今ごろ『新選組!』番外編① 司馬遼太郎 『燃えよ剣』
というわけで予告どおり番外編。子母澤寛の『新撰組始末記』とならび、その後の“新選組もの”全てに影響を与えたこの作品について語ります。
昨年は大河の影響か、わたしのまわりでちょっとした『燃えよ剣』ブームが起きました。みんな面白いと大評判。今さらながら司馬先生の筆力に感服致しました。
この作品が後の“新選組もの”に特に影響を与えた点を二つ。戦前・戦中は新選組は物語においてバリバリの悪役でした。政府の基礎を据えた方たちと真っ向から対立してたわけですから、当然と言えば当然です。けれどこの『燃えよ剣』が書かれたことにより、新選組も血に飢えた悪鬼の集団ではなく、それなりに夢を追う若者たちであったことが知られるようになりました。冒険小説でいうと『鷲は舞い降りた』と似た位置付けです。
もう一点。それまでは新選組といえば「近藤勇とその他大勢」というイメージでした。ところが本書により土方歳三の数奇な人生にスポットが当てられると、この後はどちらかというと土方・沖田を中心に据えた作品の方が多くなってきます。大河は一応近藤勇が主人公でしたが、この作品からも大きな影響を受けているとみて間違いないでしょう。
改めて読み返して印象的だったのは、上巻の土方の非情ぶり。姉夫婦から名刀を買ってもらった嬉しさのあまり、ついつい辻切りまがいのことまでやっちゃったりします。おいおい、トシさん、さすがにそりゃやばいよ。
その一方で沖田や近藤にはいたわりを見せ、下手な俳句なんかひねっていたりする。こういうアンバランスでクールな二枚目に、時代を越えて婦女子達はキューンと来ちゃうのでしょうね。ああ、腹立つ。
その土方も、下巻に入るとそれまでにはなかった、情にもろいような一面ものぞかせるようになります。「芹沢鴨、山南敬助、伊東甲子太郎・・・・・・それらをなんのために斬ったのかということになる。かれらまたおれの誅に伏するとき、男子としてりっぱに死んだ。そのおれがここでぐらついては、地下でやつらに合わせる顔があるか」
上巻の土方であれば、まず口にしないようなセリフです。遠からぬ挫折を予期してか、あるいはお雪という生涯の伴侶を得たことが彼を変えたのでしょうか。
土方という男には、どことなく優れた芸術家のようなところがあります。恋もするし趣味もある。でもなにより優先すべきは新選組という、優れた作品を描きあげること。そのためならいくらでも非情になるし、どんな犠牲をもいといません。けれども彼は製作の途中で、どうあがいても頭の中のイメージどおりには完成できない、という現実をつきつけられます。そこで彼は理想像を忠実に再現するやり方から、筆の走るままに自由に描くスタイルに切り替えます。だからでしょうか。北へ、北へと負け戦を続けていく中にあっても、彼にはあまり暗さがありません。むしろ意気揚揚と旅をつづけます。「新選組」の代わりに、今度はあたかも「自分の人生」という作品をえがくかのように。
長年倉庫に埋もれていたその作品は、司馬遼太郎という鑑定家に見出され、今では名画として、多くの人に親しまれているというわけです。
ガラにもなくマジメなことを書くと指がつる(笑)。次回は続けて『新選組血風録』について語ります。
補足トリビア:ブルース・リーの代表作『ENTER THE DRAGON』の邦題はこの『燃えよ剣』から取られたそうです。覚えて友達に自慢しましょう!
Comments
実は源さんに次いで気にっているのは
歳で、それもこの萌えよ・・・じゃなかった
「燃えよ剣」を去年読んだのが
きっかけだったりする。
>ついつい辻切りまがい
そうでした。他にも多摩時代に関ってしまった
因縁の宿敵と京都で再会したりとかも面白かった。「またお前か」ってな感じ(笑)。
>お雪さん
たたみいわしをねだるくだりとかこの方との
絡みはなかなか気に入ってます。
>理想像を忠実に再現するやり方から、
>筆の走るままに自由に描くスタイル
京を離れる前(だったっけ?)彼女と一夜を過ごす為、休みをくれと皆に言った歳に対し、
反目していた新八や左之助が
感激したり涙するあたりは上手いなあと
思いました。
Posted by: まさとし | April 28, 2005 09:43 PM
>実は源さんに次いで気にっているのは
歳で、
大河版の表では鬼として振る舞い、裏では悶え苦しんでいる土方にぐっときた男性ファンも多かったようですね。
>他にも多摩時代に関ってしまった
因縁の宿敵と京都で再会したりとかも面白かった
七里研之助ですね。どうせなら箱館まで決着を延ばしてほしかった。まさかとは思いますが、この人架空の人物ですよね?
>お雪さん
かわいらしかおひとですよね。それに引き換え前半のヒロインの薄情なこと・・・・
>反目していた新八や左之助が
感激したり涙するあたりは上手いなあと
思いました。
『燃えよ剣』では大河ほどみなの仲がよくありませんよね。実際もそんな感じだったのでは、と思ってます。
けれど永倉さんなんかはあとで新選組のフォローを熱心にされていた、と言いますので、歳月が反目を浄化させたというところでしょうか。
Posted by: SGA屋伍一 | April 29, 2005 09:40 PM
こんにちは。自分とこ更新しないで人んとこにばっかり足跡残してます(^^;)GWなのに予定ないし(^^;)
『燃えよ剣』、これ、私は16歳ぐらいの時に、ファーストで読み方が既に間違ってたんで、もう真面目には何ともいえません(汗)
元々、何をきっかけだったか忘れましたが、私は沖田から入り、最初の一回を「沖田追っかけ」で読んでいたわけです(ああ今考えると恥ずかしい)。まあこの小説の沖田の書き方も、まるで根拠なくすごい美形にしてますが。この美形&透明感、が後の沖田像を決定してしまったわけで、ここにはちょっと責任がありますね。
で、二度目ぐらいから土方を(だから主人公だってば)追うようになって、その当時私はこの小説が新撰組像を変えた、なんてことは知りませんから(そもそもこの小説が、私のファースト時代小説だったかもしれないし、私が物心ついた頃には既に新撰組は歴史上の人気ジャンルになっていました)、この小説は、土方の人生を女性遍歴によって描いていくものかな、という印象をもちました(まあ、土方も、こちらは史実通り美形と書かれている以上、沖田から離れればこの人を追うのはミーハー的には当然なので入りやすかったです)。このあたりをもっとくっきりさせて、しかも素晴らしい演出にしたのが長坂秀佳脚本のドラマ、役所広司版「燃えよ剣」でした。原作では特にキャッチフレーズのない三人の女性を、火の女、風の女、氷の女…ときて、最後に添い遂げていったのが氷の女。(しかし『花神』といい、司馬先生、船中Hがお好きですこと)
ということで、あまり周りのキャラを気にしてなかったし、だいいち当時流石に近藤・沖田・土方以外のキャラまではまだ一般的にも立ってなかったですから、土方の後半生についても、鳥羽伏見あたりからのお雪さんとの添い遂げっぷりに注目でした。特に二人でお泊りに行く、家隆塚のある夕陽、なんてのは未だに自分で書く時のお泊りの理想です。気がつくと二人で笑み交わしている、とか、ちょっとずつ一つの布団になるとか、うまいですねえ。(このへんしつこいまでに描いているのが明治座版「燃えよ剣」です。)
今また読み返したら違うのでしょうが、立ってなかったキャラを無理矢理大河の役者でイメージするのもなんなので、やっぱり土方に絞って仕事の面を見ることになるのでしょうか。それでも、いい作品というものは、その都度「注目キャラ」を変えて読むことができるわけですね。(『指輪物語』がそうでした)
まあそんなもんで、何せ随分読み返してないのと、本当に私が最初に読んだ頃から昨年までは、世間的にはやはり新撰組=三巨頭?であったわけで、私の遍歴もこれからということになります。斎藤なんて、赤間先生が一人で頑張ってらして。未だに『すべて』シリーズは永倉新八が店頭にあっても斎藤は絶版です。童門さんの『新撰組山南敬助』も、図書館で借りましたが、復刊の動きはないようですね。ドラマにも限界はあるようです。それでいいんですが。
『新選組血風録』面白かったです。あと司馬さんだと『花神』ぐらいしか読んだことなくて、あと読んだのが、『果心居士の幻術』、これは五味さんだったか?
大河の予習ということで、とりあえず次は『坂の上の雲』かな?
Posted by: 高野正宗 | April 30, 2005 09:45 AM
あっそうだ。
七里、明治座版ではモロに箱館で最終決戦でした(笑)
Posted by: 高野正宗 | April 30, 2005 10:12 AM
連続すみません!
>ENTER
これって、訳し方が難しいんでしょうね。驚異の短篇プロパーE.D.ホックの傑作シリーズ”怪盗ニック”(これ復刊&文庫化しましたのでよろしく!)シリーズの第1作が”ENTER THE THIEF”で『怪盗ニック登場』なのですが、「ナントカ登場」としか訳せないのかもしれません。
Posted by: 高野正宗 | April 30, 2005 10:15 AM
本文もさることながら、コメントがいいですね。
>七里
この人の執念深さって、土方の裏の面的な人物ですね。土方の影のような。
「ゲド戦記」の「影との戦い」を今書きながらふと思い出しましたが、実際そのストーリーはほとんど覚えていない。きっと高野正宗様はよくご存じだと思うのですが。
私は大河から新選組にのめりこんだ口なので、「燃えよ剣」は最近読んだばっかりですが、そうか、沖田の美形キャラもここからなのか。
「燃えよ剣」は昭和37年から39年にかけて週刊誌に連載されていたとのことなので、私の原体験では新選組はどちらかというと悪役だったのかもしれません。
時代を経て当時の状況を客観的に眺めたら、悪役も何もないのでしょうが。
Posted by: kakakai | April 30, 2005 01:02 PM
>高野正宗さま
>沖田
よく読んでみるとあまり細かい描写はないんですね。ただ「可愛い」「可愛い」と書いてある(笑)。肖像が残ってないのでそうとしか書けなかったのか・・・な?
>お雪さん
この人は・・・・実際にいたんですよね。「どこそこで死んだ。それ以外はわからない」とありましたから。
>舞台版
以前そちらでレビュー観させていただきましたが、かなりぶっとんだアレンジになってるようですね
>ENTER
「DRAGON」のつづり間違ってた・・・(直しましたが)
>Kakakaiさま
>沖田の美形キャラもここからなのか
さらに遡ると森満喜子さんという女医さんが、それ以前に熱心に沖田を研究されていたそうで、司馬先生も彼女に取材されたそうです。
>時代を経て当時の状況を客観的に眺めたら、悪役も何もないのでしょうが
ごもっともです。大河では薩長側がいかにも悪者っぽかったですけど。
>ゲド戦記
レビューされたですか? 読ませていただきます
Posted by: SGA屋伍一 | April 30, 2005 10:47 PM
司馬遼太郎のエッセイ等を読むと、どうやら彼は新撰組は好きではなかったように思えます。にもかかわらず、「燃えよ剣」が書けてしまうところが不思議。
土方歳三は、彼の生地に取材に行ったときの印象が強烈だったようで、あちこちの文章に何度も出てきます。その辺りが土方のエピソードが膨らんだ一因かもしれません。
最後になりましたが、「矮人観場」へのトラックバックありがとうございました。
Posted by: 朝霧 圭太 | May 20, 2005 11:54 PM
こちらこそ、コメント&トラックバックありがとうございました。
>どうやら彼は新撰組は好きではなかったように思えます。
え。そうだったんですか・・・・・ でも「新選組」は嫌いでも、土方歳三個人には愛着を抱いてたんじゃないかな、と勝手に思っています。
>土方歳三は、彼の生地に取材に行ったときの印象が強烈だったようで、あちこちの文章に何度も出てきます。
彼は地元でもインパクトのある人だったんでしょうね。でも以外に評判よかったと聞き及んでおります。
そのうちそちらにもお邪魔させていただきます。よろしく。
Posted by: SGA屋伍一 | May 21, 2005 09:04 PM
TBありがとうございます。
またまたきました。
「燃えよ剣」はやっぱり有名なので新選組を好きになってから一度見ました。
サラっと見ただけなので
また細かく見ないといけないなぁと思っていた矢先、屋伍一さんのブログで「燃えよ剣」のお話が届きました。
やっぱりちゃんと読もう!!
でもあの本は沖田が主役っぽい気がしました。だからサラっと読んでしまったんですけど・・・
Posted by: ブログ姫 | July 22, 2005 01:46 AM
>またまたきました。
どうぞどうぞ
>やっぱりちゃんと読もう!!
ぜひぜひ。今となっては「実は違ってた」という部分もあるんですが、やはりこれが「新選組もの」の基本だと思いますので。特にマンガ作品なんかはこれの影響大、というものが多いですね。最近のだと友人が貸してくれる『月明星稀』くらいしか読んでないんですけど。
>でもあの本は沖田が主役っぽい気がしました。
沖田に関して印象的な場面というと、わざとつかまった山南さんが「きみは神様がこの世に使わした童子みたいだなあ」と言うシーン。このセリフが沖田=美形というイメージを決定的にしてしまったようですが(笑)
Posted by: SGA屋伍一 | July 22, 2005 10:15 PM
TBありがとうございます。
活躍なされている時代考証家さんや歴史家さんは
こちらの本を幼少に読んで影響を受けた方が多いですよね。
土方・沖田ファンも一気に増加したようだし(笑)。
森満喜子さん、私好きなんですよ~。
何が好きって、あの熱さ!!(笑)
あそこまで情熱を持って一途に総ちゃんを追いかけられるのは
尊敬に値すると思っています(笑)。
Posted by: Aki_1031 | December 07, 2005 03:02 PM
>活躍なされている時代考証家さんや歴史家さんは
こちらの本を幼少に読んで影響を受けた方が多いですよね
ですね。もはや古典と言うべきか。なぜかマンガ界にまで飛び火してます。
>森満喜子さん、私好きなんですよ~。
ご存知でしたか。お見それしました。新選組がここまでメジャーになった原因のひとつは、彼女の「沖田愛」にあると思います。
ただ大河の沖田くんは、やや他の面々におされ気味だったような。
Posted by: SGA屋伍一 | December 07, 2005 09:38 PM