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October 31, 2005

平成ライダーの六年間を振り返る クウガ編④

というわけでクウガ編のテーマについて考えます。いまさらですけど、ネタバレしてるのでご了承のほど。

『クウガ』のテーマとは何ぞや。それは「絆」というか、「相互理解」というか、「ヒトとヒトはわかりあえるか?」というか、そんなところだと考えます。
この作品には入れ代わり立ち代わり、ふとしたことでコミュニーケーションがうまくいかなくなってしまった人々が登場します。親と子、教師と生徒、幼児と幼児などなど。世間とうまく関わりをもてない青年も出てきます。
しかしまあ大抵は五代とその仲間たちががんばるおかげで、こじれた関係は改善されます。クウガ自身、最初は怪物とみなされ警官たちの一斉射撃を受けます(ひでえ)が、彼自身と朋友・一条の努力で、最後には警察組織全体の協力を取り付けるまでにいたります。いや、お見事。

ところが、「こりゃどーしても和解できんなあ」という方たちもおられます。それが戦闘種族たるグロンギさんたち。彼らはハナから人間たちと理解しあおうなどと思ってませんし、自分たちの間ですら信頼や強調を持とうとしません。我々とはまったく別の生き物と考えればあきらめもつきますが、作品上で「ホモ・サピエンスとあんまり変わらない」ことが明らかにされます。五代たちが「がんばればわかりあえる」ことを訴えている一方で、このグロンギさんたちの存在は作品に一抹の影を落としています。

クライマックスで五代は泣きながら、ダグバ(グロンギの長)は笑いながら、どつきあいます。暴力を忌み嫌うものと、暴力に快感を覚えるもの。それは人類が歴史上ずっと繰り広げてきた反目であり、到底理解しあうことなどできないようにも思えます。けれどもこれは誰かと誰かの間だけでなく、一個人の心の中でも行われる葛藤です。まあ、「暴力大好き!」な人に共感を抱いてしまうのもアレですけど、人にはそういう暗部があることを認めるなら、お互い理解することも可能かもしれません。
とりあえず作品では、いつか人もグロンギとわかりあえるかも、という希望をそこはかとなく残して終わります。それがいいことなのか、悪いことなのかは別として。

さて、この『クウガ』は五代と一条という、立場も性格も異なる二人の青年が、お互い信頼を深めていく物語でもありました。一条という男は、あまり器用ではない人物として描かれています。相手に悪いと思っていても、役にも立たん謝罪を言うよりは、行動でそれを証明するようなタイプ。
しかしいよいよこれが最後かもしれない、という段になって、一条はようやく五代に「ずっと済まないと思っていた」と吐き出します。それに対し「おれ、良かったと思ってます。一条さんに会えて」と答える五代。そんなことはとうの昔にわかっていたのでしょう。わたしが『クウガ』で一番心に残ったシーンです。

『クウガ』編は今回で終了。次回より『アギト』編に移ります。

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