平成ライダーの六年間を振り返る クウガ編②
『クウガ編』第二回は「“仮面ライダー”としての『クウガ』」ということで。
実はこのクウガというヒーロー、作中で「仮面ライダー」と呼ばれたことは一回もありません。世間的には怪人と同じ扱いで「第4号」と呼ばれています。正体を知る人々は単に「クウガ」と呼びます。そんな「クウガ」のどこが「仮面ライダー」なのか、考えてみたいと思います。
オリジナルの仮面ライダーは、最初ドクロをモチーフとしたものだったそうです(「ズキン!とくるものが無ければダメなんだ」石ノ森先生・談)。しかしそのあまりのショッキングさから、製作サイドは却下(笑)。そこで先生がなんかガイコツに似た物を・・・・ということで思いついたのがバッタだったという話。ともあれこの話からわかるように、仮面ライダーのあのデカ丸の目というのは、もともとドクロの目なんですね。
そんなわけでライダーというのは生まれながらのヒーローではないことがわかります。もともとは悪の組織が作った人間兵器なわけですから。それがシリーズが人気を博すにつれ、ヒーローの代名詞となっていった。これはこれでいいんですが、石ノ森先生はことあるごとに「ライダーは基本的には怪人と同類」とおっしゃっておられました。ですから仮面ライダーが正義なのは、その出自・ルックスのゆえではなく、行為のゆえということ。この点が『クウガ』に忠実に受け継がれた点です。
まずオリジナルのデカ丸の目。そして復活した場所が埋葬所や教会の側であることも、死体→ドクロを連想させます。
そしてはやくも初期の段階で、クウガもまた正義の化身でもなんでもなく、単なる「戦うための兵器」であることが明らかになります。さらにはパワーアップするにつれその破壊力は甚大なものとなり、力が極限に達した時、世界に終末をもたらすほどの存在であることも明かされます。この究極体のクウガは全身真っ黒であちこちとんがっており、どうみても悪の怪人といったデザイン。むしろ宿敵である0号=ダグバの方がカラーといい、スタイリッシュなデザインといい、正義の味方然としています。なぜ製作者たちはこれほどまでにクウガに負のイメージをちりばめたのでしょうか。
その答えは先ほども述べたように、「肝心なのは外見や環境ではなく、精神」ということを訴えたかったからでは、とわたしは考えます。「クウガ」はしょせん道具・あるいは手段にしかすぎません。それを弱者を守るために用いるならば、悪しき存在も正義の味方となりうるわけです。そして「クウガ」を用いる人間、五代雄介は幸いなことに、青空と笑顔を愛する純朴な青年でした。彼の体を張った行為により、人々は次第に「第4号」をヒーローとして認知するようになっていきます。そして五代の人を思いやる心は、最終的にクウガの究極の負の力にも打ち勝ちます。こうした展開から、わたしたちは「ひとはどんな厳しい環境にあっても、気高い精神を保つことができる」という結論を見出す事が出来ます。これは石ノ森先生のオリジナルでも描かれたことです。「体はもろくて弱いものだからな。・・・・だが精神は永遠不滅だ!」(原作『仮面ライダー』より)。
もちろん、心とて弱いものである時があります。むしろ、弱い時の方が多いかもしれません。しかし誰でも心を鍛えることにより、どんな逆境にも絶えることができる。英雄になることができる。そうあってほしい。・・・・・そんな願いをこの作品からは感じました。
次回はたぶん『クウガ』のテーマについて語る予定。

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