ドラゴンは寝ている 島田荘司 『龍臥亭事件』
島田作品との出会いは大学時代。綾辻行人の「館」シリーズにまずはまり、次いで師匠筋に当たる彼の作品に、というよくあるパターンだ。
戦後の推理文壇は、長い間“社会派”・・・社会問題の告発を主眼とし、トリックや意外性は二の次・・・が主流を占めてきた。社会派が衰退した後も赤川次郎のユーモア系、西村京太郎のトラベル・ミステリなどが人気を博し、ガチガチの本格推理は世に出にくい状況にあった。そんな中衝撃的作品『占星術殺人事件』(現在は講談社文庫より)をひっさげてさっそうとデビューしたのが、島田荘司である。この作品がなければその後のミステリーの隆盛ももっと違ったものになっただろうし、『金田一少年』や『名探偵コナン』もなかったはずだ(その証拠に『金田一少年』第二話では、『占星術』の肝心要のトリックをさっくりパクッたりしている)。
さて、彼の登場で復権を果たした本格推理だが、一方で社会派が元気がないのを見て、「よっしゃ、今度はオレが敵になってやる」とばかりに、島田先生、今度は社会派風味をとりいれた作品も書き始めた(熱いひとなのだ)。カッパ・ノベルスから出ている吉敷竹史シリーズが途中からその路線になり、講談社から出ている御手洗潔のシリーズは、本来の本格系を担うことになった。で、ようやく本題に入るが、この『龍臥亭事件』(現在は光文社文庫より)は作者の休止期間の後に、両シリーズの融合的役割も果たした、ファンにとっては言わば待望の書だったのだ。
昭和13年、岡山のある山村で、三十人もの村民が一夜にしてたった一人の男によって殺害されるという事件が実際にあった。俗に"津山三十人殺し”と呼ばれ、横溝正史の『八つ墓村』のモデルともなった事件である。その同じ村で時を越えて、かつての事件を連想させるような殺人が起きた。果たして凶悪犯・都井睦夫の亡霊の仕業なのか―というのが主なあらすじ。
この作品の変ったところは、探偵役を御手洗潔シリーズでワトソン役にあたる石岡和己氏が務めるというところ。御手洗が外国へ旅立ってしまったため、彼に事件を解決に導く役目が回ってきたというわけ。これまで御手洗におんぶにだっこで、決して天才とは言えない石岡くんに果たしてその役目が務まるのか― 読者はハラハラさせられる。マンガでいうなら、『キャプテン』の近藤編のような味わいか。案の定事件を前にして右往左往する石岡くんだが、終盤では奮起して見事な活躍を見せ、「よかったね、がんばったね」という感動を呼ぶ。
しかしそうした感動はこれまでのへタレな彼(石岡ファン、すまん)に馴染みがあればこそで、この作品で初めて彼に接する人は「モタモタせんと、はようなんとかせんかーい」と思うかもしれない。また後半でえんえんと展開される“社会派”部分・・・「津山三十人殺しの実像に迫る!」・・・は果たして本当にこれだけの長さが必要だったのかと考えると、首を傾げざるをえない。これまでの島田作品のスタイルに慣れている人ならばまだいいだろうけど。
そういうわけで(毎度似たようなことを書いている気もするが)、これから島田作品にトライしようかな、と思っている方は、まず『占星術殺人事件』『斜め屋敷の犯罪』『異邦の騎士』他二、三の御手洗シリーズを読んでから、こちらを賞味していただきたい。特に最初の二編のトリックを、あなたは決して見破ることが出来ない・・・と思う(『金田一少年』を読んだひとは別)。
じゃあなんでこの作品をチョイスしたのかというと、昨年秋にこちらの直接の続編とも言うべき『龍臥亭幻想』が刊行され、ようやく読み終えたから。次項ではこの続編について語ります。
*この記事に限りなぜか謎の英字コメントが届くので、しばらくコメント不可といたします
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