平成ライダーの六年間を振り返る アギト編④
昨日第7作が始まった(よく続くなあ)にも関わらず、まだ第二作の話題です。
『アギト』編第4回。今回は「力を得たために己を見失ってしまったもの・道を誤ってしまったもの」について。
平成ライダーシリーズに良く出てくる警告のひとつに「力の危険性」があります。自分で着実に身に着けた力はともかく、偶然なにかのきっかけで手に入った大きな力は、往々にして人を変えてしまうものです。『アギト』の主役三人もそういう境遇なわけですけど、彼らは持って生まれた資質や健全な精神でもって、自分をなんとか保っています。それでも、その力が暴走してしまう描写も再三に渡ってありました。
まして、精神の不安定な者にとって、その力は害にしかなりません。『アギト』におけるそういった例を紹介します。
まずは劇場版「PROJECT G4」に登場する水城史郎。対アンノウン用に自衛隊が開発した特殊スーツG4の装着者です。その戦闘力は計り知れません。しかしそのG4は装着者の命を徐々に蝕んでいく死のスーツでもあったのです。
水城はその力に魅せられ、また死んでいった先達への義理のため、進んでやがて来る死を迎え入れようとします。終盤において対峙するG4・水城とG3-X・氷川誠。死に魅入られてしまった水城に対し、氷川はこう叫びます。
「ぼくの友人に生きることは無条件ですばらしいと思っている男がいる(主役のことです)。ぼくは彼のようにはなれない。あなたのようにもなれない。中途半端です。でもぼくは、生きることを素晴らしいと思いたい・・・」
まあ、彼が「中途半端」だというなら我々のほとんどは「中途半端」です。まして今の日本で「命を投げ出してもいいことを見つけた人」というのは極めて少ないでしょう。でも、そんなことを見つけなくてもいい。何よりもまず生きることにしがみつけ、というメッセージを、このセリフからは感じました。
もう一人は先の回で述べた「あかつき号」事件の生存者のリーダー・木野。あかつき号に関わったものはみな初歩的な「アギト」の力を手に入れ、そしてその力のゆえに精神の均衡を失っていきます。
木野はその中でも順応力が高く、ついには「アナザー(もう一人の)アギト」に変身できるほどの能力を身に着けます。しかし彼も心の中に闇を抱えていたため、誤った道へと堕ちていきます。木野はかつて登山中弟を犠牲にして自分が助かったことに、深い後悔の念を抱いていました。アギトの力を与えられた彼は、このために・・・人類の救世主となるために自分は生かされたのだと思い込みます。しかし主人公翔一や涼といった他のアギトの存在を知った時、木野の心はゆがみ始めます。救世主は自分でなければならない。で、あるがゆえに他のアギトは抹殺しなければならない・・・
はっきり言って木野は狂っています。冒頭で述べたように、その狂気は突如として得た不相応な力と繊細な精神によりひき起されたものでした。けれど若者たちに敗れ、その純粋さに触れた木野は、幸いにも本来の穏やかな自分を取り戻すことができます。薄れいく意識の中、死んだはずの弟と笑顔で下山していく幻をみる木野。ここはわたしが『アギト』全編でもっとも好きなシーンであります。
新人類・アギトが増殖していくことを予感させ、物語は幕を閉じます。果たして人類は異分子であるアギトを受け入れるだろうか・・・ ラスト近く、二人の男がそのことで賭けをします。「きっとおれが勝つさ」「人類はアギトを受け入れる」 その希望は、第4作である『ファイズ』において再び問われることになります。
『クウガ』の人気を引き継いだ形の『アギト』は、現在までの平成ライダー作品中最も高い視聴率を記録。そのために二年の予定だった(らしい)平成版仮面ライダーシリーズはさらに続くことになり、最大の問題作『龍騎』を迎えることになるわけですが、その話はまた次回。
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