人間台風の伝説 内藤義弘 『トライガン・マキシマム』
“はるか時の彼方 まだ見ぬ 遠き場所で 唄い続けられる 同じ人類のうた。”
最初に断わっておくと、この作品、後ろになにも付かない『トライガン』というコミックの続編である。
もともと『少年キャプテン』という雑誌に連載されていたのだが、雑誌の休刊→『ヤングキングOURS』への移籍に伴い、タイトルもちょこっと変わったというわけ。だから続編というよりかは、思い切り直接つながった関係にある。
殖民星への航海の途中、不慮の事故により最寄の星に不時着した人類。そこは過酷な環境であるがゆえに、人々は西部開拓時代のような暮らしを強いられる。これはそんな世界で「人間台風」と恐れられる、伝説のガンマン、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの物語。
天はニ物を与えず、と言う。あんまり当てにならぬ言葉だが、確かに文才と画力の二つを併せ持った漫画家は稀だ。
この『トライガン』シリーズはその稀な作品の一つで、時折挿入される上記のようなモノローグがまことに格調高く、叙情的である。またそうした文章と、まことにしょうもないギャグが同居しているところも、ある意味すごい。
正直言えば、人の顔の書き方等に、ひっかかりを覚える読者もあろうかと思う。しかし広大な空間にちゃんと広がりをもたせたり、躍動感あふれるポーズや個性的な異形のものたちを次々と書き出していけるのは、紛れもなく「異能」である。
“だから思ったのだ 全てやりとげた明日を この男と共に 分かち合いたいと”
さてこのヴァッシュという男、大仰な噂が流れているわりには、笑顔のホニャララとした、一見頼りなさげな青年である。中身も見かけと同様で、あまり揉め事は好きでなく、ガンマンであるのに徹底した不殺をこころがけ、ひどい悪党でも決して急所は撃たない。その背後には、「どんな人間でも命は尊いもの」というポリシーがある。
作者はそんなヴァッシュのアンチテーゼとして、二人のキャラを用意する。
一人はヴァッシュの双子(またっす!)の兄、ナイブズ。こちらはまた極端で、「全ての人類は悪しきもの」という考えを強く抱いていて、最終的には人類の殲滅を企んでいる。彼はそれだけの力をもっているのだ。
もう一人は巡回牧師兼殺し屋の、二コラス・D・ウルフウッド。彼は自分や守るべきものを守るためには、殺人もやむなし、と考えている。到底相容れないヴァッシュとナイブズにくらべ、ヴァッシュと二コラスは多少共通点がないでもない。それで二人は弁証法にも似た論争を続けながら、果てしない荒野を延々と旅しつづける。
三人とも、そうなってしまったのには、それぞれもっともな理由がある。また、三人とも作者の分身であり、代弁者なのであろう。
昨年末、11巻と同時に出た10巻では、ヴァッシュと二コラスの旅に一つの転機が訪れる。このあたりのエピソードは、涙無くしては読めない。実はいまこうして書いている間にも、涙目にさせられてしまうほどなのである。笑ってやってくんなまし。
同じ時期人気を博し、なにかと共通点の多い『ベルセルク』が、いまだ出口の見えない迷宮のただ中にあるのに対し、この『トライガン・マキシマム』は今、確かに終局を射程に捕らえている。果たしてその旅の終着点で、ヴァッシュは何を見るのか。
“時は満ちる 語るべきは 未来へ続く その軌跡のみ”
PS.このマンガの単行本、カバーをとると、まことにくだらなく、妙チキリンなイラストが書かれている。それはそれで楽しいのだが、10巻に限っては感動が薄れそうで、見るのをこらえていた。が、先日とうとうガマンできずに見てしまった。
・・・・・・内藤先生のばか。
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