夏がくれば思い出す② 京極夏彦 『姑獲鳥の夏』
ただでさえ暑いのに、チャーハンなぞ作ったら余計に暑くなりました。だって・・・・ 冷や飯があまっちゃったんですもの。
というわけで夏の思いで第二弾は京極夏彦先生のデビュー作『姑獲鳥の謎』。劇場版はぼちぼち終わりそうですね。
この本が出版された1994年の少し前、ミステリー界では本格派とハードボイルド派の、それはお子チャマみたいな微笑ましい争いがありました。わたしはどちらかといえば本格派で、ハード連からひいきの作品・作家がこきおろされるたびに「ちきしょおおお! 好きなこと言いやがってえええ!!」とむなしい怒りを燃やしたりしていました。
で、京極夏彦氏は本格派の急先鋒である、講談社ノベルス今年一押しの新人!みたいな形で世に出られました。ノベルス版の裏表紙を見ると、まずミスター新本格・綾辻行人氏が「『姑獲鳥の夏』を読んだこの夏の日の目眩くひとときを、ぼくは生涯忘れないだろう」と激賞してます。綾辻氏の先輩格である竹本健司氏も「最強のカード」と右に倣っておられました。ま、こーゆーアオリ文句というのはおおむね何割かリップサービスが混じっているものですが、先に述べたように本格ラブだったわたしは、「多少の傷は大目にみてやるわい♪」という感じで本書を手に取ったのでした。
終戦からまだそれほど経っていない東京。雑司ヶ谷のある病院の娘が、二十ヶ月も妊娠しつづけているとの噂がたつ。作家の関口巽はその事件に興味を抱き、友人の古本屋・京極堂や、同じく友人の榎木津の力を借りて真相に迫ろうとする。しかし関口を含めた関係者すべては、やがて恐るべきカタストロフィーに導かれていくのだった。
くどいようですがわたしはこの本を「本格推理小説」として読んでいました。たしかにややこしい京極堂のウンチクも含めて、この物語は「本格」っぽく進展していきます。しかしこの小説の根幹をなす謎が明らかにされた時、わたしは
「・・・・・・ ・・・・・・ そんなんありか!」
と叫びました。ちょっとこの真相は、本格派びいきのわたしでも、やや受け入れ難いものだったのです。そしてまた敵チームから、「猛烈なつるし上げにあうんだろうな」と予測しました。ところがこの作品、一応一通りくさされはしたものの、全体的には「まあ、いーんじゃない?」という評価で受け入れられました。京極氏は二作、三作と書きつづけるにつれ、どんどんファンを獲得。しまいにゃいつのまにか新本格のブームは、他ジャンルとの複合形である「メタ・ミステリ」の隆盛へとシフトしていきます。そのきっかけをつくったのは、ホラーであり、SFであり、推理小説でもあるこの『姑獲鳥の夏』であるといっても過言ではないでしょう。
わたしといえば第1作は「ダメだこりゃ」と思ったものの、辰巳四郎氏の「連作装丁」につられて第2作『魍魎の匣』
も購入。そのバカ面白さにウヒウヒと興奮し、京極さんへの評価を一変させちゃいました。で、もう一度『姑獲鳥』を読み直してみたら、こんどはけっこう面白く読めたのですねえ。「本格」としてではなく「京極小説」(としか言いようがない)として鑑賞したからだと思います。ただ、序盤で京極堂が述べる量子力学が本編とどう有機的につながるのかは、未だにちゃんと理解できずにいます。観察者は観察することによって対象に影響を及ぼしてしまうけれども、「観察する」という意識がなければ対象は何ら変化しない・・・・事態は進展しないということか? いけない、ちょっと脳がオーバーヒート・・・・ おまけに微妙にネタバレしとる・・・・
まあそんなわけで、わたしはこのころから前よりも本格推理と距離をとるようになり、代わりになぜか山田風太郎にめちゃくちゃのめり込んでいってしまったのでした。
この本は、確か一年ぶりに部活の仲間たちに会いに行った町で買ったのでした。はしゃいでいるうちに終電がでてしまい、しかたないので近所の公園で、みんなでまったりと夜が明けるのを待った。そんな思い出が本と一緒にくっついていたりします。そう、あれからもう11年か(苦笑)。
Comments
おお、久しぶりのミステリーネタだなあ。山田風太郎以来か。
たしか、この「姑獲鳥の夏」も「魍魎の箱」も君に借りて私は読みました。古くからの友人でありながら、なかなか趣味は合わないのだけれども、この2作は珍しく意気投合したなあ、と記憶しております。お礼も兼ねてコメントを…(迷惑か?)。
このデビュー作は次の「魍魎の箱」を読むための試金石ともなる作品だなあ、と思っています。これを読んで怒らなければ次はもっと楽しめるし、そうでなければ「魍魎の箱」にすらたどり着きにくい…。
私も別の友人に「魍魎の箱」を読んでもらうため、まずこの本を薦めるのですが、結構みんなここで止まっちゃう(笑)。まあ、私も相当苦労しましたけどねぇ…(笑)。
ただ、それほど怒ることもありませんでした。
デビュー作だし、人物像や世界観がしっかりしているし…、ただ、まあ怒らなかった1番の理由は、君が予めいろんな意味で警告してくれていたおかげだけれども…(笑)。
Posted by: ゼンザイ | August 23, 2005 10:04 AM
こんばんはー。
うちも本格好きやったので、「新本格」っていっぱい出たとき、かたっぱしから「新本格」にはまったのでありますが、1作目で「おおっ」て思っても次が面白くない人が続出で悲しかったっす(>_<)
京極も「本格」って出たっすよね(今もそー紹介してるとこあるし)。やっぱしまず第一声は「本格ちゃうやーん」でした。
「魍魎の箱」は読んで欲しいし、ここは抑えてほしいとこっすよね。映画にもなったから今がお勧め時なのかなー。でもうちの連れ、本読む人少なくて(>_<)
Posted by: やまわき | August 23, 2005 09:37 PM
>ゼンザイ先生
お仕事ご苦労さん。
>なかなか趣味は合わないのだけれども、
そうねえ。他は綾辻作品、バトル・ロワイアル、燃えよ剣、亡国のイージス・・・・くらい?
>「魍魎の箱」を読むための試金石
なるほどね。『姑獲鳥』があわなくっても、騙されたと思って『魍魎』までは読んで欲しいものだけれど。やっぱし『魍魎』が一番面白かったよ。その後もいいけど。
>君が予めいろんな意味で警告してくれていたおかげだけれども…(笑)。
いつもネタバレしてスマン(笑)。そうそう、『終戦のローレライ』だけど最後はねえ、(ピー)
>やまわきさま
リンク快諾ありがとうございます。
>1作目で「おおっ」て思っても次が面白くない人が続出で悲しかったっす(>_<)
法月○太郎とかですか(笑) 『頼子のために』から持ち直しましたけど。
>京極も「本格」って出たっすよね
考えてみると、妖怪の仕業みたいなことが(一応)合理的に解明されるあたりは、島田荘司の「本格ミステリー」論を忠実に実践してるんですよね。でも本格マニアは死んでも認めないだろうなー。
>映画にもなったから今がお勧め時なのかなー。
やっぱり今週いっぱいで公開終了だそうです。できれば観にいきたかったんですが。
Posted by: SGA屋伍一 | August 23, 2005 10:32 PM
京極堂シリーズは、4,5冊ほど読みましたけれども、この方の創る話って、「京極小説」に分類する他ないと思いますねぇ。私個人はミステリ類が苦手なんですけれども(ややこしい意味がある訳ではなく単に憶えたり考えたりしながら読むのがメンドイ)、ミステリ要素をあまり気にせずにだらだらと読み楽しむだけで、読書欲をたっぷりと満たしてくれる本でした。
Posted by: ほーりぃ | May 30, 2006 12:50 PM
ほーりぃさまもいろいろ読んで尾られますなー。
京極堂はとりあえず『塗仏の宴』までは読んでます。『陰摩羅鬼の瑕』も読みたいと思いつつ、いまだ手つかず。
>この方の創る話って、「京極小説」に分類する他ないと思いますねぇ。
そうですねえ。普通この手の話って「謎解き」がメインにくるわけですけど、京極堂シリーズは謎解きと同じくらい「雰囲気」とか「ウンチク」が重要視されてると思います。いまだにこの「妖怪ミステリ」?他の追随を許しませんね。キャラクターたちも実に個性的です。
ミステリは苦手、とのことですけど、綾辻行人さんの作品なんかは、推理するヒマもないくらいずんずんと読者をひっぱってってくれますよ。
Posted by: SGA屋伍一 | May 30, 2006 09:34 PM
>謎解きと同じくらい「雰囲気」とか「ウンチク」が重要視
そう、そこなんです。色いろな手段を用いて創りあげられる京極味、手が込んでいて食べごたえは重量級(笑)。本、読みたーい!という気分の時に、しっかり応えてくれます。
ところで、今まで読んだ京極氏の作品の中でいちばん好きなのは、「堂シリーズ」ではなく実は、「嗤う伊右衛門」だったりします。ふふ。結局、恋バナに走るんかい、とかいう突っこみが聞こえてきそうですが、これはもう趣味の問題なのでご了承ください。。。
>綾辻行人さんの作品
この方のお名前は、よく見かける気がしますね。今度トライしてみようかな。私の、持久力の無い脳が頑張ってくれるならば…(笑)
Posted by: ほーりぃ | May 31, 2006 12:42 PM
ああ、すいません!(なぜあやまる)
わたしも「嗤う伊右衛門」大好きです!
「貴様も真の悪党ならば、首が飛んでも動いてみせよ」と寂しげにいう伊右衛門。「伊右衛門さまです・・・」深い余韻を残すラストシーン。
あのグロい怪談を、切ないラブストーリーにしてしまう京極先生の力技に脱帽です。
綾辻作品では『十角館の殺人』『緋色の囁き』がおすすめです(ともに講談社文庫より)。ただ後者はちょっと怖いお話。
そうそう、『バガボンド』、また次週より連載再開だそうです。
Posted by: SGA屋伍一 | June 01, 2006 07:57 AM
>わたしも「嗤う伊右衛門」大好きです!
わぁ(嬉)そうなんですか。元は怪談なのに、凄く美しいお話ですよね。
なんか怖いのん読みたいなぁと思いつつ手にしたこの本、ラストを迎えてみれば・・・こんなに切なく、泣ける物語を私は知らない、今んとこ。伊右衛門もですね、初めはおっとり、もっさりキャラかなと思っていましたが、与力をばっさりと切るシーンにはまじで心奪われたことでございます。。。なぜ、この恐ろしいはずの箇所を印象的に、美しいと感じるのかは、自分ながら謎ですが・・・(危ない?)
Posted by: ほーりぃ | June 01, 2006 12:52 PM
たしか当時の書評に「なぜ伊右衛門に醜いお岩に魅かれたのかわからない」というのがありました。でもねえ、こういうのって、理屈じゃないんですよねえ。
>この恐ろしいはずの箇所を印象的に、美しいと感じるのかは、自分ながら謎ですが・・・(危ない?)
それも理屈じゃ説明できないのでは(笑) わたしは恐ろしいとは思いませんでした。むしろ「いいぞ! 伊右衛門! よくやった!(でもちょっと遅いよ!)」と。こっちの方が危ないかも
Posted by: SGA屋伍一 | June 02, 2006 08:23 AM
>理屈じゃないんですよねえ。
ええ確かに、おっしゃる通りで御座います!美醜なんて、古今東西で異なるもの。正義、法律、道徳だって同様さ。理屈で説明がつかなくても、伊右衛門がお岩に魅かれたののを不自然には感じませんしねぇ。
>「いいぞ! 伊右衛門! よくやった!(でもちょっと遅いよ!)」
あー私もそれ、思いました(笑)スカッと爽快。(←暗い喜び・・・)
Posted by: ほーりぃ | June 02, 2006 12:51 PM
>理屈で説明がつかなくても、伊右衛門がお岩に魅かれたののを不自然には感じませんしねぇ。
そうですね。この辺が小説の便利なところで、「醜い」と書いてあってもキャラクターが魅力的だと、それなりに好感がもててしまう。マンガでババーンとひどい顔を見せられたら、すこし引いてしまったかもわかりませんが。
>スカッと爽快。(←暗い喜び・・・)
結局だーれも救われませんでしたからね(苦笑)。主役お二人はある意味ハッピーエンドかもしれませんが。
Posted by: SGA屋伍一 | June 02, 2006 10:22 PM