ああやん・ジ・アルバトロス 飯嶋和一『始祖鳥記』
小学館文庫というマイナーなレーベルから出ています。昨年『黄金旅風』が話題になった飯嶋和一氏の作品。なんともぶっとんだフィクションだと思ったら、どうもこれ実話をもとにしているみたい。
イカロス、ダ・ヴィンチ、ライト兄弟・・・ 太古より人は天空を飛ぶことを夢みてきた。そして鎖国の時代の備前岡山にも、その夢にとりつかれた男がいた。彼の名は“ああやん(兄貴の意)”こと幸吉。
表具師としてすでに申し分ない地位と実力を持ちながら、その願望にどんどんのめりこんでいく“ああやん”。城下の橋で試験飛行を繰り返すうち、いつしか彼は世が乱れるとき出現するという、妖怪「鵺」ではないかと噂されるようになる。
彼は純粋にただ空を飛びたいだけだった。しかし彼のその「飛ぶ」という行為は民衆に希望を、為政者に恐怖を、さらには諸国の、胸に炎を宿す男たちに闘志を与えていくことになる。
この作品、困ったことには全三部のうち、第1部が一番面白いんである。突如として海上に現れるモスクの蜃気楼、自在に砂絵を描きあげる絵師・卯之助、幸吉が弟と老婆のために作った不思議な掛け軸、そして夜な夜な飛びまわる怪鳥・・・ こうした幾つものファンタジックなエピソードが、淡い色調で整えられた詩画のように、はかないながらも鮮烈な印象を残す。江戸時代の話を読んでいるのに、どこか他の南国の物語を思わせるようなムード。
で、第2部以降なのだが、別に急につまらなくなるわけではない。むしろこちらの方がしみじみと感動するシーンが多いかもしれない。しかし、第1部にあったような幻想的な雰囲気はなりをひそめ、「普通の時代小説」になってしまっているところが惜しい。
個人的にうれしいのは、ひとつは『風雲児たち』に出てきたキーワードが、ちょこちょこ出てくること。
もうひとつは幸吉の語る初歩の航空力学が、昔読んだ学習マンガ『できる・できないのひみつ』で読んだ事のあるもの・・・翼と体重の比重、鳥の骨は軽量化のため中ががらんどうになっている・・・だった点。自分の知識のほとんどがマンガから得たものであることを再認識(笑)。
そういうわけで、1部だけでも(一応つづく部分も)読む価値のある本。読んだあとは、なんだかどこかから飛び降りたくなる本。主人公へのなりきりにご注意を!
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