小兄大弟 荒川弘・水島精二 『鋼の錬金術師』
最初に謝っておきます。実はわたし、原作マンガをまったく読んでません。というわけで、ここではアニメ作品として『ハガレン』を語ります(いまさら)。
『ハガレン』の第一印象は「よくあるドラクエ風のライトファンタジー?」。見始めた動機も、「『ガンダムSEED』の後番だったから」というまことにいい加減なもの。で、実際第1話を見ると、テンポ良く進んでいくものの、それほど突出した要素はありませんでした。ただ、ラストカットで悪役が「そやつのふたつ名は鋼・・・・ 鋼の錬金術師!」と叫ぶ→タイトル登場→OP(ED?)テーマ『メリッサ』が流れ出す・・・・この流れがとってもかっこよかったので、「とりあえず見てみようか」と思ったのでした。
最初の印象が少し変ったのは、第3話で主人公のエド・アル兄弟の旅の理由が描かれるくだり。ふたりは母親を生き返らせるため、錬金術最大の禁忌である「人体錬成」を行う。しかし母とはかけ離れた化け物が出来てしまい、さらに兄は片手・片脚を、弟は体を丸ごと失う(命は側にあった鎧に乗り移った)という結果に終る。二人は失われた体を取り戻す術を見つけるため、家を後にしたのだった。
大抵ファンタジーの主人公が旅をする理由と言うのは「世界を救うため」「悪の魔王を倒すため」だったりするわけですが、エルリック兄弟のそれはどちらかというと、自分たちのしでかした過ちに端を発するものです。この辺に「なんか(他と)ちょっと違う」ものを感じたのでした。
そして兄弟の前には次々と、自らの願望を追い求めて、道を踏み外したものたちが現れます。それがもっとも印象的だったのが、第7話。ある事情で兄弟を世話することになった錬金術師、ショウ・タッカーは、自らの功を焦るあまり、年端もいかない自分の娘・ニーナを犬と合成してしまう。わたしは石川賢マニアの脚本家・會川昇氏が、『魔獣戦線』でもイメージしてこんな救いのない話でも作ったのかと考えてましたが、あとで原作に元からあった挿話であることを知り、意外に思いました。はっきり言ってとてもイヤな話ですが、スタッフが本気で作っていることはこの回のみ特別のEDが流されたことからわかります。
キャラクターは可愛いし、ギャグもたくさんあるものの、夕方6時のアニメにしてはえらく重苦しい内容です。先に述べた幼児虐待、あるいは民族浄化など、そこにあるのはわたしたちの世界にもある厳しい現実です。「あんまりそういうことをアニメでやってほしくない」という意見もあるでしょうが、この厳しい世界を生きていく上で、青少年たちにはいい教材になったのでは、と思います。
1年という長いスパンの中で、画質・内容ともに一定の水準をたもちつづけたことも評価に値します。作者からの注文は「原作とは違うエンドにすること」というものだったそうです。ってことはもう原作の結末は、作者の頭の中でしっかり決まっているということがわかります。そうなるとやはり原作に手を伸ばしたくなりますけど、作者が言うには「いまようやく折り返し地点」ということなので、もう少し待った方が精神衛生上いい・・・・のかしら。
次はこのほど公開された劇場版について語ることにするであります。



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