異常な日常 カート・ビュシーク 『アストロ・シティ ライフ・イン・ザ・ビッグ・シティ』
そういえば、最近マンガのレビューをしていません。で、やっととりあげたと思えば、こんな(日本では)どマイナーなアメコミ作品。今回は完全に趣味の世界です。すいませんがお付き合いください。
アメコミにおいて、1980年代中盤は重要なターニングポイントとされている。なぜかといえばこの年代に『バットマン・ダークナイト・リターンズ』『ウォッチメン』の二作品が相次いで発表されたからだ(この二作品については12月の『Mr.インクレディブル②』の項を参照されたし)。この二つの傑作はアメコミの幅と深さを一層広げることに大いに貢献した。が、これ以降リアリズムを重視したものや深刻なテーマをあつかったものがレベルの高い作品、という見方が浸透してしまったのも事実だ。この辺、日本アニメにおける『ガンダム』『エヴァ』の功罪と似たところがある。
そんな風潮が広まってしばらくしたころ、さっそうとあらわれたライター(ストーリーを担当する人)がこのカート・ビュシーク。斬新なアイデアだけでなく、『サンダーボルツ』というなんの新味もないようなタイトルを、ストーリーテーリングだけで売上トップ10にならべた実力も持っている。
彼は、アメコミはバカッぽ・・・じゃなくて、センス・オブ・ワンダーだから面白いんじゃねーか、ということを提唱し、衝撃的作品『マーブルズ』(1993)を世に問うた。しかしこの作品、アレックス・ロスの超写実的なアートにより全体的に荘厳な雰囲気を帯びてしまい、これまた世間に「高尚な作品」として認知されてしまった。
カーたんは悩んだ(と思う)。で、「やっぱアメコミのバカっぽさを強調するにはコテコテのアメコミ絵でやらなきゃダメよね」という結論に達した(たぶん)。かくしてこの『アストロ・シティ』の登場とあいなった(んだと思う)。
アストロ・シティは不思議なシティ。そこはスーパーマン、バットマンみたいなヒーローが実際に多数活躍する世界にあり、ヒーローたちはなぜかこぞってこの都市を根城にしている。ふと空を見上げれば、スーパーマンもどきが悪者をひっつかまえて飛行しているなんてことは日常茶飯事。人々は政治やスポーツの話題と同じようにヒーローや悪の組織の動向について語りあっている。
この度邦訳された第1巻「ライフ・イン・ザ・ビッグシティ」には6つの短編が載せられている。冒頭の一編は秒単位でレスキューや悪者退治に追われるスーパーマンもどきの一日を描いている。「あー、たまにはなんの用事でもなく自由に空を駆け回りてーよなー」と愚痴る彼の姿は、会社にこき使われるサラリーマンとあまり変らない。また別のエピソードでは、魔界の入り口みたいな街で生まれ育ったOLが、そこから旅立つべきか煩悶する様子が語られる。
こんな風にある時はヒーローの、ある時は悪役の、またある時は平凡な人の目を通して、異常な都市「アストロ・シティ」の日常が描写されるわけだ。
この奇妙な作風をどう表現したらいいだろう。バカっぽくてシュールなんだけど、「ああ、こういうのあるある」みたいな。そう、言うなれば『スパイダーマン』『パーマン』と吉田戦車をブレンドし、そこに「スーパーヒーロー大集合!」というエッセンスを加えたような感じか。『Mr.インクレディブル』を観て、「ああ、こんな話もっと見たい!」という方には是非オススメする。
・・・・・・したいのだが、この本の唯一の欠点は「高い」ということだ。しめて3400円。さんぜんよんひゃくえんだ。オールカラーで大判でマイナーな出版社(JIVEという)からとなると、こんな値段になってしまうのだろう。下手なDVDよりも高額だ。だからあまり強いては薦められないというのが正直なところだ。だが一人でも多くの人にこの変な感覚を味わって欲しいというのも、まぎれもない本心である。
今月半ばにはやはりJIVEより第2巻「コンフェッション」も発売予定。すこしはこっちの懐のことも考えてくれ!
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