたね

>誰もが似たような感情を抱いた経験はあると思いますね。

ですね。自然をなめたらアカン、ちゅーことでしょうか

Posted by: SGA屋伍一 | April 29, 2006 at 10:04 PM

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